<吉祥寺残日録>岡山二拠点生活🍇 いざという時に備えて90歳になる実母のショートステイ先を申し込む #230908

今年は、3月に伯母が他界し、先月には義父が亡くなった。

岡山で見守りを続けていた4人のお年寄りのうち、2人が天国に旅立ったわけだ。

残っているのは、老人ホームに入居している義母とマンションで一人暮らしを続ける実母の2人。

義母は、義父が亡くなった後も驚くほど落ち着いて暮らしている。

「お父さんの面倒をみる必要がなくなったからもう私は家に帰る」と言い出すのではないかとのみんなの心配は杞憂に終わった。

老人ホームの部屋に自分で彫った仏様を持ち込み、義父を供養するための祭壇が作ってあった。

妻に先立たれた夫に比べ、夫を見送った妻は強いのである。

こうして、私たち夫婦に残されたのは私の実母をどのように支援するかという最後のミッションだった。

母は90歳にしてはまだ元気な方だが、数ヶ月前に膝の痛みを訴え、その直後に転倒して以来膝の違和感に悩まされている。

自分でできるうちは今のマンションで自力で生活したいという母の希望は変わらないものの、膝の問題を抱える前に比べて明らかに気弱になり、義父の葬式や実の妹の法事なども欠席するようになった。

少し前の母とは明らかに違う。

90歳を超えていつまでも元気というわけにはいかないことを改めて感じる今日この頃だ。

何事も先に先に心配するタチの妻は、そんな母を黙って見ていられない。

ケアマネージャーさんと相談しながら、ヘルパーさんに買い物の手伝いをしてもらうとか、布団をベッドに変えるとかいろいろ母の助けになるような手立てを考えて提案してくれるのだが、肝心の母はどうも年寄り扱いされるのがお気に召さないらしい。

人一倍健康のことに興味があり、自分でいろいろ工夫して暮らしてきた母にしてみれば、自分のペースを乱されるようなお手伝いはありがた迷惑ということのようである。

私は妻と母の間に挟まっていつものように優柔不断に振る舞いながら、時々母に物置になっている部屋の片付けやベッドの設置などを働きかけるのだが、どうも歳をとって変な頑固さができてきたようでなかなか首を縦に振ってもらえないのだ。

それでも、膝を痛めたのが一つのきっかけとなって、初めて介護用品を使ってみることになった。

一つは浴室の椅子。

肘掛けがついているので、立ち上がる時に助けになる。

トイレにも床置きタイプの手すりを置いて便座を少し高くして立ち上がりやすくしてもらった。

これらの用具は母も気に入ったようで、こうしてその時々のニーズに応じてさりげなく環境を整えていくのがいいと思った。

しかし、ベッドについては頑なに「要らない」というので、また折を見て説得してみるしかないだろう。

そしてベッドを導入する前に、ベッドを置くスペースを作らなければならない。

父の定年後にこのマンションに引っ越した時以来、実に30年近く、ずっと荷物で塞がっている部屋がある。

つまりこの部屋にあるものは、母の生活には必要のない物ばかりということになる。

業者に依頼してこの部屋の荷物を全部運び出してもらえば、いざという時に介護ベッドを置いたり、手伝いの人間が宿泊したりすることができるだろう。

今日も母の買い物を手伝った際に、この部屋の片付けの話をしておいた。

明確な拒否はなかったものの、当然すぐにOKというわけもなく、引き続き説得を続けるしか方法はなさそうだ。

さらに、また転んで入院という事態も当然想定しておかねばならない。

一人暮らしなのでもしもの時に誰かがそれを探知する方法を考える必要がある。

そして退院後に入る施設の目処も立てておいた方がいいだろう。

そんな命題に向き合った時、妻からある提案が出された。

義母が入所している老人ホームの別の階がショートステイ専用のフロアになっていて、申し込みをしておけば本当に必要になった時、すぐに入れてもらえる可能性が高いというのだ。

それは、いいアイデアだと思った。

母のマンションからは少し距離があるものの、義父母がもう1年入所しているので、私たちも施設の雰囲気やスタッフの対応についても好印象を持っている。

ということで、今週予約を取ってショートステイの申し込みに伺った。

施設長がリスクについてもしっかりと説明してくれて、信頼して契約することに決めた。

もちろん母には内緒である。

申し込みをしても本当に必要になるまではお世話になる必要はなく、お金が発生することもない。

これでもしも母が転んで骨折しても、とりあえずお世話になるところは確保できたはずだ。

母が変わらず元気で一人暮らしを続けられればそれでいい。

東京に呼び寄せることも何度か提案してみたが、その度に拒否されたのだから仕方がないだろう。

岡山に来た時には出来るだけ顔を見に行って、できるサポートを続けながら老いの進み具合を自分の目で確かめながら、なるべく平穏な生活を送らせてあげたいと思う。

我が家の年寄りたちを見守っていて、90歳はどんな人にとっても大きな転換点だと感じる。

一人で暮らしていれば思わぬ事故も起きるかもしれない。

でも私にはそれを受け止める覚悟はある。

だから、なるべく自然な形でマンションから施設へ。

伯母の時のように半ば騙すように入院させるのではなく、できることなら本人が納得するタイミングで移してあげたいというのが今の偽らざる願いである。

<吉祥寺残日録>母が初めて体験したリハビリ特化型デイサービスは案外楽しかったらしい #220113

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