2024年のお正月。
元日の正午から営業している焼肉屋「寿香苑 あまつぼ」に集い、家族総勢14名が顔を揃えた。

ついこの間まで人見知りで、大勢の席だと固まってしまっていた1歳の孫もいつの間にか歩けるようになり、幼稚園の従兄弟がすることに興味津々だ。
どうやら保育園に通い始めたのがきっかけで、大変身を遂げたようである。
小学生の女の子たちはもうすっかりレディーの仲間入り。
身長も伸びてすごくオシャレになった。
みんな自分で選んだというベージュ系の大人びたファッションに身を包み、ちょっと前までお姫様ごっこをしていた女の子たちとは思えない。

食事後、場所をマンションのゲストルームに移し、思い思いにゲームなどをして過ごしている時だった。
テレビ局に勤めている三男が「大きな地震があったらしい」と言った。
ゲストルームがある地下は全く揺れなかったが、その時ちょうど10階の我が家にいた人たちは揺れを感じたという。
震源地は石川県の能登半島。
能登ではずっと群発地震が続いていたが、今回の地震は一連のものとは規模が違うらしい。

テレビをつけると、各局とも地震特番に切り替わっていた。
まだ各地の被害などは明らかになっていなかったが、石川県志賀町で震度7。
家屋が倒壊したという情報もちらほら入り始めていた。

地震が発生したのは午後4時10分ごろで、震源の深さは16キロ、地震の規模を示すマグニチュードは7.6と推定される。
マグニチュード7.6といえば阪神大震災や熊本地震の7.3を上回り、日本海側で起きた地震としては、1993年の北海道南西沖地震(M7・8)や私も取材に行った1983年の日本海中部地震(M7・7)に匹敵する最大規模の大地震である。
気象庁は日本海側の広い範囲に大津波警報や津波警報を発令し、夕方の段階ではテレビの報道内容も津波から直ちに逃げるよう呼びかけることに終始していた。

日が暮れると、輪島市や珠洲市の市街地で大規模な火災が発生しているという情報や映像が入るようになる。
東日本大震災の時の気仙沼の火災を思い出す。
大きな揺れで道路は至る所で亀裂が走り、倒れた家屋が道路を塞いで消化活動を妨げていた。
テレビ東京を除く各テレビ局はお正月特番を休止して、夜中まで地震特番を続けた。
私も40年近くテレビ業界で仕事をしていたが、元日のゴールデンタイムが報道特番に差し替えられるという事態は一度もなかった。
まさに前例のない異常事態である。

一夜明け、被害の様子が次第に明らかになっていく。
輪島市内の火災は、翌朝になってもくすぶり続け懸命の消化作業が続けられていた。
火事が起きたのは能登の観光名所「朝市通り」周辺で、およそ200棟が跡形もなく燃え落ちていた。

同じ輪島市内では7階建てのビルが根元から横倒しとなり、隣にあった民家を完全に押し潰していた。
下敷きになった家には女性がいたといい、夫が大声で救出を訴えるが、この状況ではなかなか救助作業は進まない。

能登半島の海岸線に点在する集落では、波打ち際に津波の痕跡が生々しく残っていた。
今回の地震による死者数は、3日の午前時点で確認された方が64人。
行方不明者の正確な数はいまだにわかっていない。
道路が寸断され孤立状態に陥っている地区も多く存在し、被害の全体像はいまだ掴めていないというのが実際のところだ。

今回の大地震の原因は、一度の広範囲の断層が破壊されたことと見られている。
詳細な分析はまだこれからだが、その範囲は能登半島西端から新潟県・佐渡島近くの日本海まで長さ150キロにも及んでいるという。
しかも破壊された断層が陸と海の境界に近く、地下の浅い場所で起きたため、激しい揺れと津波の両方に見舞われたと専門家は見ている。

ちょうどお正月休みの時期だったことや能登という場所の特異性もあり、救助活動がやや遅い印象も受ける。
自衛隊は直ちに1万人規模の統合任務部隊を組織することを決めたが、2日時点で現地入りしたのは1000人だけ。
岸田総理は現地要員を2倍の2000人に増員し、消防の2000人、警察の700人と合わせて救助体制を強化すると発表したが、瓦礫を除去するために重機を大量投入する中国の初動体制に比べるとどうしても見劣りしてしまう。

さらに救助活動を妨げている要因として、SNS上で拡散されるニセ情報があるという。
私はSNSをほとんど使わないので今ひとつピンときていないのだが、過去の津波映像を悪用したものや架空の場所を騙って救助を要請してパニックを引き起こしたり現場を混乱させるタチの悪い書き込みも多く出回っているのだそうだ。
中にはこの地震が人工的に引き起こされたものだとして、「人工地震」というキーワードで陰謀論を展開するものも。
この「人工地震」というキーワードは東日本大震災以来たびたび登場する陰謀論だそうで、それを積極的に拡散する輩も相当数いるというからただの悪戯では済まされない。
重大な自然災害に乗じてアクセス数を伸ばすためにニセ情報を流す行為は、言論の自由とは全く別物であり、厳しく罰せられて然るべきと考えるがなかなか法整備は進まない。

いずれにせよ、正月早々に起きたこの地震は、多くの帰省客や観光客を直撃した。
地震直後には北陸・上越の両新幹線が運転見合わせとなり、その後も震度5以上の余震が断続的に起きているため、被災地と各地を結ぶ交通網は今も混乱が続いている。

そんな最中、新たな大ニュースが飛び込んできた。
2日午後5時50分ごろ、羽田空港のC滑走路上で着陸直後の日本航空機と海上保安庁の小型機が衝突し炎上する事故が起きたのだ。
衝突の瞬間は空港に設置してある固定カメラによって撮影されていて、着陸した旅客機が突然炎を上げて滑走路を滑っていく衝撃的な映像は世界中に配信された。
幸い、JAL機に乗っていた乗客乗員379人は全員脱出し無事だったが、能登地震の救援物資を積んで新潟に飛び立とうとしていた海保機の乗員6人のうち機長を除く5人の死亡が確認された。

衝突直後、旅客機の側面に見えた炎はみるみるうちに燃え広がった。
機内には煙が立ち込めたが、乗務員の誘導で乗客たちは脱出用シューターで避難。
その際に14人が負傷したが、事故後18分で無事に全員が機外に逃れ、その後すぐに機体全体が炎に包まれた。
まさに間一髪、ひとつ間違えば御巣鷹山以来となる大惨事となるところだった。
航空関係者は「ありえない事故」が起きたとして事故原因の究明に関心が集まっているが、これは日本社会の劣化なのか?
一方で、このような危機的状況でもパニックに陥らず全員整然と避難できたことを海外では「奇跡」と評されていて、協調性の高い日本人の特性を示したニュースと言えるかもしれない。

しかし日本の中核空港で起きた事故はお正月のUターンラッシュを直撃し、羽田のみならず全国の空港で大混乱を引き起こした。
テレビも交通網もかつてない混乱に陥った2024年のお正月。
我が家では三男夫婦が1歳の孫を連れて泊まったので、家中の物を引っ掻き回されて、とてもゆっくりテレビを見る暇もなかった。
どんな大惨事のニュースを見ても、自分に直接関係なければあまり関心を示さない人も多い。
昨今は不幸なニュースは見たくないと意図的に目を背ける傾向があることもよく耳にする。
でも、不幸なニュースは決して他人事ではない。
東京でもいつ地震があってもおかしくないし、いつどこで事故に遭遇するかなど誰にも予想はつかないのだ。
さらに言えば、外国での戦争のニュースとて他人事とばかりは言っていられない国際情勢になりつつある。

平穏な日常が続くことに勝ることはないが、歴史を振り返れば、人間の一生にはかなりの確率で不幸な出来事が起きるものだ。
日本人はすぐに「生きづらさ」を訴えるけれど、歴史的に見ても、外国と比較してみても、現代の日本はかなり恵まれた平穏な社会であり、平均的な日本人は今以上に幸せになる可能性よりも今より不幸になる確率の方がずっと高いと私は思っている。
だから、他人の不幸を我が事として学び、常に心の準備を怠らないようにした方がいい。
もしも首都直下地震や南海トラフの巨大地震が起きたら自分はどう行動するのか?
旅行中に重大な事故に巻き込まれたらどう対処すればいいのか?
ニュースとはそのために存在するのであり、多くの人が正しいニュースの利用法を身につければ、日本はもっと成熟した社会になれるはずだと私は思う。