吉祥寺のマンションのキッチン工事が今日から始まるということで、私と妻は左官工事が終わりきれいになった岡山の古民家に避難している。
そんな折、老人ホームに入所している妻の母親が夜中トイレで倒れているのが見つかったという知らせが届いた。
幸い、それほど重篤な状態ではないようだが、お見舞いに行くという妻を車に乗せ施設に連れて行った。
時間は午前11時。
妻が面会している間、私はランチを食べて待っていることに。

選んだお店は、以前から一度行ってみたいと思っていた老舗のラーメン店「天神そば」。
岡山を代表する人気店であるだけでなく、すでに亡くなった私の父が愛したお店でもある。
公務員だった父の職場がこの近くにあり、ここのラーメンが美味いんだという話を生前に聞いていた。
お店に到着したのは11時20分。
しかしお店の前の歩道にはすでに10人ほどの行列ができていた。

路面電車が走る駅前の大通りに面した古い雑居ビルの1階。
お世辞にも綺麗とは言い難い風情だが、そこが岡山ラーメンのレジェンドと言われる風格とも言える。
創業は1970年だそうだ。
父の転勤で私たち家族が岡山の父の実家に移り住んだのが1960年代前半だったから、父が岡山で働くようになってから数年後にオープンしたということらしい。

店内は狭いので、おばさんが呼ぶまで外で待つのがルールである。
20分弱待って、ようやく私の順番が来た。
扉を開くとカウンターが5席とテーブルが1つ。
これは外に行列ができるのも無理はない。

使い込まれた厨房。
54年前の創業時からおそらく何も変わっていないのだろう。
まさにレジェンドの名にふさわしい年輪のようなものが店内全体に漂っている。
とはいえ、私の父が通っていた創業当時にはもう少しこざっぱりしたお店だったのかもしれない。

そんな年季の入った厨房の上には、天神様の額がかかっている。
『私とあなたは 天神そばの味で 結んだ深い仲 明日も会いたや この店で』
どなたか、このお店を愛してやまない常連さんが贈ったものだろうか。

店の奥には七福神。
ついでに招き猫や、木彫りの象や熊もいる。
いろんなものに守られて半世紀以上、店主は3代目に変わっても「天神そば」は創業時と変わらぬ味を守っているというわけだ。

この店に来る客のほとんどは常連さんだ。
なぜなら席について「注文は?」と聞かれると、すかさず番号で答えるのだ。
普通の中華そばなら「1番」、大盛りならば「3番」、二ツ玉なら「6番」といった具合である。
私は事前にネットでこの仕組みを知り、すかさず「4番」と答えた。
「4番」とは、「天神そば 玉子入り」(970円)のことである。

私の席の目の前には鶏ガラが山盛りに入った寸胴が置かれていた。
天神そばの人気の秘密はなんといっても、昔から変わらぬ鶏ガラ醤油のスープにある。

そうこうしているうちに私のラーメンが出来上がった。
いよいよ父が愛した天神そばとの遭遇である。
4番は玉子入りということで、やはり最初に目に入るとのは玉子、そして並々とつがれた鶏ガラ醤油のスープである。
インバウンド客を惹きつける今時の洗練されたラーメンとは一線を画す昭和のラーメン。
これもまた、良しだ。

天神そばには、チャーシューが4枚ものっている。
今時のとろけるようなチャーシューではなく、昔ながらの素朴なチャーシューである。
そして、たっぷりのモヤシも天神そばのこだわりのようだ。

麺はストレート。
子供の頃食った昭和のラーメンは、たいていこんなストレート麺だった気がする。

そして、天神そばの命であるスープは、表面に油が浮いているが、全体的に澄んだ印象である。
まずは、スープを一口。
鶏ガラの旨みが口の中に広がるがくどさはない。
岡山ラーメンらしい甘めのスープで、見た目よりも後味がすっきりしている。

チャーシューを食べると、その下にかまぼこが2枚隠れていた。
昭和の中華そばには「なると」が定番だったが、最近「なると」みないなあ。

こうして念願だった「天神そば」をいただいて、大満足で妻の迎えに向かった。
味だけでいえば、私好みのラーメンは他にもいろいろあるが、老舗が提供する懐かしい味には抵抗できない魅力がある。
こうしたお店が残り続けることで、日本の食文化も深みを与えてくれていると感じた。
食べログ評価3.64、私の評価は3.50。
「天神そば」
電話:086-223-7057(予約不可)
営業時間:10:30 - 14:30
定休日:土曜・日曜・祝日