新年早々、文春砲がまた世間を騒がせている。
今回標的となったのは、吉本芸人のトップに君臨するダウンタウン松本人志。
去年12月27日発売の週刊文春では、2015年都内の高級ホテルのスイートルームで開かれたプライベートパーティで、全裸の松本から性的関係を求められたとする女性たちの証言を掲載した。

吉本興業は事実無根と全面否定、松本自身もSNSで「事実無根なので闘いまーす」と否定したうえで、裁判で戦うために当面芸能活動を休止すると発表した。
テレビのレギュラー週7本を抱える売れっ子大物芸人に突如ふって湧いた性的スキャンダルに、吉本興業だけでなく、テレビ局やCMスポンサー、さらに大阪万博のアンバサダーを依頼していた大阪府も対応に追われた。
そこに追い討ちをかけるように、昨日発売された週刊文春で第二弾を放ってきた。
『松本人志「SEX上納システム」3人の女性が新証言《恐怖のスイートルームは大阪、福岡でも》』
ここで言う「SEX上納システム」とは、松本のために他の芸人たちが女性を集めてスイートルームでのパーティーを頻繁に開いていることを示しているらしい。
私は週刊文春の記事を読んでいないので詳しいことはわからないが、少なくとも松本から性的行為を強要されたと訴えている女性が複数いることは確かなようだ。

松本側は週刊文春に対して名誉毀損で訴えを起こす準備を進めていると伝えられていて、もし裁判になった場合、告発した女性も法廷で証言するつもりだという。
まさに、去年大きな問題となったジャニーズ喜多川氏による性加害問題同様、「文春vs芸能界の大物」の構図である。
ジャニーズの問題を報道しなかったとして激しいバッシングを浴びた各テレビ局は、それに懲りたのか今回のスキャンダルは真偽もはっきりしない段階で大々的に報じ始めている。
ジャニーズと吉本興業という事務所の体質の違いもあるが、よほどジャニーズ問題がこたえたらしい。
ただ裁判になった時、文春に勝つのは難しいと弁護士でもある橋下徹氏が指摘している。
「裁判で文春側は『性加害そのもの』を報じたのではなく、『性加害を訴える被害者の存在』を報じたのだと主張するだろう。これを法律用語では摘示事実と言い、これが報じた側の立証対象事項となる。性加害そのものを摘示事実として立証対象とすると、ここは真実は分からないとなる可能性が高く立証責任を負う文春側に不利。しかし『性加害を訴える』被害者の存在を摘示事実として立証対象とすると、性加害があったかどうかの真実は横に置き、現にそれを訴える被害者は存在しているので文春側に極めて有利になる」
確かにその通りかもしれない。
しかし、このニュースを聞いて私が心配になったのは、被害を訴えた女性たちのことである。
というのも、先日ドキュメンタリーで見たアメリカでの「ジョニー・デップ裁判」との類似性を感じたからだ。

BS世界のドキュメンタリー「SNSが作った“世論” #ジョニー・デップ裁判」。
ジョニー・デップと元妻アンバー・ハードの裁判を発端に、SNSではハードへの執拗な攻撃が行われた。誹謗中傷が世論を変え、判決に影響を与えた可能性はあるのか…。 デップ対ハードの一連の裁判では、最初の裁判でデップによる暴力が認められている。しかし、全面的にデップを擁護する男性優位主義者たちが被害者のハードを中傷する動画などを拡散すると、世論はハードに対して批判的になっていった。セレブの離婚劇を入り口に、SNSによる印象操作が世論を変える恐ろしさを伝える。
引用:NHK
ハリウッドの人気俳優ジョニー・デップは、女優で元妻のアンバー・ハードが離婚時に日常的な暴力を受けていたと告発したことでイメージを傷つけられたとして、2019年に元妻を名誉毀損で訴えたのだ。
この裁判は、一般メディアがほとんど報道しなかったにもかかわらずネット上で大きな話題を呼び、その大半は元妻アンバー・ハードに対する攻撃で、多くのユーチューバーが法廷の様子をライブ配信しお祭り状態となった。
2022年に出た陪審員の判断はジョニー・デップの実質勝利となり、アンバー・ハードは嘘つき女のレッテルを貼られアメリカを去ることになる。
私が見たフランスで制作されたドキュメンタリーは、世界的な盛り上がりを見せた「#Me Too 運動」がこの裁判によって完全に流れが変わってしまったと、この裁判とSNSが作り出した世論に対して批判的なスタンスからに制作されたものだった。

ドキュメンタリーが指摘するのは「マスキュリニスト」と呼ばれる男性至上主義者たちが、この裁判を材料にしてSNS上で巧妙に「フェミニスト」に対して反撃を始めたということだった。
2017年から世界的な広がりを見せた「# Me Too」運動によって窮地に陥っていた「マスキュリニスト」たちは、ジョニー・デップ裁判を通して偽の情報やプロパガンダの拡散によって“女たちの嘘”を暴き、女性たちを黙らせる方法を見つけたというのだ。
MeToo 運動が盛り上がっていた頃、アンバー・ハードは強い女性としてSNS上でフェミニズムへの取り組みについて発信していた。
『世界は変わりつつあります。女性の声は大きくなっています。もう沈黙はしません』
人権擁護の活動でも知られるハードは、その頃からネット上で激しい攻撃に晒されていた。
殺害予告、性的な嫌がらせ。
そして2018年12月18日、ハードは「ワシントン・ポスト」に寄稿して、「性暴力への抗議が怒りを買った。この状況を変えなくては」と訴えた。
この中で、ジョニー・デップの名は出さなかったものの自分もDV被害者の一人だということを書いたことで、デップに名誉毀損の裁判を起こされ、ネット上の攻撃はますます激しくなったという。

ジョニー・デップの弁護士は複数のユーチューバーたちに接触する。
夫婦が録音していた口論の音声も提供し、ユーチューバーはその音声を悪意を持って編集し、ハードが嘘をついている証拠だとして発信した。
この動画は何十万回も再生され、SNS上では改ざんされた会話内容が200万回以上閲覧された。
さらに、デップ擁護派は「#JusticeForJonnyDepp #ジョニー・デップに正義を」というハッシュタグをつけて自分たちの主張がトレンド入りする仕掛けを作り、自動的にメッセージを発信するボットも60万回利用した。
2022年4月ジョニー・デップvsアンバー・ハードの裁判が始まる。
デップの暴力行為が1件でも証明できればハードが勝てる裁判であり、事前にはデップの敗訴が予想されていた。
しかし、裁判所が法廷のテレビ中継を許可したことで、流れが変わる。
デップ擁護派のユーチューバーたちは連日ライブ配信を行い、主要メディアがこの裁判を報道しなかったため、彼らの主張だけが広がっていくことになった。
誰かが裁判を視聴しようと思って検索すると、ネット上に溢れていたマスキュリニストのサイトに誘導されるのだ。
SNS上にも彼らが作ったまとめ記事があふれ、TikTokでは裁判での2人の表情や発言を模したパロディー動画が大量に作られて、性暴力を訴えた女性の告白は単なる笑いのネタと化してしまう。
さらにネット上でハードを擁護する人は大勢からの攻撃を受け、個人情報を晒され炎上した。
こうして結審までに、デップに有利な世論ができあがっていた。
そして、デップに有利な評決が下されたのだ。
このドキュメンタリーを見るまで私はこのジョニー・デップ裁判のことを知らなかったが、一時メディアが大々的に取り上げたMeToo運動の盛り上がりにこの裁判が冷や水を浴びせ流れを変えたことは間違いないようだ。

似たような女性に対するバッシングとして思い出されるのは、TBS記者の性暴力を告発した伊藤詩織さんのケースだろう。
記者が当時の安倍総理に近い人物だったことから警視庁幹部が捜査を妨害したと問題になった。
この事件でも、被害者である伊藤さんをネット上で攻撃する輩が多数いた。
その多くはいわゆる安倍元総理を支持する保守的な思想を持った人たちで、こうした攻撃者に対しても伊藤さんは裁判で戦いを挑んだ。
最終的に勝訴し110万円の賠償を勝ち取ったものの、ネット世論との戦いは労多くして実りは実に少ない。

活動休止を発表した松本人志は、島田紳助のように表舞台から消えてしまうのだろうか?
今後、文春vs松本人志の法廷闘争がどのような経過を辿るのか予想することはできないが、証言した女性たちがネット上の攻撃される可能性が高く、アンバー・ハードや伊藤詩織さんのような被害者がさらに増えることが心配される。
ネットの世界には見ると気分が悪くなるような書き込みが溢れていて、私はなるべく見ないように心がけている。
私のような年寄りにとってはSNSなしの生活は特段苦にならないけれど、若い人たちや有名人にとってはネット世論は極めて重要であり無視することなどできないのだろう。
ネット空間には、現実社会以上に人間の悪意が満ち溢れている。
せめて文春には、責任あるメディアとして、告発した女性たちを守る義務を果たしてもらいたいと願うばかりだ。