能登半島地震のためにテレビ各局が元日に放送予定だったスペシャル番組がことごとく放送延期に追い込まれた。
今回私が取り上げるNHKスペシャルも、そうした番組の中の1本である。
NHKスペシャル「2024私たちの選択 AIX 専門家による“6つの未来”」。
わざわざ元日のゴールデンタイムに編成したのだから、NHKとしてはかなり力を入れたお正月のスペシャル番組と言っていいだろう。
私たちの未来はこれからの「選択」にかかっている。NHKは京都大学などと共同で膨大なデータをAI解析。30年後に予測される“6つの未来”と、そこに至る重要な「分岐点」を浮かび上がらせた。私たちがどんな選択を取れば、希望的な未来に近づくのか。カギは「賃金」や「働き方」「少子化」「イノベーション」などの課題。その対処の結果で未来が変わるのだ。2024年の初めに、各界第一線の識者や担当大臣と共に議論する。
引用:NHK
最近NHKが力を入れているAIを活用した未来予測の番組で、正直、特別面白い内容ではなかった。
では、なぜこのブログでわざわざ取り上げているかというと、この番組で提示された30年後の日本社会がどういう選択をしたとしてもあまりに冴えなくて、それがとても印象的だったからだ。

番組では、専門家たちと収集した膨大なデータを日立製作所が製作したAIに読み込ませ、30年後の日本の未来を予想させた。
インプットしたデータは、過去20年間の出生率や賃金、労働時間の推移、テレワーク導入率、婚姻率の変化など378種類。
データ間の複雑な因果関係は、経済学、社会学、公共政策、テクノロジーなどの専門家の知見に基づいて設定し、さまざまな選択肢を設けて30年後どのような社会になっているかを解析する。
こうしてAIが導き出したのは2万通りの未来、これを京都大学の広井良典教授らの専門家が読み解き、大きく“6つの未来”に集約した。
我々が選択しうる6つの未来は次の通りだ。
【未来1】地方分散・マイペース社会 賃金は低いものの地方に住む人が増え、イノベーションが盛んで幸福度が高い社会
【未来2】働けど貧困社会 賃金は今より低くなり、労働時間も長くなるストレスの多い社会
【未来3】現状維持社会 人口、賃金、働き方などの問題が解決されないままの未来
【未来4】都市集中・格差社会 出生率がやや改善し賃金も上昇するが、一方で都市への集中が進み格差も広がる社会
【未来5】多様性・イノベーション社会 出生率、賃金が上がり、女性が社会でより活躍するようになりイノベーションも盛んになるが、なぜか幸福度が低い社会
【未来6】多様性・停滞社会 女性の活躍が進み賃金はやや伸びるものの、成長が見込めず幸福度の低い社会
これら6つの未来を表にまとめてみると、次のようになる。

果たして我々はこの中からどの未来を選ぶのか?
そう問われて、スタジオでは【未来1】か【未来5】が比較的いいのではないかという意見が出て、それぞれについてもう少し詳しく解説される。
【未来1】は、1都3県の男性の場合は賃金が26%減少、労働時間も減る一方、地方の若い世代の人口が22%増えるなど地方への移住が進み、出生率は6%上昇、生活の充実感も14%アップして自殺者は15%減少、幸福度の高い社会になるという。
もう一つ特徴的なのがイノベーションが活発になることで、博士号取得者が39%増加すると予測された。
【未来5】では、出生率や賃金が上昇し女性の活躍が進み、東京の出生率は1.04から1.25まで回復、賃金は女性の場合42%上昇し女性管理職も33%増える。
起業数が15%増加するなどイノベーションも活発になる一方で、ストレスを感じる労働者が21%増加し地方の自殺者も44%増えるなど幸福度が低いという特徴がある。
しかし6つの未来予測から一目瞭然なのは、すべての人が「これがいい」というような未来は決して待っていないということだ。
私はこの中であれば、躊躇なく【未来1】を選ぶだろうが、これって一昔前の農村社会に戻れということのように感じる。
さらにAIは、こうした未来にたどり着くための選択についても導き出している。
たとえば、将来の賃金が上がるかどうかの分岐点は、2028年にあるという。
それまでに、テレワーク導入起業や男性の育休率が上昇し、運動する人が増えて、労働時間が短くなるという社会の選択が必要だとAIは解析している。
それを実現するための方法として、ドイツの例を番組では紹介している。
ドイツではこの30年間に一人当たりの年間労働時間が15%減る一方で、実質賃金は30%も増加しているという。
これを実現するための具体策として紹介されるのが、1つの管理職を2人でシェアする「タンデム方式」と呼ばれる働き方。
番組が取材した化学メーカーの場合、1人は週休3日の週24時間勤務、もう1人は週休3日で週32時間勤務で1つの管理職の仕事を2人で行っているそうだ。
2人とも正社員の待遇を維持しながらパートタイムのような働き方を選択できるのだ。
しかも、デジタルツールを活用した業務の進捗状況の共有、引き継ぎの綿密なコミュニケーション、2人が互いの仕事を客観的に見ることが業務全体の見える化につながり、作業の効率化が進んだという。
さらに得意分野が違う2人を組み合わせることによって、プロジェクト達成にかかる時間が半分になった事例も。
育児などで職場を離れる優秀な女性たちを引き止める効果もあって、企業の業績にもプラスに働き、その結果賃金アップにもつながるというわけだ。
こうしたタンデム方式は、長時間労働を強いられる日本の管理職の働き方を劇的に変える可能性があると番組は指摘しているのである。
番組では他にも、2029年に少子化の分岐点が、2040年にはイノベーションの分岐点があると指摘する。
イノベーションを研究する京都大学の山口栄一名誉教授が大きな転換点だったとして挙げたのは1990年代後半。
この時期、日本の大企業は短期的な利益を追う経営に変えてしまい、一斉に中央研究所を縮小してしまったことで、日本のイノベーションの生態系が損なわれてしまったというのだ。
その再生のためには、アメリカの「SBIR(Small Business Innovation Reseach)」のような強力な公的支援の仕組みが必要だと、AIの解析からも導き出されている。
1982年に始まった国立科学財団「SBIR」は現在年間予算が46億ドルを超えていて、その支援によって民間ロケットから掃除ロボットまで様々な製品が生み出された。
しかし・・・と、番組を見ながら私は思う。
少子高齢化や借金財政という日本社会の根本問題をスルーして、外国の事例を紹介しても意味がないのではないかと。
そもそも、番組が注目した賃金や少子化やイノベーションが本当により良い未来へのキーワードなんだろうか?

将棋の世界でも知られるように、AIが導き出す答には人間の理解を超えたものが多く出てくる。
政府が目指しているように、賃金が上がり、出生率も上がり、イノベーションが活発になる社会が実現できた時に、逆に幸福度が低くなるというAIの予測はいったい何を意味するのか?
この番組は、岸田政権が設定する時代のキーワードに沿って構成されているので、私の疑問には全く答えてくれないが、今回のAI予測に意味があるとすればまさにその点ではないかと私は思う。
AIが導き出した6つの未来の中で幸福度が今よりも高くなる未来は1つだけ、「地方分散・マイペース社会」だけなのだ。
社会にとって一番重要なのは、賃金が上がることでも人口が増えることでもなくて、多くの国民が幸せを実感できることである。
賃金が上がるかどうかという最初の分岐点で「NO」を突きつけられた【未来1】だけが、どうして幸福度が高いのか?
GDPの呪縛を逃れ、経済大国という肩書きも捨て、人口をさらに減らして、東京への一極集中を改め、自然豊かな国土に日本人が散らばって暮らした方が、今よりもっと幸せな社会が作れるのではないのか?
「地方分散・マイペース社会」というキーワードをもっとじっくり探っていけば、番組はもっともっと有益で興味深いものとなり、私たちに本当に必要な選択が見えてきたかもしれない。
そういう意味では番組は中途半端であり、元テレビマンとしては残念でもある。
きっとAIにインプットするデータや解析結果の読み取り方を変えると、未来予測も大きく変わるのだろうから、6つの未来をそのまま信じる必要もない。
ただ、「経済成長=人間の幸福」ではないという視点は今後の日本社会に徐々に浸透し、30年後の日本をかなり変えているのではないか、そんなことを感じた。