もはやアメリカは、世界の平和を脅かす最大の脅威となってしまったようだ。
しかし同時に、真の「平和」とは何かという根源的な問いを私たちに突きつけており、平和が何よりも大切だと考えている私も、自分の中の常識を揺さぶられながらここ数日を過ごしている。
トランプさんがSNSに動画をアップし、イランに対する大規模な攻撃を開始したことを明らかにしたのは、2月28日のことだった。
その中でトランプ氏は「我々の目的はイランという凶悪で非常に過激で恐ろしい人々の集団による差し迫った脅威を排除し、米国民を守ることだ」と述べた。
イラン革命の直後に起きたテヘランの米大使館人質事件まで遡り、過去にアメリカ人が中東で犠牲になった数々の事件を列挙しながら、これらは「世界最大のテロ支援国家」であるイランによって引き起こされたと断じた。
そのうえで、イランが核兵器と長距離ミサイルを持つことを断固阻止するために、大規模で継続的な軍事作戦を実施すると述べたのである。
さらにトランプ氏は、イラン国民に対して蜂起を促し、次のように呼びかけた。
『最後に、偉大で誇り高きイラン国民に告げる。あなた方の自由は間近に迫っている。避難し家を出てはならない。外は非常に危険で爆弾が至る所に落ちるだろう。(攻撃が)終わったら、あなた方自身で政府を掌握せよ。それはあなた方のものとなる。おそらくこれは何世代にもわたって唯一の機会となるだろう。長年にわたってあなた方は米国の助けを求めてきたが得られなかった。今夜、私が行おうとしていることを実行する意思のある大統領はいなかった。今あなた方には、あなた方の望むものを与える大統領がいる。あなた方がどう応えるか見てみよう』
自らを圧政に苦しむイラン国民の救世主であると、いつものように自画自賛してトランプ氏の演説は終わった。
この動画がアップされた頃、イランを取り囲むように配備されていたアメリカ軍部隊が一斉にイランに攻撃を仕掛けていた。
作戦名は「エピック・フューリー」、日本語に訳すと「壮絶な怒り作戦」と名付けられた。
報道されている第一波攻撃の詳細はこうだ。
まずは、サイバー司令部と宇宙司令部がイランの監視および通信施設をかく乱し、その直後に、中東各地に置かれた米軍の主要軍事基地と、地中海とアラビア海に派遣された2隻の空母から約100機の戦闘機と給油機、空中早期警戒機、電子攻撃爆撃機、さらに米軍が初めて戦闘に使用する攻撃用ドローンが発進した。
この大規模空爆には、米本土から出撃した戦略爆撃機B-2も参加し、イランの南部戦線に位置する主要地下施設に対する精密爆撃作戦を遂行した。
さらに、中東海域に配備された海軍艦がイランの南部地上軍を対象にトマホークミサイルによる精密打撃を始め、攻撃開始命令から24時間以内に1000ヵ所以上の標的が海上からのミサイルで破壊されたという。
この攻撃開始の一報から1日経つと、驚きの情報が飛び込んできた。
イランの最高指導者であり、初代ホメイニ師からその地位を引き継いでから37年にわたってイランのトップに君臨してきたハメネイ師が一連の攻撃によって死亡したというのである。
最初は情報を否定していたイラン側もしばらくしてハメネイ師が死亡したことを認め、国営テレビのアナウンサーは泣きじゃくりながらそのニュースを国民に伝えた。
ベネズエラのマドゥーロ大統領の拘束連行に続く、鮮やかな「斬首作戦」の成功。
これは、長く国際紛争を取材してきた私にも驚きだった。
「世界最強」と呼ばれてきた米軍と言えども、敵対する国の元首を初動の作戦で殺害した例はほとんどない。
地上部隊も投入された2003年のイラク戦争では、作戦開始から逃亡したサダム・フセイン大統領の拘束までには9ヶ月近くかかっている。
この20年の間のデジタルやAI技術の進化が、戦争の形を劇的に変化したことをうかがわせる。
これまで108カ国を訪れた私だが、残念ながらイランには行ったことがない。
しかし、大学の卒業論文では1979年に起きたイラン革命がテーマだった。
欧米と繋がりの深かったパーレビ国王を打倒し、イスラム教シーア派の教えに基づいたイスラム国家が誕生したこのイラン革命は、私が大学生だった時代の出来事であり、テレビを通じて目撃した革命の映像は国際政治に疎かった若き日の私にもものすごいショックを与えたのだろう。
ある意味、私がテレビ局を志望したきっかけの一つと言ってもいい。
そうして生まれたイスラム国家のトップとして長年最高指導者の地位にあったハメネイ師は86歳。
トランプ氏は彼を「邪悪な独裁者」と呼んだが、実際にはハメネイ師は王様でも軍人でもなく、最高位のイスラム法学者に過ぎない。
イスラム教の教祖ムハンマドとその後継者が遺したクルアーンなどの聖典を読み解き、そこに書かれたイスラム法を解釈して社会を導くのが彼らの役割だ。
キリスト教などと異なりイスラム教には聖職者は存在しないものの、ハメネイ師の立場はどちらかといえばローマ法王に近いのかもしれない。
自国と対立しているとはいえ、国連決議もなく他国のトップを空爆で殺害することは明らかな国際法違反である。
さらに、議会が持つ宣戦布告の権限も無視して大統領の一存で攻撃を開始したのも、アメリカの国内法に反する行為だ。
しかし、そんなことは意に介さず武力を行使するのがトランプ大統領であり、今のアメリカなのだ。
ただ、今回の攻撃に関しては、アメリカ主導というよりもイスラエルがトランプさんをそそのかしたというのが真相のようである。
しかもイスラエルは、最初からイランの政権転覆を狙いハメネイ師暗殺に向けた入念な諜報活動を展開していた。
フィナンシャルタイムズなどの報道によれば、イスラエルが誇る情報機関「モサド」は20年以上前からイラン国内での情報収集を本格化させ、指導者たちの位置をリアルタイムで把握するほどの能力を身につけていたという。
最近では、秘密サイバー情報部隊の「ユニット8200」も動員して、テヘラン市内にあるほとんど全ての交通カメラをハッキングしてハメネイ師周辺の動きを監視、警護員たちの勤務時間や出勤ルートなど生活パターンを何年にもわたって収集していたとされる。
ガザを武力で制圧したイスラエルは、そうした情報を利用して背後にいる最大の敵であるイランの政権転覆を画策、たびたびネタニヤフ首相がアメリカを訪問してトランプ大統領を口説いていた。
昨年末、イラン全土に拡大した反政府運動は当局によって鎮圧されたが、イスラエルは今がチャンスだと合同作戦を持ちかけ続けた。
こうした度重なるイスラエルの働きかけを受け、トランプさんの心も動いたのだろう。
テヘランのアメリカ大使館人質事件以来、アメリカはイランと断交し、今では大使館も置いていない関係である。
かつてブッシュ大統領がイランを「悪の枢軸」と呼び一貫して敵対的な関係にはあったものの、アメリカはこれまでイランに経済制裁を課すだけで、直接武力を行使することはなかった。
これまでの大統領が誰も成し得なかった「イラン=アメリカの敵」打倒を自分の手で実行する。
それはレガシーにこだわるトランプさんには魅力的な提案に映ったに違いない。
とりあえず周辺海域に空母を派遣して軍事的圧力をかける一方で、「核の放棄」という長年の要求を受け入れるようイランに迫ったのである。
隣国のオマーンを仲介として、何度かアメリカとイランの直接交渉も行われた。
オマーンの外相によれば「交渉は進展している」とされ、実務者会談の日程も決まっていたが、今となってはこの外交的な動きは空母が到着するまでの時間稼ぎに過ぎなかったと見るのが妥当だろう。
そして、決定的な情報がイスラエルからもたらされた。
アメリカのニュースサイト「アクシオス」によれば、2月23日、ネタニヤフ首相からトランプ大統領に電話があり、「イランの最高指導者と、その最側近が土曜の朝にテヘランの同じ場所に集まる予定だ。彼ら全員を、たった一度の壊滅的な空爆で殺害できる」と伝えたというのだ。
これを受けてアメリカCIAが情報の信憑性を確認、その情報を決定打としてトランプ大統領は27日の午後、イラン攻撃のゴーサインを出したのである。
こうしてイランへの全面攻撃が始まったのは、米東部時間28日午前1時15分(日本時間同午後3時15分)。
その時、トランプ大統領はルビオ外相ら側近に囲まれ、フロリダの別荘でモニターを見つめていた。
かつてのアメリカ大統領は、こうした大きな軍事作戦を実施する際にはみんなホワイトハウスの地下にある作戦司令室で戦況を見つめたものだ。
何をやるのも「自分ファースト」。
そこには、敵=人間に対する敬意というものがまるで感じられない。
そんなトランプさんのわがままを止める者は誰もいないのが、何より怖い点である。
歴史上幾度となく繰り返されてきた暴君の出現は、人間が持つ弱さ=「自己保身」という習性の裏返しなのだろう。
アメリカとイスラエルによる大規模な空爆が始まると、イランの首都テヘランでもあちらこちらから煙が立ち上るのが見える。
ただ、これまでのところ軍事目標や政府機関、革命防衛隊などの施設に対する精密攻撃が行われている様子で、ガザのような市街地が丸ごと廃墟と化すような無差別攻撃ではないようだ。
明らかな例外といえば、攻撃初日にイラン南部で発生いた女子小学校へのミサイル攻撃で、女児175人が犠牲になったとされる。
大規模な軍事行動の際には必ず発生する「誤爆」に違いないが、こんな誤爆がなくても攻撃目標周辺にいた民間人もすでに1000人以上巻き添えとなり死亡している。
とはいえ、アメリカとイスラエルによる空からの攻撃は、イランの防空施設を確実に破壊し、反撃のためのミサイルやドローンを集中的に無力化している。
AIの発達による精密な攻撃の精度は、イラン戦争当時とは比べ物にならないほど進化しているようだ。
米軍が公開する空爆の映像を見ながら、核兵器と長距離ミサイルを持つ北朝鮮でも同様の斬首作戦が可能なのだろうか、そんなことを考える。
攻撃を受けたイランの反撃も始まった。
いつものようにイスラエルに対して弾道ミサイルやドローンによる攻撃を行うが、イスラエルの誇る防空システム「アイアンドーム」の前に効果は限定的だ。
しかし今回の反撃はいつもとは違った。
ペルシャ湾を挟んでイランと向き合う湾岸諸国に対してもミサイルや無人機による攻撃が仕掛けられたのだ。
イラク、ヨルダン、クウェート、サウジアラビア、カタール、バーレーン、UAE、オマーン。
さらに、NATO加盟国のトルコにも。
いずれの国にもアメリカ軍基地があり、そこがイラン攻撃の出撃拠点になっているとして攻撃に踏み切ったのである。
ただ、攻撃は米軍基地にとどまらず、空港や石油関連施設にも及び、市街地の高層ビルにも被害が出ている。
このエリアには、ドバイ、アブダビ、ドーハなど国際的なハブ空港が集中していて、私も何度も利用していたのだが、イランの攻撃によってこれらの空港が閉鎖に追い込まれ、多くの旅行者が戦闘地域に足止めされる事態となっている。
エネルギー輸送の大動脈ホルムズ海峡も事実上封鎖される事態が予想され、原油価格の上昇による世界経済への影響も懸念されている。
去年まではノーベル平和賞を露骨に狙っていたトランプ大統領が、「力による平和」という言葉を頻繁に口にするようになったのはつい最近のことだ。
どんなに国際紛争を仲介して戦争を終結させても、ノーベル賞を選ぶヨーロッパの知識人たちからは評価されない。
そんなことに気づいたトランプさんは、国際平和に尽力するよりも国益を前面に押し出して自国の領土や勢力圏を拡大する方がマシだと考え「力による平和」路線に舵を切った・・・そういうことなのかもしれない。
本当にイランの体制転換が実現すれば、イスラエル建国以来の脅威は大きく減り、トランプ大統領は歴史にその名を残すかもしれない。
かつてレーガン大統領が強硬路線の末にソビエト連邦を崩壊に導いたように・・・。
歴史を振り返れば、小国が乱立する時代には戦争が絶えず、武力に秀でた大国が出現することで一時的な平和がもたらされることも少なくなかった。
平和とは何か?
人類は太古の昔から、同じ問いに悩み、同じ過ちを繰り返してきた。
今回のイラン攻撃は、戦後の国際社会が築き上げてきた脆い平和を打ち壊す契機になるかもしれない。
いずれにしても、今トランプさんの頭の中には国際法の縛りは存在せず、選挙公約に掲げた「アメリカファースト」をただひたすらに追い求めているように見える。
しかもトランプさんの発言はいつも以上にブレまくり、嘘も交えたその一言一言に世界が振り回されることになる。
10年前には想像もできなかった時代の到来、人類はどこに向かうのだろうか?
