<きちたび>アラビア半島の旅2023🕌クウェート🇰🇼 クウェートタワーから金曜礼拝が行われるグランドモスクまで海沿いの心地よい朝散歩

2月3日、クウェート観光の初日、初めての街はまず歩くことから始める。

天気は快晴、海が見たいと思った。

方向感覚も何もわからないので、Googleマップを眺めながら、とりあえずクウェートのシンボルであり、アラビア海に面して建てられている「クウェートタワー」に行ってみようと思った。

時差ボケであまり寝られなかったので、朝8時前に散歩に出かける。

ホテルを一歩出ると、目の前には何本もの超高層ビルが立ち並んでいた。

どれも形が独特で、普通の四角いビルだと肩身が狭そうに見える。

中でも一際高いのが、ホテルのすぐ裏に建つクウェート随一80階建ての「アル・ハムラ・タワー」、その高さは414メートルもあるという。

このビルが建てられたのは2011年ということなので、ドバイやアブダビと比べ日本ではあまり注目されてこなかったが、もうだいぶ昔からクウェートも高層ビルの街だったのだ。

歩き始めてまず気づいたのは、これ。

普通の横断歩道に見えるが、よく見ると歩行者用の信号というものがない。

ここだけでなく、一部の例外を除いて、この街には歩行者のための信号が一切設置されていないのだ。

クウェートは極端な自動車優先社会であり、街を歩いているのは出稼ぎの外国人労働者ばかり。

だから自動車用の信号が青になれば、歩行者がいようとお構いなしに車は全速力で交差点を走り抜けていく。

話には聞いていたが、歩行者用の信号がないことに気づいた時に、これは心して歩かなければ危険だと覚悟を決めた。

歩道のない狭い道では轢かれてしまう危険があるため、なるべく歩道の整備された広い通りを選んで海に向かう。

この日は金曜日の休日のせいか、はたまたまだ朝早いからなのか、大通りを走る車の数は極端に少ない。

日本ではなかなかお目にかかれないような高級車もたくさん走っているが、日本車も結構頑張っていた。

振り返ると超高層ビル群、まだ建設中のビルもたくさんあり、窮屈そうに集まっている。

海が近づくにつれ高層ビルは姿を消して、白亜の殿堂といった感じの高級住宅が現れた。

白い壁にヤシの木。

まさに中東の金持ちのイメージだ。

邸宅の前には当然高級車が並び、移民らしき男たちが何やら作業をしているものの、この家の住人と思しき人の姿は全く見えない。

ゆっくりぶらぶらしながら歩くこと20分、海沿いの大通りに出た。

片側3車線の「Arabian Gulf St.」、通称「湾岸ストリート」である。

この時間、車はほとんど走っておらず、時折、スポーツカーやオートバイが猛スピードですっ飛んでいく。

北の方角に、私が目指すクウェートタワーもはっきりと見えてきた。

湾岸ストリートの海側には広い遊歩道が整備されていて、こちらを通ってクウェートタワーを目指す。

名前のわからない街路樹が並び、海に向かってベンチも置かれている。

爽やかな海風が吹き抜け、名も知らぬ鳥がピヨピヨと美しくさえずっているが、この素敵な自然を味わおうとする人はほとんどいないようだ。

遊歩道の右側にはアラビア海、広々とした砂浜が広がっていた。

「ダスマンビーチ」というらしい。

2月のクウェートの気温は10度から20度くらい、暑くもなく寒くもなく、お散歩には最適の季節である。

爽やかな風が吹いていて、実に気持ちがいい。

しかしビーチにも人影はまばらだ。

誰が作ったのだろう、ビーチの端には非常によくできた精巧な砂山が放置されていた。

おとぎ話に出てくるような小さな家と針葉樹の林、そして雪も降らせてある。

砂山の向こう側に見えるのは、高級住宅街として海沿いにマンションが立ち並んでいるというサルミア地区だろうか。

アラビア海に突き出した桟橋からダスマンビーチを眺めると、やっぱり美しい砂浜である。

もう少し暖かくなったら、クウェートの人たちも海遊びをするのだろうか?

地元の日本人の話だと、クウェートの人はあまり活動的ではないらしいが海で泳ぐ人はいて、女性でも肌を隠した長袖の水着を着て泳ぐ人も中にはいるそうだ。

どんな様子なのか、クウェートの海水浴シーンを見てみたいと思った。

そんな感じでのんびり歩いて、8時半ごろ、目的地のクウェートタワーに到着。

寄り道しながらだが、ホテルからは40分ほどかかった計算だ。

タワーの完成は1979年というだけあって、近くから見ると白い部分などに古さは感じるが、特徴的な球体部分はアラブの工芸品のようで美しい。

3つの塔にはそれぞれ違う役割があるらしく、第一の塔は球体がニつ付いていて高さは187メートル、球体の中にレストランと展望台がある。

球体が一つの第二の塔は、高さがおよそ146メートル、こちらはなんと給水塔なんだそうだ。

そして球体のない第三の塔には電力供給機器が収められているという。

アップで見ると、球体の部分には色の異なるお皿のようなものがたくさん取り付けられている。

これが光線のあたり具合によってキラキラと輝き、宝石のような美を演出しているのだ。

モスクの装飾に使われる技法なのだろうか、とても中東っぽいと思う。

タワーのまわりをぐるりとひと回りした後、入場料を払ってタワーに登ってみることにする。

入場料は3ディナール、およそ1290円である。

フェンスの周囲にはたくさんのクウェート国旗が風にたなびき、まさに国家の象徴を思わせた。

敷地内に入り、真下からタワーを見上げるとまたちょっと違う印象を受ける。

私も特にタワーフェチではないけれど、クウェートタワー・・・嫌いではない。

ただ、私以外に誰も観光客がいないのは、まだ朝が早いからなのか、それともクウェートに観光に来る人がいないせいなのだろうか。

展望台にはイメージ通りの金ピカのエレベーターに乗って上がる。

エレベーターの中にはエレベーターガールならぬ男性が1人乗っていて、エレベーターの内部も金の茶室を思わせる金色だった。

エレベーターは地上120メートルの展望台に一気に昇っていく。

エレベーターを降りると目の前にアラビア海が広がっていた。

予想通り窓ガラスは汚れて視界を邪魔していたが、ここからの眺望そのものは私の想像を超えていた。

アラビア海に望むクウェートの街並みは、まさにSFじみた中東の近代都市そのものであった。

展望台は2階建てになっていて、上の階はドーム状でまるで温室のようだった。

このドーム全体がゆっくりと回転していて、有楽町の交通会館の展望レストランのように同じテーブルに座っていると自然に360度見回せるように作られている。

ただ有楽町のように気の利いたものが食べられるわけでもなく、いわゆる観光地の売店的なものである。

誰も来ない展望レストランで客を待つおじさんはとても暇そうだ。

この季節はいいが、気温50度になる真夏にはこの室内はどんなことになるのだろうと、どうでもいいことを心配したりした。

実は私がこのタワーに上りたいと思ったのにはある明確な理由があった。

それはクウェートタワーの目の前に広がる広大な「ダスマン宮殿」を上から眺めることである。

出発前に読んだ湾岸戦争を描いたノンフィクションの中に、ダスマン宮殿の緊迫の脱出劇のことが書かれていた。

クウェートを統治するサバハ家が暮らしていたこの宮殿は湾岸危機の際にはイラク軍の標的となり、首長をはじめ一族が間一髪脱出した難を逃れたという現場なのだ。

そして王族で唯一宮殿に残った末弟シェイク・ファハドはイラク軍との戦闘で命を落とした。

戦争後、シェイクはクウェートの英雄となり、今でも彼の息子は国民の間で人気が高いという。

ダスマン宮殿は今も厳重に警備され、一切撮影は禁止されているとガイドブックにもわざわざ注意書きがしてあるのだが、なぜかタワーの目の前にあって、展望台から見下ろすと建物の構造が丸見えなのに驚いた。

日本で想像していたのは、いかにも金持ちそうな豪華な宮殿だったが、実際に上から見ると宮殿というよりも軍の施設のようで、低い無愛想な建物がたくさん連なっているだけだった。

正直ちょっとがっかりした。

今も王族はこの宮殿に住んでいるのだろうかと地元の人に聞いてみたが、市内にはたくさんのパレスがあるそうで、首長がどこに住んでいるのかは知らないとのことであった。

クウェートタワーを降りて、再び海沿いの湾岸ストリートを今度は西に向かう。

しばらく進むと、立派なヨットハーバーが見えてきた。

その向こう側に見えるのは「スーク・シャルク」というショッピングモールのようだ。

立派な建物。

ハワイのショッピングモールに似ていると思った。

スークといえばアラブの市場のことだが、これが現代のスークということなのか。

ところが中に入ってみると、客が全然いない。

この日が金曜だったからなのか、時間がまだ早すぎるのか定かではないが、クウェート市内にはたくさんのショッピングモールがあるにも関わらず人口が少ないので客集めが大変なのはわかる気がする。

私も買い物目当てではないので、トイレだけ拝借して早々に退散した。

少しだけクウェートを歩いて感じたことは、ニーズを度外視した開発が行われているのではないかという懸念。

石油で稼いだお金を何に投資するかを迷った挙句、必要ではない超高層ビルや巨大ショッピングモールばかりが増えて、客やテナントを奪い合っている。

もしもエネルギーシフトが進み、世界が石油を必要としなくなった時、この国はどうやって生きていくのだろう?

そんな疑問を現地で暮らす日本人にぶつけてみると、実はクウェートの人たちの行動時間というのは日本人の常識とはかけ離れているんだと教えてくれた。

ショッピングモールや飲食店が賑わうのは夜の8時ごろからなんだとか。

私が歩いた金曜の午前中というのは、まさにこの国の人が最も活動を停止する時間だったらしい。

スーク・シャルクのお隣には同じデザインで建てられた別のマーケットがあった。

「フィッシュ・マーケット」である。

こちらも表から見ただけではスーク・シャルク同様、人の気配が穂どんどしなかったのだが・・・

中に入って驚いた。

意外にも人がたくさんいたからだ。

しかも大半は男たち。

文字通りの魚市場、男たちの多くは商売人のように見える。

マーケットの一角では新鮮な果物や野菜も売られていて、黒い服に身を包んだ女性客の姿もわずかながらあった。

お隣のショッピングモールとは違い、魚や果物など鮮度が大事な食材は夜に買いに来るというわけにはいかない。

午前中の方が新鮮なものが手に入るのはどこの国でも同じなのだろう。

マーケットの中には海鮮レストランもいくつか店を構えていて、美味そうな写真が食欲をそそる。

もしも他にいい店が見つからなければ、滞在中こうした市場の食堂で食べてみるのもいいかもしれない。

フィッシュマーケットの裏手は漁港になっていた。

白い独特の形をした舳先が特徴の漁船がずらりと整列している。

先ほどのヨットハーバーとは目と鼻の先の距離だが、その雰囲気は全然異なる。

漁師たちは船上で生活しているらしい。

ヨットハーバーに比べると美しくはないが、整然と人工的に作られたこの街の中で、この漁港だけはものすごく人間臭を感じさせる場所で、私は正直少しホッとした。

湾岸ストリートのお散歩もいよいよゴール。

クウェートで最も大きい「グランドモスク」までやってきた。

モスクの外周は美しい花々で飾られていた。

2月はこの国では一年で花が一番きれいな季節なのだ。

この日はイスラム教徒にとっては休日である金曜日、正午からは1週間で一番大切な金曜礼拝が行われる日だ。

時刻は11時20分、そろそろ人が集まり始めているかなと思ってモスクの正面に回ってみた。

金曜礼拝と聞くと大勢の人でモスクの周りが熱気に包まれる印象を持っていたが、まだ時間が早すぎるのかここにもほとんど人の姿はなかった。

しばらく様子を見ていると、1人また1人と伝統的な服に身を包んだ男性がモスクの中に入っていく。

グランドモスクは権威が高いので、身分の高い選ばれた人しか入れないのだろうかとも思った。

私はイスラム教の国での取材経験はほとんどないので、金曜礼拝が実際にどんなことをするのか全く知らない。

せっかくの機会なので、正午までモスクの周囲で待って何が始まるのか観察してみようと思った。

グランドモスクでは毎日、午前9時と午後5時の2回、モスク内部の見学ツアーが開催されるようだが、金曜礼拝の時間は中に入ることはできない。

とはいえ、モスクの周辺にいれば多少の雰囲気は味わえるはずだ。

11時半、グランドモスクの周辺にある別の小さなモスクからコーランの朗唱のような音が聞こえてきた。

この界隈には見渡しただけでもいくつもの小さなモスクが集まっていて、少し間をおいて別のモスクからも金曜礼拝を呼びかける「アザーン」が流れ始める。

みんな時間を合わせて決められたことをするのではなく、それぞれのモスクの判断で礼拝への参加を呼びかけるようだ。

そして11時40分、グランドモスクからもアザーンが流れ始めた。

アザーンというのは礼拝が始まる前に流される呼びかけのことで、キリスト教の鐘と似たような意味合いのものらしい。

グランドモスクのアザーンは周辺のモスクのそれと比べても低い声で朗々と読み上げられ、格調が高い気がする。

そしてやっとこの頃から、徐々に人の数が増えてきた。

金曜礼拝が始まる正午直前になると、四方八方から想い想いの服装を着た人たちがモスクに吸い込まれていく。

中には黒い服を着た少女の姿も。

キリスト教徒が日曜に教会に行くように、クウェートの人たちは幼い頃から金曜日にはモスクに行くのが習慣になっているのだ。

そして12時を回り、グランドモスクの金曜礼拝が始まった。

スピーカーからアザーンとは異なる音が聞こえてくる。

モスクの中で朗唱しているコーランをそのまま外部にも流しているのだろう。

私は交差点に置かれたベンチに腰掛けてずっとその音を聞いていた。

イスラムの国に来たんだという実感が広がる。

金曜礼拝の音声はグランドモスクだけでなく、町中にある多くのモスクから流れ始めた。

内容はバラバラで、コーランの朗唱もあれば説教のようなものもある。

私はベンチを離れ、移動しながらその音を聞いて回ることにする。

ホテルに戻る途中、歩くごとに別のモスクの金曜礼拝の音が飛び込んでくる。

運転手の乗っていない路線バスがモスクの前に停められている現場も通りかかった。

おそらく運転手さんもこの時、礼拝に参加していたのだろう。

こうして初めてのクウェートの散歩を終えて、ホテルの部屋に戻ると、カーテンの上に矢印のようなシールが貼られているのに気がついた。

シールには「QIBRA」と書かれている。

「キブラ」とはイスラム教徒が1日5回の礼拝をする方向のこと、すなわち矢印は聖地メッカの方角を指し示しているのだという。

私が泊まったのはフランス資本の外資系ホテルだったが、ホテルの部屋で礼拝する客のためにキブラのシールが貼られているというわけだ。

もしも金曜礼拝を観察しなければ、私はこのシールに気付かないままクウェートを後にしたかもしれない。

私も少しだけ、イスラム教に詳しくなった。

やはり知らない国に来ると、なんらかの発見があるものだ。

クウェートは一年でも最も快適な季節、本当に気持ちが良くて、少し為にもなった金曜日の朝散歩であった。

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