<吉祥寺残日録>ロシアの軍事侵攻を逃れ来日して3年半!初土俵から14場所でつかんだ安青錦の初優勝と大関昇進を祝福する #251124

今年の大相撲は、ウクライナ出身の関脇・安青錦の初優勝で幕を下ろした。

安青錦は本名ダニーロ・ヤブグシシン、ウクライナ中西部ヴィーンヌィツャ生まれの21歳だ。

今年の九州場所は、序盤から横綱大の里が圧倒的な強さを見せ、9日目まで盤石の相撲で白星を連ねた。

まさに大の里一強時代の到来かと思わせるほどの強さだったが、新鋭・義ノ富士に敗れてから少し様子が変わった。

一方、初日に敗れて出遅れた横綱豊昇龍は、その後は持ち前のスピード相撲が復活。

終盤に入り大の里が連敗したことから、先場所に続いて両横綱による優勝争いかと思われた。

しかしその豊昇龍も14日目に安青錦に敗れ、大の里、豊昇龍、安青錦がいずれも11勝3敗で並んで千秋楽を迎える。

優勝争いはまさに混沌とした状況になり、ワクワクしながら千秋楽を楽しみにしていたのだが、なんと大の里が安青錦戦で肩を痛めたとしてまさかの休場。

結びで対戦が組まれていた豊昇龍は不戦勝となり、もし安青錦が敗れればそのまま豊昇龍の優勝が決まってしまうという冴えない展開となってしまった。

そうして迎えた結びの一番、大関琴桜vs関脇安青錦。

安青錦はいつもの低い姿勢で琴桜に食らいつく。

今場所も万全ではない琴桜もがっちりと安青錦をつかまえて態勢を固め、長い相撲になりそうだと思った瞬間、安青錦の左手が琴桜の膝を素早くはらった。

琴桜がガクッと土俵に落ち、見事な内無双がまたも決まった。

常に低い態勢を崩さない安青錦にとって内無双は得意技で、幕内に昇進してからも何度も大事なところで決めている。

これにより、優勝の行方は豊昇龍と安青錦による優勝決定戦に持ち越された。

豊昇龍にとって、安青錦は文字通り「天敵」と言っていい存在だ。

初対戦からこれまで勝ったことがなく、今場所も一方的に突き出されて3連敗を喫していた。

それでも持ち前の運動神経と勝負強さで、優勝決定戦では豊昇龍がなんとか作戦を考えるのではと思ったのだが・・・

激しく頭からぶつかった両者だったが、安青錦は一歩も引かず、豊昇龍が一瞬下がったところを一気に攻めて相手の後ろにまわり、そのまま土俵に引き倒した。

それはまさにレスリングで鍛えた身のこなしだったが、横綱としては屈辱的な無様な負け方である。

負けた豊昇龍は悔しさのあまり四つん這いのまま土俵を叩いた。

ウクライナ出身力士としてはもちろん初めての幕内最高優勝だが、それだけではない。

初土俵からわずか14場所での優勝も尊富士に次ぐ史上2番目のスピード記録で、21歳8ヶ月での優勝も貴乃花や白鵬に次ぐ史上3番目に早さだという。

それ以上にすごいのは、今年春場所の新入幕以来、一度も負け越していないだけではなく毎場所11勝以上をあげてきた抜群の安定感だ。

しかもウクライナで相撲の稽古をしていたとはいえ、日本に来て本格的に相撲を始めてからわずか3年しか経っていないという事実は、彼が生まれ持ったポテンシャルと並外れた努力の証明である。

そして、この優勝により来場所からの大関昇進を確実なものとした。

金髪の力士、安青錦は土俵上でほとんど表情を崩すことがない。

千秋楽の前夜には緊張のため一睡もできなかったと言うが、優勝決定戦に臨んでもその表情は冷静そのもの、気負ったり物おじした印象を感じることは一切なかった。

優勝が決まり、優勝賜盃を受け取る際にも笑みはなく、ちっとも嬉しそうには見えない。

見る人によっては可愛げがないと思うかもしれないが、私は今も戦争が続く祖国ウクライナの状況が21歳の若者から笑顔を奪っているように感じた。

報道によれば、ロシアの軍事侵攻が始まった2022年2月、安青錦は徴兵年齢直前の18歳だったという。

「日本に避難できますか?」

侵攻の3週間後、相撲の世界大会で知り合った関西大相撲部でコーチを務める山中新大さんにメッセージを送り、4月単身日本にやってきた。

関西空港に降り立った時、汗をびっしょりかき不安そうだった青年は、山中家で世話になりながら日本語の勉強に取り組み、秋には安治川部屋に入門する。

戦争がなければウクライナで進学する予定だった安青錦にとって、大きな人生の転換点だったのだ。

来日からわずか3年半とは思えない流暢な日本語で堂々と優勝インタビューに応じた安青錦。

土俵上での硬い表情が一瞬緩み、21歳の青年らしい清々しい笑顔がわずかに拝めた。

もっと笑えば、もっと人気も出るだろう。

しかし、彼の友人も含め多くの同年代のウクライナの若者たちが今も戦場で戦っているのだ。

安青錦が誰に気兼ねすることもなく笑える日が1日も早く来ることを願うばかりである。

そんな過酷な状況の中でつかんだ初優勝。

私は心から安青錦を祝福したい。

まもなく侵攻から4年を迎えるウクライナ情勢は、仲介役に意欲を示すアメリカが和平案を提示、停戦に向けた重要なタイミングに差し掛かっている。

トランプ政権がまとめた和平案には、ドンバス地方を含む領土の割譲など、ウクライナ側にとっては厳しい内容が盛り込まれているという。

「侵略者には絶対に譲歩しない」としたバイデン政権とは違い、トランプ大統領は大義よりも実利を優先する。

一方的に他国を侵略したロシアが利益を得ることには私も抵抗感があるが、開戦から4年、もうそろそろ妥協が必要なのも事実だろう。

しかし果たしてロシアが現在占領している地域から軍を撤退させることがあるのか、実効性には大きな疑問符もある。

安青錦に関する記事を探していて、こんな写真を見つけた。

軍事侵攻によって祖国を追われ日本に避難してきたウクライナの女性たちが開いたカフェに先月、安青錦が訪れたという新聞記事である。

このお店は、私が住む武蔵野市にあり、私も2度ほど訪れたことのある「ウクライナカフェ クラヤヌィ」だった。

外国人に対する偏狭な怒りが高まっている昨今の日本ではあるが、私は平和を求めて異国に逃れる人々を支える人間でありたい。

いつか彼らが平和な祖国に戻れる日まで、ウクライナと安青錦を応援し続けたいと思う。

コメントを残す