秋分の日の三連休中日。
吉祥寺は朝から雨だった。
岡山では一滴の雨も降らず雨に飢えていたせいもあって、妻に誘われるままに井の頭公園のお散歩に出かけた。

雨の公園は静かで潤っていた。
夏の猛暑もようやく終わりを迎えたらしく、短パンでは肌寒いぐらいだ。
しっとりとした空気を胸いっぱいに吸い込むと、夏バテの体に生気が蘇ってくる気がする。

足元に咲く花が雨に濡れて瑞々しい。
「これって、何ていう花?」
妻に聞かれてもすぐに思い出せない。
コロナでステイホームを呼びかけられた2020年、私は毎日ひとりで井の頭公園を歩き回り、植物の名前を片っ端から覚えたものだが、4年も経つともう半分以上は名前を思い出すことができない。
家に戻ってから当時のブログを読み返すと、この花は「ヤブラン」だとわかった。

西園にやってくると、何やらイベントが始まっていた。
桜のエリアに設けられたステージの前には、雨にも関わらず観客もいる。

テントに貼られたポスターを見ると、「三鷹国際交流フェスティバル」と書いてある。
第33回というから結構歴史のある国際交流イベントのようだ。
私たちが訪れたのは午前10時、まさにフェスティバルが開幕した直後だった。
一つのテントではアメリカ人の女性がリラックス法のレクチャーを行なっていて、雨宿りがてらしばし聴講させてもらったりする。
通訳の男性はとても流暢な日本語を話し、出身を聞くと日本生まれのアメリカ人だという。
本当に今の日本には実に多様な外国人が暮らしている。

西園のグランドでは多くのキッチンカーが集まって、世界各国の食のイベントが開かれていた。
幸いなことに雨も上がり、厄介な太陽は雲に隠れていて、井の頭公園の緑に囲まれた屋外のランチには最高のコンディションである。
「せっかくなので、ちょっと早いがここで何か食べて帰ろうか?」
すぐに話がまとまった。
ただ、こんなイベントがあるとは知らずお散歩に出たので、二人とも財布を持っていなかった。
そういえば、先日送ったブドウのお礼に友人たちが寄付してくれたお金がPayPayにあるのを思い出す。

気になった「イエメン・モカコーヒー」のテントで「PayPay使えますか?」と聞いてみると、使えるという。
ラッキー!
普段PayPayなど使わない私だが、スマホがあればモノが買える便利さを改めて実感した瞬間だった。

日本でも馴染みのある「モカコーヒー」は、内戦が続くアラビア半島の国イエメンが原産地だそうだ。
しかし、国内の混乱でコーヒーの生産は減少し、代わりに興奮、覚醒作用のある植物カートへの植え替えが進んでいるのだとか。
イエメンも行ってみたい国の一つだが、今の状況では迂闊に足を踏み入れることはできそうにない。
500円で購入したコーヒーの苦味にこの国の苦難を感じた。

さて、食べ物は何を選ぶか?
妻は「サバサンド」のキッチンカーに惹かれたらしく、ここで「サババインミー」(950円)を注文した。
「サバサンド」自体はトルコでポピュラーなファストフードだが、「マヨネーズたっぷり」という謳い文句が嫌だったようで、ベトナム風の「バインミー」を選んだ。
たっぷりのピンクグレープフルーツが入ったフルーティーなサバサンドらしい。

私は、未知の「ベネズエラ料理」に興味があった。
強権的な反米政権が続く南米のベネズエラ。
今年2月、カリブ海を旅行した際にも渡航先の候補として検討したが、いろいろ面倒そうだったので国境紛争を抱える隣国ガイアナには行ったがベネズエラに立ち寄ることは諦めた。
この国で何が食べられているのか全く何の知識もないので、ぜひベネズエラ料理を食べてみたかったのだが、残念ながらPayPayが使えず断念せざるを得なかった。

代わりに選んだのは、カリブ海の島国ジャマイカのキッチンカー。
ジャマイカといえば、ウサイン・ボルトとレゲエだが、料理については全く何のイメージも湧かない。
スタッフに聞くと、最もポピュラーなのは「ジャークチキン」だという。

「ジャークチキン」と「ジャークポーク」は、すりおろした玉ねぎ、長ネギとオールスパイスやオレガノなどのハーブでマリネして焼いたジャマイカの国民食だという。
これはぜひ食べてみたい。
どちらかといえばチキンの方がポピュラーだというので、「ジャークチキンライス」(800円)を注文することにした。

それぞれ買い求めた異国料理を受け取ってグラウンドの中央に設けられたテーブル席でいただく。
まずは妻の「サババインミー」から。
赤い明太子のように見えるものがピンクグレープフルーツである。
妻はすぐにホーチミンで食べたザボンのサラダを思い出したようだ。
あのサラダは本当に美味しかった。
それに比べると、「サババインミー」は特別美味しいわけでもないが、爽やかな空気の中で食べればどんな料理にもプラスαの満足感が加わるというものだ。

さて、続いてこちらが私が選んだ「ジャークチキンライス」。
ご飯の上に香辛料の効いた鶏肉が置かれ、ケチャップがかけてある。
値段に比べて量はいささか物足りないが、肉はとても柔らかかった。
ただ美味しいかと問われれば、美食に慣れた日本人にはやや物足りないものがある。

世界各国を旅してその土地の美味しい料理に出会うこともあるが、日本ほどハズレが少ない国はどこにもない。
それでも、知らない国の知らない料理を食べるだけでワクワクするのだ。
日本は確かに素晴らしい国だ。
だが、だからと言って他国を知ろうともせず、外国人を排除しようという風潮にはヘドが出る。

他者を知ることによって、自らに欠けているものに気づかされるのだ。
こうした国際交流イベントがもっと日常的に開かれ、ごく普通に外国人と付き合える日本社会を実現できれば、日本ももう一段上質な国になれることだろう。
井の頭池に映る美しい夕焼けを眺めながら、そんなことを考えた。