クレマトリウム
そして・・・

1本の煙突が立った盛り土のようなものが見えてきた。周囲には樹木が茂り、のどかな風景に見える。

この施設は「クレマトリウム」と呼ばれる。火葬場という意味だ。
アウシュヴィッツ最初の焼却施設で、1940年から43年まで使われていた。一昼夜に340体の遺体を焼却できたという。
クレマトリウムの中に入る。

入り口を入ってすぐ、だだっ広いコンクリートの部屋がある。ここは火葬する前の遺体安置所だった。
ナチスはこの部屋を、大量殺人を目的とした初の「ガス室」に変えた。

天井には、チクロンBを内部に噴霧する噴出口があった。ナチスはこの小さな部屋で、一回に数百人を殺戮した。

ナチスはさらに大規模なガス室をビルケナウ強制収容所に開設し、ユダヤ人の大量虐殺活動をそちらに移したため、このガス室は徐々に使われなくなった。

黒く汚れたレンガの壁を抜けて、次の部屋に進む。

そこには2基の焼却炉が置かれていた。当時はドイツ製焼却炉3基があったといい、戦後2基が復元されたものらしい。

それぞれの炉に2−3の死体を一度に入れ、1日に350体を焼却した。

ビルケナウにより大規模な焼却炉が建設されると、5つのクレマトリウムで1日に4576体の遺体を処理できる能力となり、この最初の焼却炉は次第に使われなくなった。
アドルフ・ヘスの絞首台

初めポーランド人から始まり、取り調べ、裁判、処刑という一応の手順が踏まれていた収容所が、ユダヤ人絶滅という狂気の指令の中で、機械的に選別し効率的に殺戮する殺人工場へと変貌していった。
戦争は常に、人間の狂気をエスカレートさせていくのだ。

クレマトリウムの前には、一つの絞首台が残されている。
1947年4月16日、アウシュヴィッツ強制収容所の元所長ルドルフ・ヘスの処刑が行われた。
ヒトラーの狂気がなければ、ヘスもこのような大量虐殺に手を染めることはなかっただろう。
次回は、第二強制収容所ビルケナウについて書く。
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<参考情報>
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