<きちたび>2泊3日福岡&対馬の旅⑥ 対馬での宿泊は厳原の「西山寺宿坊」が五つ星!

博多港からフェリーに乗り、対馬の厳原港に着いたのは、午後3時前だった。

厳原本川の河口に架かる「厳原大橋」を歩いて渡ると、この町が細い川沿いのわずかな低地に密集してできていることがよくわかる。

人工的に作られた入江には漁船やクルーザーが停泊していて、実にのどかな風景だ。

スマホの地図を頼りに予約した宿まで歩いて向かう。

斜面に張り付く住宅地の路地を登っていくと、石垣の前に「対馬西山寺」と書かれた木札が立っていた。

「ここだ」

「鶴翼山 西山禅寺」と刻まれた石碑はまだ新しく、その脇に小さく「宿坊 対馬西山寺」と書かれた木札が立っていた。

予想していたよりも立派なお寺のようだ。

門をくぐる。

私は宿坊というところに泊まったことがなく、ちょっと堅苦しいイメージを抱いていた。

門を入ると、よく手入れされた石庭があった。

吉祥寺界隈のお寺よりずっと風情がある。

母屋には鶴がデザインされた暖簾がかかっている。

どうやらここが宿坊の入り口のようだが、私が抱いていた厳しいイメージとは違い、お洒落なゲストハウスといった趣があった。

暖簾の奥は、お掃除の行き届いた玄関で、「御用の方は二打願います」と日本語と英語で書かれた紙の下に小さな釣鐘が置いてあった。

玄関にかけられた掛け軸には「知足」の文字。

「足るを知る」

もとは老子の言葉だが、このお寺が属する臨済宗でもこの言葉を大切にしているそうだ。

今の私にはぴったりの言葉かもしれない。

鐘を鳴らしてしばらく待つと、一人の若いお坊さんが出てきて私の部屋に案内してくれた。

玄関から伸びる廊下からは庭が眺められ、その奥は本堂へと通じる。

縁側にはガラスに描かれた仏様のレリーフが置かれている。

西山寺はちょっとモダンなお寺なのだ。

縁側から部屋につながる廊下は、天井が吹き抜けになっていて一流旅館のような高級感がある。

廊下の脇にはきれいな坪庭が・・・。

宿坊のイメージがどんどん良くなっていく。

旅行者が泊まれる部屋は、階段を上がった2階と3階にある。

私が予約したのは、この宿坊でも一番広い部屋だった。

2つのベッドが置かれた和洋室。

障子越しの光がやさしく部屋を照らす。

家具も寝具も清潔で、とても落ち着いた雰囲気だ。

部屋の隅には小さな床の間が設けてあり、素敵な生け花が季節の彩りを添えていた。

この部屋を選んだのは、テレビや洗面台が付いていること。

さらに、襖を開けるとトイレが付いているのも、夜必ずトイレに起きる私には決め手だった。

宿坊の堅苦しさを避け、なるべく便利そうな部屋を選んだわけだが、実際に泊まってみると予想以上に居心地の良い宿坊だった。

夜、街で夕食を済ませて宿坊に戻る。

西山寺では門限はなく、玄関は何時でも開いているという。

風呂は共用だが、宿泊者の数が少ないので一人でゆっくりと入ることができた。

浴槽は2−3人が一緒に入れる大きさで、石のタイルが貼られた室内は高級感があった。

湯船に浸かって窓を大きく開けると、車の通りも絶えた厳原港の夜景が見渡せる。

一人でゆったり風呂に入り、窓から入る風を感じると露天風呂のような開放感を感じるのだ。

翌朝、夜が明ける前に起き出して午前6時から座禅を行った。

臨済宗の禅宗寺院であるこの西山寺では毎朝6時から座禅の会が開かれ、宿泊者は自由参加だ。

参加無料なので私はぜひ参加したいと思ったが、この日の参加者は私一人。

住職がマンツーマンで付き合ってくれた。

般若心経を読んで、15分間の座禅。

宿坊らしい爽やかな朝を迎えられる。

座禅を終えて部屋に戻ると、東の空が赤く染まっていた。

対馬の朝は静かに明けた。

今日もいい天気だ。

午前7時、廊下の奥にある食堂に向かう。

朝食の時間は宿泊客の都合で選ぶことができるのもありがたい。

食堂に入って、ちょっとびっくり。

ペンションのような和モダンな空間で、薪ストーブがでーんと鎮座している。

こちらが宿坊の朝食。

豪華ではないが、とても体に良さそうな朝ごはんだ。

焼き魚、煮物、おひたし、冷奴・・・

さらには、納豆、梅干し、海苔、味噌汁とフルーツ。

私にはちょうどいい朝ごはんだった。

朝食後、部屋で少し休んでからチェックアウト。

縁側に立つガラスの仏様がお見送りしてくれた。

とにかく全てに大満足の素敵な宿坊だった。

最後に、このお寺の歴史について少し触れておきたい。

西山寺の庭に立つ「朝鮮国通信使 鶴峯金誠一先生詩碑」と刻まれた石碑。

金誠一は16世紀の李氏朝鮮の文官で、豊臣秀吉の朝鮮出兵の直前、朝鮮通信使の副使として来日した。

西山寺の歴史は聖武天皇が創建した国分寺に遡るという。

しかし、歴史的に重要な役割を果たしたのは戦国から江戸時代。

ここに朝鮮との外交を担当する「以酊庵(いていあん)」が置かれたのだ。

当時、中国や朝鮮との外交は、基礎教養として漢詩文を学び漢文能力に優れる禅僧が担当した。

江戸時代になると幕府によって1年交替で教養のある禅僧が「以酊庵」に送り込まれ、外交文書の作成や朝鮮通信使の応接などに当たった。

鎖国のイメージの強い江戸時代だが、対馬を通して朝鮮や中国との交流は明治維新まで続いた。

この西山寺は、そんな日本人が知らない歴史の舞台だったのだ。

西山寺の庭からは、厳原港を出入りする船がよく見える。

江戸時代に朝鮮との外交を担当した禅僧たちも、こうして港を眺めたのだろうか?

対馬の玄関口・厳原港近くに建つ西山寺の宿坊。

私にとっては五つ星の大満足の宿だった。

楽天トラベル評価4.75、私の評価は5.00。

「宿坊 対馬西山寺」
住所:〒817-0022長崎県対馬市厳原町国分1453
電話:0920-52-0444
https://seizanji.com/

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