ロシア人街

そして最初にこの街を築いたロシアの影もはっきりと刻まれている。
観光地化され、ちょっと胡散臭くなったロシア人街。

知らぬ間にタイムスリップして、過去と現在、中国とロシアと日本が混じり合う。不思議な感覚に襲われる街だ。

古屋哲夫さんは「日露戦争」のはしがきで、次にように書いている。
『日露戦争は、日本の近代の決定的な曲り角であった。帝政ロシアの南下におびえ、せめて朝鮮だけでも支配したいと望んでいた日本は、この戦争によって、一躍朝鮮と満州に植民地をもつことになった。
日本にとってもまた、植民地支配をどうするかという問題が、以後の歴史をもっとも基本的に制約してゆくことになる。この問題を除いては何事も解決できなくなったといってよい。とくに満州問題は、日本の植民地問題の中核に据えられた。満州を失えば、朝鮮をも失うに違いないという意識は、日露戦争直後からすでに支配的になった。朝鮮の民族的な抵抗に悩まされ続けた日本の支配層は、朝鮮を植民地として確保するためにも、満州支配を強め、拡大しなければならないと考えた。』
醒めた心をもって歴史を見る
明治維新100年を前に出版されたこの本の中で、古屋氏は歴史との向き合い方について説いている。
『歴史はとかく、人の心を感動や憤激のうずまく感情の世界へ誘い、イデオローグたちは、歴史を大衆操作のために利用することを好む。第二次大戦で敗れるまで、奉天占領の日が陸軍記念日とされ、日本海海戦の日が海軍記念日とされたように、日露戦争は近代日本の「栄光」のシンボルであった。
明治維新百年を目前にし、高度成長をなし終えた現在の日本にあって、過去の「栄光」への郷愁の心が起こるのも、ある意味では自然であるかもしれない。しかし歴史とはしょせん過ぎ去ったものであり、過ぎ去った「栄光」への「熱狂」を誘うのは反動の誘いにほかならないであろう。醒めた心をもって歴史をみ、われわれ自身の中にある「過ぎ去ったもの」、現在を拘束している歴史の力を確認することが、歴史をふりかえることの意味というべきではあるまいか。』

この本は、今から50年ほど前の1966年、明治100年の節目を前に初版が出版された。
それから50年あまりが経ち、今年は明治維新150年の年だ。古屋さんの言葉は、なんと今の時代にもぴったりと響くのだろうか。
「醒めた心で歴史を見る」ことの重要さはいつの時代にも忘れてはならない。私も「醒めた心」を持って満州国に接してみたいと思っている。
<関連リンク>
②日露戦争最大の激戦地・二〇三高地はお花見スポットになっていた
<参考情報>
私がよく利用する予約サイトのリンクを貼っておきます。

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