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<きちたび>グリーンランドの旅2023🇬🇱 最大都市ヌークの街歩き!わずか2万人の街で進む建設ラッシュとグリーンランド独立問題

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🇬🇱 デンマーク領グリーンランド/ヌーク 2023年12月5日~8日

アメリカのトランプ大統領が、突如「グリーンランドを買ってもいい」と言い出したのはコロナ前の2019年のことだった。

世界はまたトランプさんがバカなことを言い出したと笑ったが、あれは間違いなく本心だったに違いない。

誰かがトランプさんにグリーンランドの将来性と戦略的な重要性について吹き込み、進言した人たちも真剣にグリーンランドが欲しいと考えていたはずだ。

地球温暖化や地下資源でにわかに注目を集めるグリーンランドだが、実際にどんな島なのか、その現状を私は知らない。

政治経済の中心地であるヌークの街をとにかく歩いてみることにした。

グリーンランド最大の街とはいえ、人口はわずか2万人ほど、端から端まで歩いても大したことはない。

メインストリートである「Aqqusinerersuaq」通りには、この街一番のホテル「Hotel Hans Egede」や「Brugseni nuuk」という商業施設がある。

この辺りが街の中心部だ。

私が訪れたのはグリーンランドに到着した5日の午後2時ごろだったが、それなりの数の買い物客が歩いていた。

生鮮品も並んでいるが、基本全て輸入品で、物価は高い。

グリーンランドの沿岸部は、気候の問題もあるがそもそも耕せるような土壌がなく、かつて食料は海産物と狩猟に頼っていた。

スーパーの西側を貫くのが「Imaneq」と呼ばれるショッピングストリート。

自動車が通らないこの通りは歩行者にとっての目抜き通りと言っていい。

この「Imaneq」を少し北に歩くと「カトゥアク・カルチャーセンター」のモダンな建物がある。

オーロラをモチーフにしたこの文化センターは、コンサートや展覧会が開かれる文字通り文化の中心地で、コーヒーショップなども併設されている。

カルチャーセンターの北側に新しく建設されたのが「Nuuk Centre」というショッピングモール。

この建物がヌークで一番高いランドマーク的なビルだそうだ。

だいたいこのくらいが街の中心、本当に小さな街である。

この中心街を取り囲むように、伝統的な住宅が並んでいる。

北欧的なかわいらしい家々で、面白いことにあえて岩の上に立てられている。

聞いたところでは、グリーンランドには岩と凍土しかなく、凍土は夏は地下の氷が溶けて凹み、冬は逆に膨張するため建物を建てるのに向かず、やむなく硬い岩を削って家を建てるのだという。

だから、道路から家々をつなぐ木道が町中を網の目のように走っていて、観光客から見るとそれが不思議な街の魅力となっている。

グリーンランドでは土地は全て公有地で、一般の人が家を建てたいと思えば、自治政府に申請して与えられた土地に自費で家を建てるのだそうだ。

面白いのは、その際に家の色も政府に決められるため、勝手に好きな色の家を建てることができないことである。

グリーンランドのカラフルな家並みはこうして計画的に作られているのだ。

そんな小さなヌークの街を歩いていて、異様に目についたのが建設現場の多さである。

至る所でクレーンが動いていて、新しい建物が次々に生まれている。

詳細はわからないが、一見したところ集合住宅が多いように見える。

海を見下ろす高台に立ち並んだこちらの集合住宅もまだ新しい。

わずか2万人の町でどうして今こんな建設ラッシュが起きているのか、私の脳裏に大きなクエスチョンマークが浮かんだ。

私は関係者に取材したわけではないので正確なところはわからないが、すぐに思い浮かぶのがグリーンランドでにわかに盛り上がりを見せる独立の動きである。

グリーンランドは現在デンマークの自治領という位置付けになっているが、世界最大のこの島がデンマークの植民地となったのは18世紀初頭のこと。

国立博物館の展示などをもとに、グリーンランドの歴史を少し勉強してみた。

この島に初めて人類の痕跡が認められるのは、紀元前2500年ごろとされている。

「サカク文化」と呼ばれ、人々は狩猟によってアザラシなどを獲っていたと考えられている。

ヨーロッパ人が最初にこの島を「発見」するのは西暦980年代、アイスランドのヴァイキング「赤毛のエイリーク」がその発見者とされる。

しかし、ヴァイキングの定住地は15世紀には消滅したと考えられていて、それと入れ替わるように西暦1200年ごろカナダ北部からやってきた「トゥーレ人」がグリーンランドの沿岸部で勢力を広げていった。

このトゥーレ人が現在島民の9割を占める先住民「イヌイット」の祖先とされる。

ヨーロッパ人が再びグリーンランドにやってきたのは1721年、ノルウェーの宣教師や商人たちだった。

彼らは西海岸に居住地を築き「ゴットホープ」と名付けた。

これが現在のヌークの始まりである。

ノルウェーは当時デンマーク王国の一部だったため、グリーンランド西部の居住地はデンマークの植民地となり、国際的に島全体が正式にデンマーク領と認められたのは1917年以降のことだった。

ただ、第二次世界大戦中デンマークはドイツに占領されると、グリーンランドはアメリカの保護下に置かれ氷に覆われたこの島に米軍基地が作られた。

現在もグリーンランド北部には米軍の「チューレ空軍基地」が置かれている。

戦後デンマーク領に戻ったグリーンランドは、1953年に植民地から海外郡に昇格、デンマーク国会に島の代表を送り込めるようになった。

1979年には念願の自治権を獲得する。

グリーンランドは経済的にヨーロッパよりアメリカとの結びつきが強いため、自治政府は1985年にECから脱退、同時にグリーンランド独自の旗を制定し、地名もデンマーク語からグリーンランド語に変更した。

自治権獲得から半世紀ほどが経ち、島民の9割を占める「カラーリット」の間では、グリーンランド独立の機運が高まっている。

「カラーリット」とは、グリーンランドの先住民イヌイットまたはデンマーク人との混血の人たちのことだ。

グリーンランド議会の主要5政党のうち、3党が独立支持。

近い将来、グリーンランドがデンマークから独立する可能性は高い。

こうした事情がヌークの建設ラッシュの背景にある、私はそう考えている。

グリーンランドの独立はデンマーク政府にとって失うものが大きい。

そのため、住民たちの生活向上のための投資が今ヌークで盛んに行われていると睨んだのだ。

昨今、世界の大国がこぞってグリーンランドに注目し、できればこの島に影響力を行使したいと考えている。

なぜ、世界がグリーンランドに注目するようになったのか?

重要なキーワードは地球温暖化である。

島の8割を分厚い氷床が多い、周辺の海も冬になると広範囲にわたって凍るため、海上交通もままならなかった。

しかし、温暖化によって開発が可能な沿岸部の土地が増えると同時に、冬になっても海が凍らなくなって北極海航路の重要な中継点として重要性が高まったのだ。

12月のグリーンランド。

初めてこの島を訪れるにあたり、私は雪と氷に閉ざされた大地や海を想像していた。

しかし実際に訪れてみると、海に氷はなく、陸地に積もる雪もわずかであった。

伝統的な暮らしを続けるイヌイットの人たちにとっては生活環境の激変はダメージだろうが、都市に暮らす人たちには温暖化は新たな可能性を広げる側面を持つ。

グリーンランドにはまだ何もない。

それだけに、温暖化の進展とともに今後ものすごいスピードで変化が起きる可能性がある。

もしもデンマークから独立し、グリーンランドの人たちが自分たちの意思で外交を展開し始めた時、世界の大国が大企業が、無限の可能性を秘めたこの島に急接近する日が来るに違いない。

その時、島民たちが幸せになれるのか、それとも外からやってくる人や資本に飲み込まれてしまうのか。

10年後のグリーンランドを是非見てみたいと思いながらホテルに戻った。

<きちたび>グリーンランドの旅2023🇬🇱 “首都“ヌークの「HOTEL SOMA NUUK」で夢のような朝日とオーロラを見る

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