第4ブロック

まずガイドが最初に案内したのは「第4ブロック」と呼ばれる建物だった。

入り口には、「GENERAL EXHIBITION」(一般展示)、「EXTERMINATION」(絶滅)の文字。ここでは、アウシュヴィッツ強制収容所の歴史やここで殺された民族について展示されている。

「過去を忘れる者は、過ちを繰り返す」という言葉が掲げられている。ジョージ・サンタヤーナというのはスペイン出身のアメリカの哲学者だそうだ。
人類は同じ過ちを何度も繰り返して来た。今も同じ過ちを犯しそうな指導者たちはあちらこちらにいる。

アウシュヴィッツには、ヨーロッパ中から収容者が送られて来た。
SS司令官のハインリヒ・ヒムラーがアウシュヴィッツをユダヤ民族殲滅計画実行の地と決めたのは、「交通の要衝として便利でこの地域を容易に隔離、秘匿することができる」という理由だった。
1942年前半に始まったユダヤ人の大量殺戮。
最初はポーランド国内、春からはスロヴァキアやフランスからの大量連行が始まり、次いでベルギーやオランダ、秋にはドイツ、ノルウェー、リトアニアなどナチス占領下のヨーロッパ諸国から次々にユダヤ人がここに送られて来た。

がらんどうの部屋に飾られた連行される女性や子供たちの写真。
何の説明書きも添えられていない。

開け放たれた窓からは隣の収容施設が見える。
死者110万人

犠牲者数を記した一枚のパネル。とてもシンプルだ。
「30万」という数字をことさら強調した南京の施設とは大きな違いがある。
『アウシュヴィッツはナチスドイツの最大の絶滅強制収容所である。1940年から45年の間に、ナチスは少なくとも130万人の人々をアウシュヴィッツに追放した。』
内訳は、ユダヤ人110万人、ポーランド人14−15万人、ジプシー2万3000人、ソ連捕虜1万5000人、その他の民族捕虜2万5000人。
『そのうち110万人がアウシュヴィッツで死んだ。犠牲者のおよそ90%はユダヤ人だった。SS(ナチス親衛隊)は彼らの大半をガス室で殺害した。』

連行されたユダヤ人の大部分は登録や囚人番号なく到着後すぐにガス室で殺された。そのため正確な犠牲者数を定めることさえ困難で、長年多くの国々で歴史家の議論のテーマになっている。

写真を撮るのに忙しくてガイドの説明をちゃんと聞いていなかったが、これは捏造された死亡通知書だと思われる。

『ユダヤ人は完全に絶滅されるべき民族である』
ナチスのポーランド総督だったハンス・フランクの言葉が掲示されていた。
移送と選別

ここからは写真の展示だ。


到着した囚人たちは、男性のグループと女性及び子供のグループに選別された。

どこから移送されたかのリストだ。
ハンガリー43万人、ポーランド30万人、フランス6.9万人、オランダ6万人、ギリシャ5.5万人、チェコ4.6万人、スロヴァキア2.7万人、ベルギー2.5万人、オーストリア・ドイツ2.3万人、ユーゴスラビア1万人、イタリア7500人、ノルウェー690人、そして他の強制収容所から移送されたユダヤ人が3万4000人と推定されている。

輸送は貨車で行われた。その様子を再現した模型も展示されている。

男女に選別されたグループをさらにSSの医師たちが再度選別した。
労働に適する者は収容所へ、それ以外の者はガス室に直行する。生き残った者は到着した人の4分の1だという。
理不尽な理由で、悲しい運命に直面し、殺されていった人たちのことを思うと、ただただ世界平和を祈るばかりです。戦争をしたがる指導者たちを世界から排除すべきです。