🇫🇷パリ~🇩🇪フランクフルト~🇦🇱ティラナ 2024年10月23日
私がパリ特派員をやっていた1990年代は、冷戦が終わりEU統合が急速に進んだ時代だった。
1995年にはシェンゲン協定が発効し、EU域内の国境管理が事実上撤廃されて、フランスからドイツに行くのはほとんどノーチェック、空港でも国内線とほぼ変わらない気楽さで出発時刻の直前でも安心して飛行機になることができた。
私は未来の世界を眺めるようにヨーロッパで起きている革命的な変化を憧れの気持ちとともに見つめていたものだ。
ところが今回、久しぶりにパリのシャルル・ド・ゴール空港からフランクフルト行きの飛行機を利用して、意外な変化に気がついたのである。
私が第1ターミナルに到着したのは午前4時半ごろ。
搭乗予定のルフトハンザ機の出発よりも3時間も早かった。
本当はホテルでもう少しゆっくりしてから来るつもりだったけれど、目が覚めてしまってドミトリーのベッドに息をひそめてじっとしているのが苦痛になったためだ。
しかし、結果的にこの決断が幸いした。
ルフトハンザのカウンターには早朝にもかかわらず、行列ができていた。
私は前の日にオンラインチェックインを済ませてデジタルの搭乗券をすでに手に入れていたし、預け入れの荷物もないのでカウンターは素通りして出国ゲートに進んだ。
20世紀には近未来的と呼ばれたチューブを上り…
これまたSFっぽいトンネルを通って搭乗口の方に向かう。
途中ほとんど職員の姿はなく、相変わらずノーチェックなんだなと思った。
その時間はまだ空いていたのだが、トンネルを抜けた先に手荷物検査のゲートがあり、水の持ち込みはできないと聞かされる。
前の日に買ったミネラルウォーターを捨てるのが惜しくなり、トンネルを戻ったところにある椅子に座って、朝食代わりのクッキーを食べることにした。
ここで1時間あまり時間を過ごして飲み終えたペットボトルを捨ててから、再びトンネルに向かうと先ほどと様子が変わっていた。
トンネル内で乗客を運ぶ長いベルトコンベアーが止まっている。
故障でもしたのかなと思いながら並行する歩道を歩いて行くと、トンネルの出口に人の列が伸びているのが見えた。
これがベルトコンベアーが止められている理由だったらしい。
いつの間にかすごく混んでしまったんだなと思いながら、列の最後尾に並ぶが行列はなかなか前に進んでくれない。
トンネルを抜けてからその原因がわかった。
手荷物検査がかつて見たことがないほど厳重に行われていたのである。
ウクライナやイスラエルの戦争で、ヨーロッパではテロが起きる懸念が高まっているのだろう。
さらに、移民排斥を訴える極右勢力がヨーロッパで台頭してしていることも国境管理の厳格化に影響を及ぼしているのかもしれない。
いずれにせよ、私がかつて憧れたヨーロッパは、すっかり変わってしまったようだ。
20分ほどかかってようやく手荷物検査を通貨すると、その先にはびっくりするほど狭い搭乗ロビーが待っていた。
座れない乗客たちが立ち尽くし、中には床に座っている人もいる。
巨大な北京の空港を見た後だけに、20世紀に作られた時代遅れの空港という印象を強烈に感じる。
この空港に比べると日本の羽田や成田のなんと洗練していることか。
ちょっとヨーロッパが劣化してしまったようで残念に感じた。
フランクフルト行きのルフトハンザ機は、定刻より20分ほど遅れてパリを飛び立った。
もう朝8時が近いというのに、朝日は昇らない。
忘れていたヨーロッパの冬の暗さを思い出してしまった。
ほんの1時間ちょっとのフライトなので、機内食はリンツのチョコレートとミネラルウォーターだけ。
とはいえ、味が確かなこちらの方が中国国際航空の機内食よりも何倍も嬉しい。
ドイツに入ると、風力発電のプロペラがずらりと並んでいるのが目に止まった。
ドイツはメルケル政権時代に原発ゼロ政策を決定し、国民もそれを支持する環境大国だ。
そんな先進的で合理的なドイツでも、ちょっとガッカリな事態に遭遇した。
着陸したフランクフルト空港では濃霧のためか我々の飛行機が急ブレーキをかけるハプニングがあった。
これは天候の問題なので致し方ないとして、ドイツらしくなかったのはその後である。
予定よりも少し遅れて定められた駐機場所に飛行機が止まったのはちょうど午前9時ごろ。
乗客が一斉に立ち上がり扉が開くのを待っているのだが、どういう訳かなかなか降ろしてもらえない。
最初のうちはみんな忍耐強く待っているのだが、5分10分この状態が続くと、誰もがそわそわし始める。
しばらくして機長からのアナウンスがあるが、原因はわからないという。
結局、我々が機内から出られたのは飛行機が停止してから30分後のことだった。
乗り継ぎに遅れそうなのか、数人の乗客たちがバスがターミナルに到着すると我先にエスカレーターを駆け上がって行った。
日本と同じく、世界で最も時間に厳格なイメージがあるドイツも変わりつつあるのかもしれない。
むしろ、ヨーロッパのハブであるフランクフルト空港にはひっきりなしに世界中の航空機が離発着してあり、もはやドイツ人をもってしても人間が対応できる限界を超えているということなのか?
私がヨーロッパについて抱いていたかつてのイメージが知らないうちにどんどん変わっている。
そんなことを痛感した出来事だった。
ただ、変わらないこともある。
機内に閉じ込められて多少短くなったとはいえ、フランクフルトでの乗り換え時間は2時間半ほどある。
プライオリティパスを使って利用できるラウンジを探して、広い空港内を彷徨った。
北京に比べて乗り換えの手間がほとんどかからないのはさすがである。
そしてラウンジで用意されていたのが、ドイツビールとフランクフルトソーセージだった。
ドイツといえば昔からビールとソーセージ。
その美味さは今も変わらない。
この旅行中、ろくなものを食べていなかったので、その美味しさに感動し、ビールもソーセージもおかわりしてしまった。
ハムやチーズも美味しくて大満足。
やはり常にハズレがない美味さというのは人間に安心感をもたらしてくれる。
ラウンジでゆっくりとくつろいだ後、アルバニアの首都ティラナ行きの飛行機に乗り込む。
同じルフトハンザ機なのに、やはりパリからの便に比べて、乗客の顔立ちや雰囲気が違うのを感じる。
いかにも田舎の人たちという素朴さがあるのだ。
どちらかと言えば、西欧人よりも中東系の印象を受ける。
この飛行機がまさに飛び立とうと滑走路でスピードを上げた瞬間、またも思わぬ出来事が起こった。
ガクンという衝撃とともに飛行機が急ブレーキをかけたのだ。
世界各地で散々飛行機に乗ってきたが、こんな経験は初めてである。
飛行機は滑走路から出て、誘導路の途中で停止した。
一体何が起きたのか?
機体トラブルで出発延期になってしまうのだろうか?
乗客は互いに顔を見つめ合い、ザワザワしている。
しばらくして、機長からの説明があり、離陸直前に滑走路をキツネが横切ったために安全確保のため急停車したとのことだった。
乗客から一斉に笑いが起きる。
これはヨーロッパの劣化ではなく、安全意識の高さと動物愛護精神の表れと言った方がいいだろう。
飛行機は20分ほど待機した後、無事に飛び立ち、アドリア海上空を海岸線に沿って南下した。
残念ながら、私の席からは外の景色が見られなかったが、クロアチアから続く美しい景色を眺めるためには、左側の窓際の席がいいということがわかった。
ひょっとすると、右側の窓からはイタリタ半島が見えたかもしれない。
追加料金を払っても窓際の席を確保すればよかったと少し後悔する。
こうして、2時間ほどのフライトの末、無事にティラナの国際空港に到着した。
パリやフランクフルトの空港に比べれば、はるかに小さな空港だけれど、欧州の最貧国と呼ばれたアルバニアにすれば真新しいきれいな空港だった。
ヨーロッパはどこに飛んでも数時間以内。
それで文化も言葉もガラッと変わるのはやはり魅力だ。
多様な民族国家が共存し、互いの違いを尊重しながら共同体を運営していこうというヨーロッパの努力は私が理想とする世界である。
国際情勢の悪化や極右の台頭で、そんな理想が変容する危機が進行している。
パリからアルバニアに向かうフライトで感じた様々な「劣化」が、ヨーロッパの理想を破壊しないように願うばかりである。
