トルコで大きな地震が発生した2月6日、私はそんなことも知らずにバスに揺られていた。
とうとう念願のサウジアラビアに入国したのだ。
日本がエネルギーを頼る石油大国だが、2019年までは外国人観光客の入国を許可してこなかった謎多き国でもある。
バーレーンから、首都のリヤドや商業都市ジェッダに飛ぶのが簡単なのはわかっていたが、私はあえてバスを使って陸路で東海岸から入国するルートを選択した。

まずはバスについて書き残しておきたい。
バーレーンの首都マナーマから国境を越えサウジアラビア第3の都市ダンマンまで行くバスは1日2便運行されている。
バスを運行するのは「SAPTCO」というサウジアラビアのバス会社。
場所が少しわかりにくいのだが、そのオフィスはメインストリートであるガバメント・アベニューから少し入った路地裏にあった。

私はマナーマ入国に到着後すぐにチケットをば買いに行ったのだが、あまりに人の気配がないためまだ開いていないと思って出直そうと考えたほど殺風景なオフィスだ。

試しにドアを押すと開いたので入ってみると、小さなカウンター入国男性が一人座っていた。
明日の午前のバスのチケットを買いたいと告げると、男性は事務的に「ない」と答えた。
一瞬ヤバいと思ったが、サウジアラビアに行くバスは1日2本しかなく、正午と夜10時半に出発することがわかった。

バスはサウジアラビア東部の中心都市ダンマン行きで途中海辺の街アル・コバールに停車する。
私のホテルはダンマンの駅近くを予約していたが、途中寄りたい場所があったのでアル・コバールまでのチケットを買った。
料金は69サウジリアル、バーレーンディナールだと7ディナール、およそ2440円だ。
チケットを買う際にサウジアラビアのビザの提示が求められるため、事前にeVisaを取得しておいた方が良さそうである。

翌日、言われた通りに再びオフィスを訪ねると、目の前の駐車場にバスがスタンバイしていた。
新しくはないが、まあ普通の大型バスである。
オフィスに入って前日に買ったチケットを前日と同じ男性に見せると、前日と同じようにパスポートとビザを見せろという。
再びビザの情報を照合してから、チケットにスタンプを押し、半券をちぎって渡された。
これで搭乗の手続きは終了したようで、いつでもバスに乗っていいと言う。
サービス精神はまるでないが、最近まで「鎖国」していた国なのだからまあ仕方がないだろう。

バスは定刻より10分ほど遅れて出発した。
マナーマの近代的なビル群をば抜けるとすぐに砂地となり、その向こうに住宅地が広がっている。

20分ほど走ると海に出た。
ここからはバーレーンとサウジの間にかけられた長い橋「キング・ファハド・コーズウェイ」を渡る。
私は久々の陸路での国境越え、しかも橋を渡って謎多きサウジアラビアに入るとあっていささか興奮ぎみだが、隣に座ったアラブのおじさんたちは出発直後から爆睡だ。

窓の外には青い海。
濁りはなく美しいアラビア海だ。
この橋は全長25キロで、1986年、サウジアラビアの全額出資によって完成した。

途中に人工島が作られ、ここに両国の出入国管理事務所が置かれていた。
12時45分、いよいよ国境である。
まずはバーレーン側の出国審査から。
事務所の前でバスが止まると、運転手が乗客に降りるように促す。
事務所の中にカウンターがあってそこでパスポートのチェックを受ける。
至って簡単なチェックだけで、全員がバスに戻ったら発車となる。

12時55分、今度はサウジアラビアの入国審査だ。
サウジ側のチェックポイントは車に乗ったまま審査が行えるようにたくさんに小さなブースが並んでいた。
この国境を越えるほとんどの人はマイカーを利用するため、ドライブスルー方式が取られているようだ。
ただ私たちバスの乗客は全員降りることが求められ、軍服を着た職員の審査を受ける。
地元の人たちはみんな簡単にOKになったが、私だけ待たされ、ちょっと不安になる。
全員のチェックが終わった後、係官は私のeVisaを入念に調べ、左右両方10本の指紋を取られ、カメラで顔写真を撮影された。
どうやら初めてサウジに入国する客は私一人だったらしい。
カメラ撮影が終わると係官は私に行っていいと手で合図する。
行っていいと言われても、まだパスポートをもらっていないんですが・・・
と言うと、横にいた運転手が「オレが持って行く」と言った。
それでも不安なので少し離れたところから様子を窺っていると、最後に運転手のパスポートをチェックした後、乗客全員分のパスポートを運転手が持ち帰った。
そういう流れだったのね。
どうもサウジに対して怖いイメージを持ちすぎているのかもしれない。

バスに戻った運転手が乗客にパスポートを配る。
中を確認すると、アラビア語で書かれたサウジアラビアのスタンプが押してあった。
これで90日間の滞在が認められたことになる。

パスポートの次は荷物のチェックだ。
このエリアには巨大なテントが張られ、空調の太いパイプが張り巡らされている。
暑い時期にも係員たちが作業しやすい環境が整えられているようだ。
チェックを受ける車は指示された場所に停車し、トランクな中も開けて検査を受ける。
我々バスの乗客はすべての荷物を持って検査室に入り、カバンをX線の機械に通す。
想像していたよりもチェックは緩く、型通りに検査を受けたらそのまま荷物を持ってバスに戻ればいい。
これで入国手続きはすべて終了、晴れてサウジアラビアへの入国が認められたのだ。

サウジ側にも「キング・ファハド・コーズウェイ」の長い橋が続いているが、変化が感じられたのは街灯、サウジの方が無駄にバブリーだった。

橋は船舶が通れるよう途中の部分が高くなっている。
登って下る時、バスのフロントグラスを通して橋がサウジアラビア本土まで伸びている様子がチラリと見えた。

そして午後1時半、サウジアラビア本土に到着。
玄関口となるアル・コバールでも海を埋め立てて広大な開発用地が作られていた。
ただマナーマの計画的な大規模開発に比べると行き当たりばったりの印象は否めない。

バスはしばらく整備されたアル・コバールの海岸線を北上する。
海の上に作られたこの街のランドマーク「アル・コバール・ウォータータワー」が見えてきた。
あれっ? と思った。
事前に調べていたSAPTCOの停留所をとっくに過ぎているのだ。
ひょっとして私がアル・コバールで降りること、運転手が忘れたのかなと少し不安になりかけた時、バスが止まった。

午後1時50分、バスが止まったのは、アル・コバールの中心に違いメルキュールホテルの前だった。
やっぱりGoogleマップの表示とは明らかに停車場所が変わっている。
アル・コバールで降りたのは私一人だけ、残りの乗客は全員、終点のダンマンまで行くらしい。
私は、ダンマンにある鉄道の駅に近いホテルを予約していたが、結果から言えばメルキュールのようなバス停から歩ける距離のホテルが便利だったかもしれない。
なぜなら、サウジアラビア東海岸の中心部であるこのエリアは、ダンマン、アル・コバール、ダーランという3つの街が繋がった構造になっていて、おまけに公共の交通機関が整っていないためタクシーかUberの利用が不可欠だからだ。
バスを降りた後、私も早速その洗礼を浴びることになったのだが、長くなるのでその話はまた後日にしよう。