忠臣蔵にゆかりの赤穂城址や大石神社などを周り、ホテルにチェックインをして早速温泉に浸かる。
青空の下、瀬戸内海を望む露天風呂に寝転ぶと、ジリジリと顔が日焼けするのを感じる。
5月の風が熱った体を冷ましてくれるので、ついつい長湯になってしまいそうだが、私は素泊まりなので夕食を食べにもう一度外出しなければならない。

夕方5時。
古くから瀬戸内海の主要な港として栄えた坂越(さこし)という港町を訪ねる。
集落の中央を走る通り沿いには、日本一といわれた赤穂の塩の積み出しで財を成した豪商たちの邸宅が今も昔のままの姿で残る。
この港には、中国から帰国した空海や太宰府に下る途中の菅原道真、イエズス会宣教師のルイス・フロイスなど多くの有名人が足跡を残しているが、中でも個人的に興味をそそられたのは渡来人の秦河勝(はたのかわかつ)がこの港町で神格化されているということだった。
秦河勝は聖徳太子に強い影響を与えたとされる人物で、644年に蘇我入鹿の乱を逃れて坂越に流れ着き、この地で没して港の沖に浮かぶ生島に葬られたとされる。
その後秦河勝は坂越に建てられた大避神社の祭神となり、彼の墓がある生島への立ち入りは今も禁じられているという。

夕食は赤穂の中心部に戻って、地元の有名店と言われる不思議なお店に行ってみた。
「元祖かもめ屋 赤穂本店」
一見素朴な店構えだが、目の前には大型バスが何台も止まれそうな広い駐車場を構える赤穂を代表する老舗らしい。
創業は昭和38年だ。

広い駐車場に車を招き入れるように、大きな看板が掲げられている。
『海老と肉のバター焼 かもめ屋赤穂本店』
「海老と肉のバター焼」、これがこの店の看板メニューのようだ。

店の入り口には初代店主からのメッセージが掲げられていた。
『素人料理の味の店』
これがこの店のコンセプトなのである。
初代店主の大塩徳次さんは、赤穂で30年あまり海老獲りを専業にする漁師だった。
ある年、赤穂の沖で海老が大量に獲れたものの、値が安く、この海老を美味しく食べてもらう料理を素人ながら一生懸命考えて海老のバター焼にたどり着いたという。
この素人料理が大当たりして、年間12万人が訪れる人気店になったが、料理の修行をしないままにお店を出したことから自らを最後まで素人と意識して、『素人料理の味の店』というコンセプトを編み出したのだそうだ。

店内は洋風と民芸調を合わせたようなインテリア。
でもどこか落ち着いた老舗の雰囲気を漂わせる。

レジの上には初代店主の写真が飾られ、布袋様の像も置いてある。
やはり不思議なお店だ。
レジの前には手書きの紙が貼られていて、こう書いてあった。
『当店のステーキは全部バターで焼いておりますが、バターの匂いも味も全然しません。バターの嫌いな方も安心してお召し上がりください』
一体、どういう意味だろう?

さて、この不思議なお店のメニューを開くと、不思議な料理が並んでいた。
「かもめ屋C定食」「ヘレC定食と車海老」「ヘレA定食と海老1尾」などなど。
よくわからないので店員さんに聞くと、ヘレというのはヒレ肉のことで、要するにステーキ肉と海老の組み合わせによって呼び名と値段が変わるということらしい。
少し割安な平日限定のディナーメニューもあるのだが、店員さんによると肉の質が違うというので、正規のヒレ肉をいただこうと「かもめ屋C定食」(2970円)を注文することにした。

こちらが「かもめ屋C定食」。
ヘレ(ヒレ肉)120グラムと海老1尾の組み合わせである。
付け合わせの野菜、ご飯に味噌汁、サラダとお新香もついてくる。

熱々に焼かれた鉄板の上で、バターを使った特製ソースがグツグツと泡立っていた。
それにしても不思議なビジュアルだ。
確かにプロの料理ではあまり見かけない盛り付け方である。
お店のホームページに『世界にひとつしかない独自の料理』と謳っているのも納得だ。

まずは「ヘレ」こと、ヒレステーキを1切れ食べてみる。
柔らかい。
そしてバターを使った特製ソースとの相性も実にいい。
肉は国産の黒毛和牛を使用しているようで、見た目よりずっと美味しかった。

お店自慢の大海老はバター焼という割にはあっさりしていて、ソースに絡めて食べた方が美味しいかもしれない。
個人的には断然、海老よりもヘレである。

付け合わせの野菜の中にコンニャクが入っているのも謎である。
でも、見た目ほどどぎつい味付けではなく、野菜もコンニャクも特製ソースで美味しくいただける。

味噌汁とお新香も男性ウケするしっかりした味付けで、ご飯が足らなく感じるほどガッツリとした夕飯をいただいた。
「赤穂に来たら『かもめ屋』に行かなくちゃ」と言われる理由が少しわかった気がする。
今流行りの地産地消ではなく、素人が考え出した自分が美味しいと感じる料理が多くの人に長く愛されたということなのである。

お会計の時、壁に貼ってある1枚のポスターが目に止まった。
それは先ほど訪ねたばかりの坂越の風景だった。
『創業者大塩徳次は、姫路大塩村の出身であり、「秦氏」の末裔と言えます。大塩徳次は、漁師時代より坂越の秦河勝の古墳である「生島」をこよなく愛し、また、「秦氏」の研究にも心を寄せていました。そして「かもめ屋」の経営の中に日本人としての「信用」に重きを置いてお客様に料理を提供させていただきました。「秦氏」としての自覚を基本に経営していたと言えます。』
秦氏とは、3世紀ごろ大陸から日本列島に渡ってきた渡来人の有力一族で、仏教を日本にもたらすなど日本史に大きな役割を果たした一族だが、あまり学校では習わない。
このポスターの文章を読んで、その意味を正確に理解することはできないが、写真に映る生島の姿は紛れもなく前方後円墳のように見え、未だに解明されない古代史の謎の一端がそこに眠っているように感じた。

赤穂で出会った不思議なお店と古代日本で活躍した渡来人・秦河勝。
言葉ではうまく表現できないけれど、赤穂には私たちが知らない古代史の謎が詰まっている気がする。
瀬戸内海はもともと大陸から日本列島に渡ってきた人々が必ず通るメインストリートだった。
弥生人も古墳人も渡来人も、渡ってきた時代が異なるだけで、みんな大陸からやってきたのだ。
そんな妄想を掻き立てる赤穂の不思議な店の美味しいディナーであった。
食べログ評価3.48、私の評価は3.50。
「元祖かもめ屋 赤穂本店」
電話:050-5872-5927
営業時間:月 11:00 - 14:00
水-日 11:00 - 14:00/17:00 - 20:00
定休日:火曜、月曜夜
https://www.ako-kamomeya.com/
<ご当地グルメ>テラス席から瀬戸内海を一望!兵庫・赤穂「DINING SALON Osaki和Cafe」の「カキフライランチ」