<吉祥寺残日録>2023年世界の「10大リスク」と「知の巨人たち」が発する予言と提言 #230105

アメリカの調査会社「ユーラシア・グループ」は3日、年頭恒例となっている今年の「10大リスク」を発表した。

2022年には10大リスクの1位に「中国のゼロコロナの失敗」を挙げ、今まさに中国で起きている大混乱を予言した。

ロシアについても、欧米が対応を誤ればウクライナに軍事侵攻するリスクが高いことをはっきりと警告していた。

そんなユーラシア・グループが2023年のリスク1位に挙げたのはやはりロシアだった。

グループではあえてロシアに対して「Rogue Russia」=「ならず者国家ロシア」というアメリカらしい呼称を使っている。

「ならず者国家」という言い方は、ブッシュ政権やトランプ政権が好んで用いた呼称で、一般的にはイラク・イラン・アフガニスタン・リビア・北朝鮮などを指し、ロシアや中国という敵対する大国には使用してこなかった。

元日に放送されたNHKスペシャルのシリーズ『混迷の世紀』。

「2023巻頭言 世界は平和と秩序を取り戻せるか」と題して、世界で活躍する「知の巨人」たちにインタビューを重ねていた。

その中に、ユーラシア・グループを率いる国際政治学者のイアン・ブレマー氏も登場し、次のように話した。

ロシアは中国よりはるかに力が弱いですし、ウクライナ侵攻を決めたプーチン大統領は信じられないほど判断がお粗末です。ロシアは現地で軍事的成果をほとんどあげていません。さらに西側からの制裁によりロシアは国際的な除け者になりました。G7はロシア経済を自分たちから切り離したのです。しかし中国はそうはなりたくないと思っています。世界の豊かな国々とビジネスを行いたいのです。ですからアメリカがロシアに軍事支援しないよう警告したとき中国は従いました。中国は欧米諸国からのロシア制裁の要請を破ってはいません。この制裁に腹を立てていてもロシアとの軍事演習を行なっていてもです。結局ロシアはイランや北朝鮮に軍事支援を求めに行かざるをえないのです。

ロシアはこの半年で“中国の小型版”から“イランの大型版”になったと考えています。ロシアはいまや6000発の核兵器を持つ“ならず者国家”で、世界の豊かな国との関係は完全に断たれています。これは今後5年、10年に渡ってプーチンのロシアに災いをもたらしていくでしょう。

引用:NHK「混迷の世紀」より

「中国の小型版」から「イランの大型版」へ。

この言葉に、ユーラシア・グループがあえてロシアを「ならず者国家」と呼んだ理由が込められている。

しかし、すでに大量の核兵器を保有し、超音速ミサイルや戦闘機、原子力潜水艦まで作る能力があるロシアが「ならず者国家」の仲間入りをすると、危機のレベルは格段に上がってしまう。

しかもロシアは、直接軍事力を使用しない「非対称戦争」に長けていて、情報戦、心理戦、サイバー攻撃などありとあらゆる手段を使って、私たちの日常生活に介入しようと試みるのである。

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一方、ブレマー氏はアメリカによるウクライナ支援がもたらす新たなリスクも警告している。

欧米と発展途上国との間に溝ができつつあります。ロシアが侵攻したとき世界の発展途上国はアメリカの制裁を支持しませんでした。これらの国々は経済的な問題を抱えており、ロシアの侵攻によってさらに悪化しました。彼らはこの課題をアメリカが無視していると感じてきました。ところが突然ヨーロッパのウクライナが登場するとアメリカは飛びつきました。この「偽善的な感覚」つまりコロナ禍で経済状況が悪化した貧しい国々に対するアメリカの無関心さ、それが欧米と発展途上国との溝を深めているのです。アメリカはトランプ大統領のもとでアメリカファーストの政策をとり、今はバイデン大統領が中産階級のための政策をとっています。途上国への関心はあまりないのです。だからアメリカがイラクやアフガニスタン戦争には失敗し気候変動の支援にはあまり関わらないのに、「ウクライナには協力する」と言ってきたら貧しい国々は「なぜ? ウクライナは我々の問題ではない」と言うでしょう。アメリカの例外主義には偽善が潜んでいると私は考えます。

先日、アゼルバイジャンがアルメニアを攻撃しました。なぜなのか? それはロシアが弱体化しており誰も彼らの防衛に動こうとしなかったからです。これからより多くの“ならず者国家”の地域的対立を見るでしょう。アメリカはもう世界の警察ではなく代わりもいません。より多くの地域的対立が起きる恐れがあるのです。

引用:NHK「混迷の世紀」より

今後、世界各地に「ならず者国家」が生まれ地域紛争が激化する。

この予言には私も全面的に賛同する。

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冷戦時代、米ソの核戦争は回避されたものの、ベトナム、朝鮮、キューバをはじめ、アジア、アフリカ、中南米の各地で米ソの代理戦争が繰り広げられた。

決定的な軍事力の差のない戦争は長期化し、多くの発展途上国を苦しめた。

私がバンコク特派員をしていた1980年代後半でも、ベトナム戦争が終結して10年が経つカンボジアでは内戦が続いて数百万人もの難民がタイとの国境にいたし、今も混乱が続くミャンマーでは軍事政権と少数民族のゲリラ部隊が終わりのない戦いを続けていた。

冷戦が終わり、ソ連の支援を受けた共産ゲリラの活動が収まるに従って、アジア諸国の経済発展が始まった。

国内の治安が再び悪化すると、外国企業は投資を引き上げ発展途上国の経済発展にも急ブレーキがかかるだろう。

コロナ禍で世界中で溢れていたマネーは先進国に逆流し、エネルギーと食糧の物価高騰が発展途上国を襲うことになる。

グローバル化した世界は新たなブロック化の時代を迎え、これまで安価に輸入できていた品物が店頭から消えてなくなる事態に直面するだろう。

どんどん世論が内向きになるアメリカやヨーロッパには他国を助ける余裕はなくなり、直接的な利害のない国には介入しない。

手を差し伸べてくれる国があるとすれば、それは間違いなく中国だろう。

その先にどんな国際秩序が待っているのか、考えただけでも絶望的な気分になってくる。

ユーラシア・グループが発表した今年の10大リスクの中には、4位の「インフレ」、6位の「エネルギー危機」、7位の「世界的発展の急停止」、10位の「水不足」と、発展途上国が直面する数々の危機が予言されている。

このうち日本も直面しているエネルギー危機について、NHKスペシャルではピューリッツァー賞を受賞したアメリカの経済アナリストでエネルギー問題の世界的な権威ダニエル・ヤーギン氏にインタビューしていた。

今は2つの方向に進んでいると思います。ロシアはヨーロッパのエネルギー市場から押し出されましたが、短期的にはエネルギー価格が跳ね上がっていることからプーチン大統領はより多くの利益を得ています。戦争の2つ目の戦線が開かれたと言えます。ウクライナの戦線に加え、ヨーロッパでのエネルギー戦線が生まれたのです。具体的にはドイツとロシアが戦っています。ロシアは短期的にはエネルギーのスーパーパワーとしてゲームをプレーできます。しかし1、2年経つとロシアはもうエネルギーのスーパーパワーではなくなると思います。石油と天然ガスの主要産出国ではあり続けますが、政治的影響力がなくなると思います。なぜなら最も重要なヨーロッパの市場を崩壊させてしまったからです。ヨーロッパはロシアと手を切ることに重点を置き、2年後にはエネルギーの依存を大幅に下げる計画です。ロシアはエネルギーの多くを中国に輸出するようになります。中国に経済的に依存しなければならなくなるのです。

プーチン大統領は4つの計算違いをしました。ロシア軍がもっと有能だと思っていたこと、ウクライナが大手を広げて歓迎すると思い込んでいたこと、アメリカが国内のことに手いっぱいで他国には関わらないと思っていたこと、ヨーロッパはロシアのエネルギーに依存しているため同調すると想定したこと。どれも一見筋は通っていましたがいずれも大きな誤算となりました。リーダーが隠れ家に暮らしていて2年間ほぼ誰とも会わず自分が聞きたいことしか言わない人に囲まれていたら、そのリーダーはミスを犯します。プーチン大統領はミスを犯しました。世界経済に参入するためにロシアが20年かけて積み上げたものをわずか数週間で破壊してしまったのです。

引用:NHK「混迷の世紀」より

ロシアは短期的に利益を上げても、中長期的には政治力を失っていくという予言はブレマー氏と共通している。

経済的な取引において最も重要なのは「信用」であり、プーチンは自らそれを破壊してしまったということだろう。

しかしヨーロッパで始まったエネルギーをめぐる戦争は、ロシアとヨーロッパにとどまらず、世界中の発展途上国に壊滅的な影響を及ぼそうとしている。

パキスタン政府は新年早々の3日、エネルギー価格高騰に伴って外貨準備が減少したことを理由に、節電のため商業施設に対し営業時間の短縮を指示したという。

パキスタンの外貨準備はこの1年間に7割も減少した。

パキスタンは去年、全土の3分の1が水に浸かる大洪水も経験し、IMFからの支援を受けるため歳出削減策として燃料補助金の廃止に踏み切った。

そのため前年比20%の猛烈なインフレが続いていて、当然のことながら野党による政権批判が高まっている。

こうしてエネルギー価格の高騰は世界各地で政情不安を招く可能性が高く、その出口は全く見通せない状況である。

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一方で、ヤーギン氏はエネルギー問題のもう一つの国際的なテーマ「脱炭素化」についても一筋縄では進まない未来を予言した。

最近になって明らかになった別の問題があります。人々は風と太陽光は無料だと考えていますね。もちろん風と太陽光は無料ですが、それらを活用するには膨大な量の鉱物や原料が必要になると分かったのです。我々は銅に関する調査を行いました。銅は電気をよく通す金属で電気自動車には従来の自動車の2.5倍の銅が使用されていたのです。風力発電に使うタービンにも大量の銅が使われています。2050年にゼロエミッションを達成するには世界の銅の需要が2035年までに2倍に増えると予測しました。しかし現状の銅の供給では間に合わず新たな鉱山を開くにも16年かかります。しかも銅の38%はチリとペルーで産出されています。そしてどちらの国にも採掘への反対意見があります。最終的なゼロエミッション達成にはその他にもさまざまな鉱物が必要になります。それらは中国がほとんどを管理し製品化しています。リチウム電池やソーラーパネルの80%は中国が独占しているのです。この方向に進むといくつかの変化が見えてきます。エネルギー転換と新たな地政学、そして中国との緊張関係です。この問題の複雑さにようやく気づき始めたところです。必要な鉱物は簡単に手に入らず、どこかで採掘し加工しなければならないのです。

引用:NHK「混迷の世紀」より

これも重要な指摘である。

民主主義国家は政治リーダーが世論に押され短期的な物価対策などに振り回される。

そんな中で中国は世界中の鉱物資源にアクセスし開発の権利を取得している。

かつては日本の炎熱商人が活躍していた発展途上国で、今目にするのは圧倒的に中国人ビジネスマンである。

地理的に近い東南アジアや中央アジアは言うに及ばず、アフリカでも中南米でも北極圏でも資源があるところには中国人がすでにいる。

ハイテク機器に欠かせないレアアースなどの資源の多くが中国国内から産出されるにも関わらずである。

中国が急速に宇宙開発に力を入れ始めたのも、月に眠る膨大な資源を狙ってのことだ。

日本の政治家からはほとんど聞かれないこうした長期的なエネルギー戦略。

これがますます中国脅威論に拍車をかけて、近い将来、中国製品に高い関税をかけるというトランプ的な政策が西側諸国に広がると私は見ている。

そうなった時、日本はどうするのか?

天然ガスの安定的確保を理由にサハリン2をロシア制裁の対象外にしたように、中国製の太陽光パネルについても例外扱いにするのだろうか?

中国製品に高い関税をかければたちまち国内の物価は跳ね上がるだろう。

中国に進出している日本企業も立ち行かなくなり、日本経済にはとてつもないダメージが及ぶ。

それを覚悟で脱中国を進められるのか、日本をはじめ西側の政治リーダーたちの覚悟が問われている。

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エネルギーと並んで、食糧危機もウクライナ戦争によってクローズアップされた。

NHKスペシャルではフランスの経済学者で優れた思想家としても知られるジャック・アタリ氏に食糧危機についてインタビューしている。

もし私たちがすぐに大規模に行動しなければ、人類史上最大の食糧危機が待ち受けています。巨大な危機です。15億人以上に影響が及ぶでしょう。過去4000年の間に世界中で起こった戦争の原因は常に飢餓でした。飢餓があると人々は政府に不満を持ち絶望して組織化し反乱が起こります。フランス革命は食糧危機が引き金です。他の多くの反乱もそうでした。ウクライナとロシアは輸出される小麦の30%ほど肥料の40%以上を生産してきた。そしてその大半がもう手に入らない、これは大きな問題です。作物の入手の問題に加え、肥料や飼料、種子が使用できなくなれば、2023年、2024年には問題が生じるでしょう。戦争は確かに危機を悪化させています。しかし気候変動など他の要素もあります。食料が全く無くなる恐れがあるのです。さらに深刻な水不足は災害を呼び、食料生産に大きな影響を与えます。水不足に気候変動、さらに戦争が加わり大惨事にいたるレシピはそろっています。

人口が減少している日本も、巨大なリスクを抱えています。農家は高齢化し誰も農業をしたがらないからです。日本では生産可能だったものも生産できなくなる大きなリスクがあります。日本は農家の育成に力を入れ農業を魅力にすべきです。日本の農家は高齢化が進んでおり代わるものがいないからです。農家になりたいと思う条件を整えなければなりません。そうしなければ農業は失われます。これは危険なことです。社会的にも収益の面でも農業を魅力的にしていかなければなりません。その上で農業政策を大幅に見直すことです。より多くの土地を農業に使えるよう長期的な政策を考え食生活を変化させ別の食材に切り替えること。例えば昆虫や雑草などです。日本には優れた調理人がいるのでうまく調理できるはずです。これはやらねばならないことであり、やればできることなのです。昆虫、雑草などを取り入れ、牛肉を食べることを極端に減らせば日本の自給率は大幅に高まります。そうしなければ死んでしまいます。日本が消滅するだけです。今までの食のあり方を「自らまかなう」という方向に考え直すべきです。食料を「健康・文化の礎」として捉え直すことが社会全体で求められているのです。

引用:NHK「混迷の世紀」より

昆虫や雑草が食料になる時代になれば、岡山での農作業も実り多いものになりそうだが、そこまで行く前に日本にはまだやれる選択肢がたくさんあると私は考える。

世界中の食材を買い漁ることをやめ、米と魚を食べること。

膨大な食品ロスを見直して、規格外の野菜もしっかり流通ルートに乗せること。

そして多少値段が高くなっても、農家が正当な利益を上げられるように消費者や流通業界の意識を変えること。

もともと日本人は米と共に生きてきた民族だ。

地域ごとに採れる食材を巧みに調理して豊かな食文化を作ってきたのだ。

バブル期に普及した美食の習慣を控え、身の回りにある食材を美味しく食べる新たな食習慣を普及させるだけで食料自給率は格段に向上するだろう。

私もささやかながら、日本の農業が再生できる道を模索しながら自分ができるところから細々と活動を続けていきたいと改めて思った。

2023年、世界を待ち受ける様々なリスク。

どうすればプーチンを止めることができるのか、誰も妙案を持たない中での船出となる。

安全保障問題を単純な防衛力強化に矮小化しないで、もっと大きな視点から世界の潮流に対応することが今年G7の議長国を務める日本政府に求められている。

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