<吉祥寺残日録>パレスチナ危機🇵🇸 ハマスvsイスラエルの“全面戦争”は世界危機の扉を開けるか? #231010

冷戦時代、中東は「世界の火薬庫」と呼ばれた。

その根源には常にパレスチナ問題があり、イスラエルとそれを取り巻くアラブ諸国は過去4度にわたって大規模な戦争を繰り広げ、その煽りで石油危機が世界を襲った。

今月7日、パレスチナ自治区ガザから数千発とも言われるロケット弾がイスラエル各地に一斉に打ち込まれた。

イスラエルが誇る世界最高峰の防空システム「アイアンドーム」でも防ぎきれない突然の攻撃に、イスラエルでは中東戦争以降最大の犠牲者が出たという。

攻撃を仕掛けたのは、ガザを実効支配するイスラム組織ハマス。

ハマスはロケット弾攻撃と同時に戦闘員をイスラエル領内に侵攻させ、音楽フェスに参加していた一般市民を殺害、100人を超える兵士や一般市民を人質としてガザに連行した。

ガザの周囲にはイスラエルが設置した「壁」が築かれているが、ハマスの戦闘員はこの壁を複数の箇所で破壊し、イスラエル領内に侵入した。

その周到さは9.11世界同時多発テロ事件を彷彿とさせる。

世界にその名を轟かせたイスラエルの諜報機関もこれほど大規模な軍事行動が始まる端緒を掴むことができなかった。

果たして、ハマスがこのタイミングで大規模作戦に踏み切った動機は何なのか?

背後にいるのはイランなのか?

ウクライナでの戦争が膠着状態に陥る中で、世界は新たな危機を抱え込むことになった。

イスラエルのネタニヤフ政権は直ちにガザへの空爆を開始するとともに、「戦争状態」を宣言し、30万人もの予備兵の徴収を始めた。

ガザとの境界線を完全に封鎖し、ガザへの電気や水道などの供給も完全にストップしたという。

軍事作戦開始から3日で、すでに双方で1400人もの死者が出ていると伝えられる。

イスラエル領内では依然として潜入したハマス戦闘員の掃討作戦が進められているが、近い将来、イスラエル地上部隊による大規模なガザ侵攻も予想され、犠牲者の数はこの半世紀で最大規模のものになると懸念されている。

それにしても、ハマスはどのようにしてイスラエルを欺き、このような奇襲に成功したのか?

英BBCの報道を引用しておこうと思う。

Hamas militants on the back of a vehicle

攻撃が始まったとき、イスラエル人の多くは眠っていたはずだ。

7日は土曜日で、ユダヤ教の安息日だった。加えて、ユダヤ教の祭日でもあった。つまり多くの家族は自宅やシナゴーグ(ユダヤ教の礼拝所)で過ごす予定だっただろうし、友人同士は集まる予定を立てていたかもしれない。

しかし夜明けと共に、空からロケット弾が大量に降ってきた。規模と連携において前例のない攻撃の、開始の合図だった。

イスラエルはもう何年も前から、パレスチナ人の小さな自治区、ガザ地区とイスラエル領の間の分離壁を強化してきた。しかし、今回の攻撃が始まるや数時間のうちに、分離壁は越えられないどころか、数カ所で破られていた。守りは鉄壁ではなく、その思い込みは誤っていたことが露呈した。

ハマスはガザから今回、かつてないほど多岐にわたり統制の取れた、練り上げられた攻撃を実施した。それをハマスがどのように調整したのか知ろうと、BBCニュースは、現場の戦闘員や民間人が撮影した映像を分析した。

ロケット弾発射で開始

A rocket over Gaza

現地時間の7日午前6時半ごろ、ロケット弾が飛び始めた。

ガザ地区を実効支配するイスラム武装組織ハマスが、よく使う手法だ。ハマスはイギリスをはじめ世界各国から、テロ組織と指定されている。

ハマスが使うロケット弾は基本的な作りで、イスラエルの進んだ防空システム「アイアン・ドーム」を回避できないことが多い。しかし今回は、短時間の間に数千発を一気に発射することで、その防空体制をかいくぐることに成功した。

このことから、ハマスが何カ月も前からこの攻撃を計画し、ロケット弾を備蓄していたことがうかがえる。ハマスは当初の攻撃でロケット弾を5000発、発射したと主張する。一方、イスラエル軍はその半数だったと反論している。

map

空襲警報は、ガザから60キロ離れたイスラエルの首都テルアヴィヴのほか、エルサレムでも鳴り始めた。ロケット弾が着弾した複数の場所から、黒煙が立ち上った。

ロケット弾の砲撃が続く間、ハマスの戦闘員はガザを厳重に取り巻く分離壁を複数個所から突破するため、所定の場所にそれぞれ集まっていた。

イスラエルは2005年の時点で、部隊と入植者をガザから引き揚げた。しかし今も、その上空と境界線、ならびに海岸線を支配下に置いている。

イスラエルがガザを囲って設置した分離壁は、場所によってはコンクリートの壁、場所によっては金網のフェンスだ。その一帯をイスラエル軍は定期的に警備しているし、侵入を防ぐためのカメラやセンサーが多数配置され、警備の網を作っている。

それでも数時間のうちに、この分離壁は何度も何度も突破された。

Map showing where Hamas fighters crossed from Gaza

ハマスはどうやって侵入したのか

ハマス戦闘員の一部は、分離壁を完全に避けてイスラエルに入ろうとした。中には、パラグライダー(少なくとも7人がパラグライダーでイスラエル上空を漂っている、未確認映像がある)や、ボートを使った者もいる。

イスラエル国防軍は、ボートで海岸に上陸しようとしたハマスの集団を、2回にわたり押し返したという。

しかし、今回の攻撃が従来と異なるのは、境界線の複数の検問所に対する直接攻撃が、連携をとって行われたことだ。

ソーシャルメディア「テレグラム」上で午前5時50分、ハマス軍事部門とつながりのあるチャンネルに、最初の現場映像が投稿された。

動画には、戦闘員が検問所を襲撃する様子や、血にまみれたイスラエル兵2人が地面に倒れた様子が映っていた。撮影場所は、ガザの検問所の中で最も南にある、ケレム・シャロームだ。

別の動画では、ライフルを手にした戦闘員が2人ずつ乗ったバイクが少なくとも5台、分離壁の金網フェンスの部分を切り開いた箇所を、通り抜けていく様子を見せていた。

A line of militants on motorbikes
画像説明, 戦闘員はケレム・シャロムで警備兵を襲撃し、フェンスを切り開いて、イスラエル側に侵入した

警備の薄い個所では、金網と鉄条網のフェンスを、ブルドーザーが押しつぶして破壊していた。

丸腰に見える数十人がその場に集まっていた。数人は、フェンスの隙間を走って通り抜けていった。

Bulldozer destroys section of Gaza barrier
画像説明, 分離フェンスの一部をブルドーザーが破壊する映像は本物だと、BBCは確認した

ガザの検問所で最北にあるエレズは、ケレム・シャロームから約43.4キロに位置する。ここでもハマス勢力は、検問所を襲撃した。

この動画は、ハマス系プロパガンダ・チャンネルの一つに掲載された。コンクリート壁で爆発があり、これを襲撃の合図に、戦闘員が爆発の方向へ武装集団を誘導する様子が映っている。

防弾チョッキを付けてライフルを手にした男性8人が、厳重警備の検問所へ向かって走り、イスラエル兵へ向けて発砲していた。

動画の後半では、明らかに統制がとれて訓練された戦闘員たちが、検問所の内部を部屋ごとに点検しているのが見える。床に複数のイスラエル兵が倒れている様子も映っている。

ガザから出るための公式な検問所は7つある。そのうち6カ所はイスラエルが管理し、エジプトへ通じる1カ所はエジプト政府が管理している。

しかしハマスは今回、数時間のうちに分離壁の複数箇所からイスラエル領内に入ることに成功していた。

攻撃はイスラエル国内深くまで

ハマス戦闘員はガザを出て、あらゆる方向へ進んだ。イスラエル当局の話によると、ハマスが襲撃した場所は27カ所に上る。敵は見つけ次第その場で殺害せよと、命令されていた様子だという。

ハマスが最も遠くまで到達したのは、ガザから22.5キロのオカフィムの町だった。

Map showing location of Hamas activities

ガザから3キロにあるイスラエル南部スデロトでは、市内を走るピックアップトラックの荷台に武装勢力が乗っている様子が映像で捉えられている。

襲撃されたエレズ検問所のすぐ北にあるアシュケロンでは、数十人の武装勢力がひとけのない通りに広がって移動していた。

同じような光景がイスラエル南部各地で見られ、国防軍は民間人に屋内にいるよう指示した。

レイム近くで開かれていた音楽フェスティバルでは、砂漠に集まった大勢の若者に向かって、武装勢力が手当たり次第に発砲した。

目撃者はBBCに対して、武装勢力が武器を大量に積んだバンを乗り回し、標的にするイスラエル人を3時間かけて探し回っていたと話した。

兵士と民間人を人質に

この音楽フェスティバルをはじめ複数の場所にいた人たちが、人質として取られ、ガザへ連行されたことが今ではわかっている。イスラエルによると、兵士と民間人を合わせた計100人が拉致された。

ベリの町で撮影され、BBCが本物だと確認した映像では、4人ほどの民間人が武装勢力に連れ去られる様子が映っている。

インターネットで拡散している映像の中には、混雑したガザの通りを複数のイスラエル人が連行される様子を撮影したものもある。イスラエル人の一部は重傷を負っている。

ここで掲載するには生々しすぎる内容の残酷行為も、映像で記録されている。中には、車から引きずり出された運転手が、その場でのどを切られるものもある。死亡した民間人や兵士の遺体が、痛めつけられる様子の映像もある。

Militants leading hostages away
画像説明, 人質拉致の様子だという映像が複数、ソーシャルメディアで拡散している。BBCはこの人質拉致とされる映像が、ベリの町で撮影されたものだと確認した

ハマスはイスラエルの町村を標的にしただけでなく、ジキムとレイムの2カ所にあるイスラエル軍基地も攻撃した。

レイム付近で撮影された映像では、基地へ至る道路の路肩に焼け焦げた複数の車両が点在している。ここの戦闘で何人が死亡したのかは、明らかになっていない。

ハマスはソーシャルメディアで繰り返し、イスラエル兵の遺体の映像を流している。BBCニュースはその内容を検証できていない。

ロケット弾の集中砲火が始まってから数時間のうちに、何百人ものイスラエル人が死亡した。しかも、思いもよらない方法で。

襲撃されたイスラエル南部には、数時間のうちに助けの手がたどりついた。しかしその間ハマスは、一時的にせよ、ガザ以外の土地を実効支配していたのだ。

今回の奇襲作戦のスピードと殺傷力は、イスラエルに衝撃を与えている。なぜこのような事態が起こり得たのか、今後何年も問われることになるだろう。

攻撃開始から数時間後、7日の正午になる前に、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は「これは戦争だ」と宣言した。

(英語記事 How Hamas staged lightning assault no one thought possible

ガザは、「天井のない監獄」と呼ばれる。

イスラエル建国に伴って住み慣れた土地を追われたパレスチナ人たちが押し込められた飛び地で、わずか150平方キロの地域に40万人以上が暮らす世界で最も人口密度の高い場所の一つとなっている。

イスラエルとの境界線はもちろん海岸線もイスラエルが完全にコントロールしているため、食料を含め物資を自由に持ち込むことさえ許されない環境だ。

かつて日本ではパレスチナ人の境遇に同情し、反イスラエルの闘争に身を投じる若者もいたが、冷戦が終結し社会主義運動が下火になるに従って、パレスチナ問題は次第に忘れ去られていった。

最近では、アメリカの仲介もあり、アラブ諸国の間でイスラエルと国交を結ぶ国も現れ始め、アラブの盟主を自認するサウジアラビアまでイスラエルと急接近していた。

今回のハマスによる軍事作戦の背景に、このままでは見捨てられるというパレスチナ側の焦りがあったと指摘する専門家も多いが、どうも私にはピンとこない。

昔に比べてテロに対する国際世論は厳しくなっている。

罪のない一般市民を殺害したり、人質に取るという今回の作戦は、どう考えても世界中の反発を招くだろう。

しかも、イスラエルに滞在していたドイツ人やタイ人ら外国人にも犠牲が出ていて、常にイスラエル寄りのアメリカはもちろんヨーロッパ諸国もハマスを強く非難している。

この作戦によって、イスラエルに対する日頃の鬱憤を晴らせたとしても、その後に予想されるのはパレスチナ人の多大なる犠牲だ。

ガザには、イスラエル軍の精密誘導弾が次々に打ち込まれ、アルジャジーラの記者が生放送している背後でランドマークとなっていた高層ビルがミサイルによって木っ端微塵に破壊された。

通常、イスラエル軍は標的を破壊する前に住民が退避できるよう通告するのだが、今回はそうした通告もないままに多数のビルが破壊され多くの市民が犠牲になっているようだ。

9.11の時がそうだったように、自国民に大きな犠牲が出た時には、どんな残虐行為でも「報復」の名の下に正当化されるものだ。

イスラエルが「ハマスの一掃」を名目に地上軍を投入すれば、ガザの街は文字通り市街戦の舞台となり、逃げ場のない市民たちは地獄の苦しみを味わうことになるだろう。

果たしてそれを多くの市民は望んでいたのか、それともハマスという組織のための作戦だったのか?

私がガザを取材したのは1990年代のことで、ハマスがガザを実効支配する以前のことしか知らない。

世界の目がウクライナに集中する中で、パレスチナはいつの間にか「世界の火薬庫」に逆戻りしていたということなのだろう。

今回の事態を受けて、アメリカは最新鋭空母を地中海東部に派遣するなどイスラエルを支援する体制を整えている。

アメリカ在住のユダヤ人は政界にも強い影響力を持ち、来年予定される大統領選挙を睨み、パレスチナの危機は容易にアメリカに飛び火する環境にある。

アメリカ国内ではウクライナ支援に否定的な保守派の動きが活発化し、先日史上初めて下院議長が同じ共和党議員の造反によって解任されたばかりだ。

ウクライナ支援に積極的だったバイデン大統領がパレスチナへの対応で手足を縛られることになれば、漁夫の利を手にするのはロシアということになる。

政府レベルではイスラエルとの和解が進むアラブ諸国だが、市民レベルでは果たしてどうか?

同じイスラム教徒であるパレスチナ人がイスラエル軍によって大量に殺戮されるような事態になれば、眠っていたアラブ民族主義がにわかに高揚する可能性も考えておかねばならない。

石油を中東に依存する日本も難しい対応を迫られるだろう。

もしも9.11の後、アメリカが唐突にイラクに戦争を仕掛けたように、ハマスの後ろ盾となってきたイランとアメリカの間で緊張が高まることも予想される。

イランはロシアにドローン兵器を輸出する支援国家。

この際、一挙両得とばかりにイランへの攻撃を求めるアメリカ世論が高まる可能性もあるだろう。

これは単なる地域紛争ではない。

パレスチナ危機は、世界の安全保障環境を大きく変える可能性のある重大な危機である。

コロナ禍で膨らんだ途上国の債務問題も表面する中、もしも紛争がイランに飛び火すればたちまち原油価格が跳ね上がり世界経済は一気に危険水域に落ち込むだろう。

「油断」という言葉が流行語となった石油ショックの再来も頭の隅に置きながら中東情勢を見守っていく必要がある。

2国家共存

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