今日は2月24日。
日本列島は寒波に見舞われた三連休の最終日だが、ウクライナにとってはロシア軍による悪夢の軍事侵攻が始まってちょうど3年目の日となる。

当初1週間以内に首都キーウが陥落するとの観測が支配的だった中で、欧米の軍事支援を取り付けウクライナは大国ロシアと3年間戦ってきた。
しかし一旦占領された領土は奪い返すことが難しく、3年という月日はウクライナ国民の戦意も徐々に奪い、最近では新たな徴兵に苦労し前線から脱走する兵士の数も増えているという。
無理もないことだ。

そんな膠着したウクライナ情勢ににわかに動きが出てきた。
主役はまたしてもこの人、アメリカのトランプ大統領である。
ロシアの封じ込めを訴え多額の軍事支援を続けたバイデン政権に変わり1ヶ月前に登場したトランプ大統領は、ここに来て連日のようにトランプ流の豪速球や変化球を投げ込み、停滞していた状況に風穴を開けようとしている。
「私なら就任1日目で戦争を終わらせる」と選挙中訴えていたトランプ氏にとって、当選後それを6ヶ月以内と訂正したとはいえ、公約を実現させることが最優先課題。
どんな結果になろうとも戦争を終わらせることが重要で、それなりに周到な計画を練ってきたようだ。

トランプさんのやり方は、これまでの西側の立ち位置や哲学から完全に逸脱した戦略だった。
ウクライナやヨーロッパ諸国を交渉から排除し、アメリカとロシアの2国間でまず話をすること。
今月18日、まず手始めとしてサウジアラビアのリヤドで米ロの高官協議が開催された。
アメリカ側からルビオ国務長官とウォルツ大統領補佐官(国家安全保障担当)、ウィットコフ中東担当特使、ロシアからラブロフ外相とウシャコフ大統領補佐官が参加し、協議は4時間半続いたという。
これを前にトランプ大統領はプーチン大統領との首脳会談も呼びかけており、プーチンさんもこれに応じる考えを示していた。

この米ロ協議で、アメリカは従来のバイデン政権の方針から大きく立場を変え、ロシア側に歩み寄った。
ロシアが交渉のテーブルにつくための環境整備を優先したということだろう。
そしてアメリカ自身はウクライナの安全に関与しないとの立場も鮮明にした。
同時にこの会談場所を提供したサウジアラビアが、ガザの問題も絡んで今後アメリカの重要なパートナーとなることを予感させる会談だった。

その一方で、トランプ政権はウクライナに対しては非常にシビアな注文をつけた。
20日キーウを訪れたアメリカのケロッグ特使(ウクライナ・ロシア担当)がゼレンスキー大統領に突きつけた要求は、これまでの軍事支援の見返りとして、鉱物、石油、ガスを含む同国の天然資源の50%の権益や、港湾など重要なインフラの運営権を米側に与えるという少し耳を疑うような内容だった。
バイデン政権下での巨額の軍事支援を問題視する共和党支持者、特にアメリカ第一主義を支持するトランプ支持者に対し、しっかり見返りを取ったことをアピールするための条件なのだろう。
しかしウクライナ側は、この理不尽なアメリカの要求を一蹴することはできない。
アメリカからの軍事支援が止まれば、直ちに戦況が不利に傾くことは明らかだからだ。
とはいえ、安全の保証がないままに資源の提供だけを約束するのはさすがに受け入れがたく、ゼレンスキー大統領は署名を拒否した。

すると、苛立ったトランプ大統領はゼレンスキー氏は「選挙を経ていない独裁者」だと非難。
「彼の支持率は4%しかない」と侮辱的な発信した。
これに対し、ゼレンスキー氏も「トランプ大統領は偽情報の空間で生きている」と言い返し、両者の間に大きな亀裂が走った。
相手の弱みをついてギリギリまで追い込んで要求を飲ませるというのがトランプ流のディールだとすると、これまで欧米の指導者から守られ、実力以上の存在感を見せてきたゼレンスキー大統領に対し、これ以上ないほど直接的なパンチを喰らわせたのだ。

トランプ大統領は「ゼレンスキーの支持率は4%」などと口にしたが、世論調査では依然として50%以上のウクライナ国民がゼレンスキー氏を支持しているという。
しかし、戦い続けるのもそろそろ限界が近づいているように見える。
問題は、どうやって戦争を終わらせるか、そして再び侵略を受けないためにはどのような歯止めを作ればいいのかである。
ゼレンスキー大統領は23日の記者会見で、「もしそれがウクライナに平和をもたらし、私が本当に辞任する必要があるなら、私は準備ができている」と述べ、自らの辞任に言及した。
さらに、NATOへの加盟など信頼できる安全保障の提供を条件に、「そのような条件が整えば、私は直ちに辞任する」と明言した。
自分の首を差し出すことで、トランプ氏から何とか安全の保障を取り付けようと辞任カードを切って見せたのだ。

課題は、強かなプーチン大統領がアメリカの誘いに乗るかどうかだ。
米ロ交渉でロシア側はウクライナがとても飲めないような高い球を投げてくることが予想される。
現在占領している東部4州の領有は当然のこととして、ウクライナが独立を維持するにしてもロシアの影響下に置くことを譲らないだろう。
その時、トランプ政権がどのような態度に出るのか?
ロシアと本気で事を構える覚悟がないアメリカに、ロシア側から譲歩を勝ち取る作戦はあるのだろうか?
弱者であるウクライナがただただ不条理な譲歩を迫られる場面が今後も出てきそうな気がしてならない。

今回の米ロ交渉で俄かに注目を集めている人物がいる。
サウジアラビアでの高官協議にも出席したスティーブ・ウィットコフ特使である。
彼は中東問題担当にも関わらず、今月中旬にはロシアに飛んで直接プーチン大統領と話をし、サウジアラビアでの米ロ協議のお膳立てをした人物だ。
彼は一体何者なのか?
調べてみると実はこのウィットコフ氏、トランプ大統領とは40年来の友人という「不動産王」なのだという。
自家用ジェットで世界中を飛び回り、従来のアメリカ外交にとらわれることなく、今回もロシアのウクライナ侵攻後初めてアメリカの高官としてロシアの地を踏んだ。
バイデン政権下での民主主義と国際協調を重視するオーソドックスな外交がなし得なかった事態の打開を、理念なきビジネスマンたちが動かそうとしているのである。

トランプ流の新しい外交は、ヨーロッパ諸国にも厳しい選択を突きつける。
トランプ大統領は、同盟国である英仏の首脳を名指しして「彼らは何もしていない」と批判した。
アメリカはNATOの場でもヨーロッパ諸国に対し防衛費をGDPの5%まで引き上げるよう要求している。
これに対し、イギリスのスターマー首相がいち早く停戦後のウクライナにイギリス軍を派遣する考えがあると表明するなど早速動きが出始めた。
しかし各国の国内事情を抱えるヨーロッパはいつものように意見の集約が難しく、ヨーロッパが平和維持軍を派遣するかどうかでも首脳間の意見は割れている。

こうした中、ヨーロッパ最大の国ドイツでは23日に総選挙が行われ、ショルツ首相が所属する中道左派「ドイツ社会民主党(SPD)」が敗北、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が第2党に躍進した。
「AfD」に対しては、トランプ政権で重要な役割を果たすイーロン・マスク氏が全面的な支持を表明しており、今後ヨーロッパでもトランプ政権の影響を受けた極右勢力が勢いを増すことが予想される。
世界最強の国アメリカで、同盟重視のバイデン政権から1対1のディールを重視するトランプ政権に変わったことは、話し合いと合意を重視するヨーロッパの民主主義国家や日本には厳しく、ロシアやサウジアラビアのような独裁国家には好都合だろう。
そもそもトランプさん自体がある意味「独裁者」であり、トップと話をつけさえすれば必ず実行される独裁国家の方が彼にとっては話し相手として相応しいと思っているに違いない。
私たち日本人も真剣に、アメリカへからの自立を考える時に来ているようだ。

それを考えても、軍事侵攻から3年にしてようやく動き始めた停戦の動きを私は歓迎したい。
歴史を振り返る時、国際政治は常に冷徹で、正義は往々にして踏み躙られるものだ。
「この戦争で命を落とした人たちのことを考えると、今さら戦争はやめられない」常にそういう反対の声が上がる。
太平洋戦争における日本の終戦もそうだった。
しかし、先が見えない戦争で国民に犠牲を強い続けることが正義ではない。
戦争を止めるチャンスがあるのならば、満身創痍になってもそれを追求するのが指導者の役目だと思う。
停戦が実現するとすれば、同じくロシアの軍事侵攻を受けたジョージアが今も国土の一部を奪われているように、ウクライナも領土の割譲もしくは実効支配を受け入れざるを得ないだろう。
侵略者が得をする形での戦争終結は実に悔しいけれど、「頑張れ!頑張れ!」とウクライナの人たちに犠牲を求めることも無責任だ。
願わくは、ウクライナの人々がある程度納得できる形での停戦が実現することをただただ祈りながら、予想のつかない成り行きを見守るだけである。