🔶「旅したい.com」から転載
<タンザニア>ルワンダの悲劇を伝える滝!国境で見た忘れえぬ光景
🇹🇿タンザニア/ベナコ難民キャンプ 1994年5月
アフリカ中央の小国ルワンダ。この国で人類史上に残る大虐殺が起きたのは1994年、私がテレビ局のパリ特派員だった時です。
日本から遠いアフリカのニュース。関心を示さない本社に対し私が提案したのは、隣国タンザニアに押し寄せた難民キャンプの取材でした。
そこで私を待っていたのは、予想をはるかに超える衝撃の光景でした。
ルワンダ国境の川

ベナコキャンプの近くを流れるカゲラ川。
ルワンダ国内を流れ下って、タンザニアとの国境に出てきます。
まだ上流域なので流れは速く、滝となって濁流を押し流していました。

このカゲラ川をまたぐように一本の橋がかけられていました。
ここがタンザニアとルワンダの国境。橋を渡った向こう側はルワンダ領です。
ルワンダ側のゲートには、黒いベレー帽をかぶった兵士たちが警備に当たっていました。
「日本のジャーナリストだが、ここからルワンダ国内に入って取材はできるか?」と彼らに聞いてみました。
何やら仲間内で相談した後、手招きをしながら「OK」と言います。
私は迷いました。混乱した紛争地では、往往にして現地のリーダーの許可で取材が可能になることがあります。
ただルワンダで起きているのは、歴史に残るレベルの大量虐殺です。
このゲートの先に何が待っているのか、何の情報もありません。
ルワンダに入ってみたいという誘惑と危険を知らせる虫の声。頭の中でいろんな思いがぐるぐると回ります。
結局、断念することにし、「後でまた来る」と兵士に告げてタンザニア側に戻ります。
その時でした。
橋から下を見下ろすと、滝壺の岩に引っかかるようにして、たくさんの死体が浮いているのに気づいたのです。

その多くは女性や子供の死体です。
私が橋の上から確認できただけでもその数は20体近く、中には足がちぎれた子供の死体もありました。
大量虐殺が続くルワンダから流れ出したおびただしい数の死体は、こうしてカゲラ川を北上し、アフリカ最大の湖ビクトリア湖へと流れ込むのです。
私たちが撮影した川から流れ出す死体の映像は本社でも衝撃をもって受け止められました。それまでルワンダに関心を示さなかった本社の姿勢がころっと変わったのです。
国境からのリポートが放送された直後、私たちのルワンダ入りにGOサインが出ました。戦争取材を何度もしたベテラン記者たちにも、それは衝撃的な映像だったのです。
ベナコ難民キャンプ
話は少し戻ります。
本社からようやく取材の許可が出て、私と取材クルーはパリからケニヤのナイロビへ。そこで小型機をチャーターしてタンザニアのベナコ難民キャンプに飛びました。
現地に到着したのは5月27日。虐殺と内戦が始まって、すでに50日ほどが経っていました。
混乱はルワンダ全土に及び、ザイール、ブルンジといった隣国が国境を閉鎖したため、ルワンダを脱出する難民たちは東側のタンザニアに集中していました。
ルワンダとタンザニアの国境に広がるベナコ難民キャンプには、その時点で28万人が収容されていました。その数は1日2000人のペースで増え続けていて、すでにタンザニア第三の人口を抱える大都市が新たにできた格好です。
国際赤十字が営むキャンプ内の病院には激しい暴行を受け、命からがら担ぎ込まれる人たちも大勢いました。
ナタで頭を切られた女の子。見るに耐えないケガの状態です。
少数民族ツチ族の女性は、この病院で看護師をしていました。虐殺が始まった首都キガリから脱出したものの、途中で家族と離れ離れとなり今では消息がわかりません。
難民となった若者2人が、目撃した虐殺の様子を実演付きで話してくれました。
「こうやって縛って、横にさせて、これでおしまい。 クワのこの部分で頭を割るんだ。 みんなを集めて、赤ん坊もみんな殺す。 大人にクワを持たせてまず自分の子供を殺させ、その後で大人を同じ方法で殺すこともあった。」
ただ意外だったのは、キャンプにいる難民の99%は多数派であるフツ族の人たちだったことです。フツ族によるツチ族虐殺で始まった内戦も、この頃にはツチ族主体の反政府勢力が優勢となり、形勢が逆転していたのです。

キャンプのはずれにある粗末な墓地には毎日10人から20人の死者が葬られます。墓地の304人目の埋葬者となったのは、マラリアで死んだ8歳の少年でした。
1人のフツ族の男性は、紛争が終わってもすぐには祖国に帰れないかもしれないと、私に語りました。
「私は絶対に人は殺していません。でも、ツチ族は私が彼の父親を殺したのではないかと疑うかもしれません。」
市民が市民を殺したルワンダの大量虐殺。
誰が殺人者で、誰が無実なのか、今となっては判断ができないでしょう。
ルワンダの内戦は、100日ほどで終結しましたが、人々の心に残る深い傷と不信感は容易には消えません。