<吉祥寺残日録>カタールW杯2022🇶🇦 決勝トーナメント初日はテレビ放送なし!アルゼンチン勝利を「ABEMA」で見た #221204

カタールW杯は、いよいよ決勝トーナメントが始まった。

最初の試合は午前0時から、グループA1位のオランダとグループB2位のアメリカが対戦、午前4時からはグループC首位のアルゼンチンとグループD2位のオーストラリアの試合だ。

結果は、順当にオランダとアルゼンチンが勝利を収めたのだが、その結果を私はテレビではなく「ABEMA」で知った。

なぜならば、どちらの試合もテレビでの中継がなかったからだ。

どうしてこれまでのように全試合のテレビ中継は行われなかったのだろう?

その背景にあるのは、高騰を続ける放送権料を誰が負担するのかという問題があったようだ。

今回のカタール大会は時差の関係で試合時間が日本時間の深夜にあたることが多く、巨額の放送権料を支払うことをためらうテレビ局もあり、なかなか話し合いがまとまらなかった。

サッカーのワールドカップは、オリンピックと並ぶ世界で最も高額なスポーツコンテンツであり、その放送権料は回を追うごとに倍々ゲームで膨れ上がっている。

私はすでにテレビ局を離れているので今回の詳しい事情は知らないが、こうした大型案件は大抵の場合、五輪汚職で問題となっているあの「電通」が取り仕切り、FIFAとの交渉からテレビ局間の割り振り、番組スポンサーの調整まで電通が差配するのが普通だ。

業界用語で言うところの「買い切り」という営業方法が採られ、民放の場合だとワールドカップの放送枠を全て電通が買い上げて、どのCMをどの枠で放送するかも基本的に電通が決めることになる。

テレビ局からすると、電通が全ての広告枠を買い上げてくれることにより高額な放送権料をある程度賄うことができるのでリスクは小さくなるが、近年では広告収入が放送権料に追いつかず赤字になってしまうケースも目立っている。

その代わり、日本戦に限っては他のコンテンツでは到底望めないような高い視聴率と世間からの関心を集めることができ、たとえワールドカップ単体では赤字でも放送するメリットはあると考えられていた。

ところが、今回のカタール大会では多くの試合がテレビ視聴者が最も少ない深夜となるため、日本が関係しない試合には視聴率が望めず、日本テレビとTBS、テレビ東京はワールドカップ中継から手を引いたのだ。

「ジャパンコンソーシアム」と呼ばれてきたテレビ局の枠組みが崩れてしまい、テレビがもはや放送権を買えなくなったところに登場したのが「アベマ」だった。

アベマが一括して放送権を買い取り、それを放送を希望するテレビ局に分配することになった。

報道によれば、アベマが支払った放送権料は200億円とも言われる。

最近では、「DAZN」のような有料のスポーツ配信業者が、有料の会員を増やす目的で放送権を独占取得することはあったが、アベマは全64試合を無料で生中継すると発表した。

ネット広告代理店「サイバーエージェント」がテレビ朝日とともに2016年に立ち上げた「ABEMA」は、有料の動画配信サービスではなく、テレビと同じ広告収入を基本とするインターネットTVである。

正直な話、200億円の投資がワールドカップによって回収できるとは思えないが、サイバーエージェントの藤田社長にはきっともっと長期的な思惑があるのだろう。

日本中が歓喜した2日のスペイン戦では、午前4時の試合開始でフジテレビでも生中継していたにも関わらず、アベマでの視聴数が過去最高の2000万を突破したという。

この「視聴数」という新しい指標はアベマが独自に編み出した数字で、一番組あたりの累積視聴回数を表しているそうだ。

視聴人数と錯覚してまるで2000万人が視聴したような感覚を受けるが、実は番組配信ページに出入りするごとにカウントされる仕組みで、1人の視聴者が何度も出入りするとその全てが視聴数として積み上がっていくのだ。

先の日本ースペイン戦で言えば、同時に同じ組のドイツーコスタリカ戦も行われていて、その両方を行ったり来たりして視聴する人がいれば実際の視聴者数の何倍もの視聴数が得られるのである。

つまりアベマは、テレビ業界が使ってきた視聴率とは異なる別の指標を使ってセールスを行なっているということだ。

その代わり、テレビの視聴率のような少数のサンプルから類推するファジーな指標ではなく、デジタルによって正確なアクセス数がリアルタイムで掴め、しかもアベマのサイト上で多くの視聴者が感想を発信しながら番組を楽しむというテレビとは違った新しい視聴体験を提供している。

テレビとアベマとどちらに広告を出すか、それはスポンサーの判断である。

アベマにとってこのワールドカップは、メディアとしての力、社会への影響力を視聴者とスポンサーに見せつける機会であり、そのための広告費だと考えれば200億円も高くはないのかもしれない。

放送コンテンツという観点から考えると、放送権料のほかに番組の制作費も当然必要である。

スポーツイベントの中継の場合、テレビ局の常套手段としては魅力的なイメージキャラクターを起用して局独自のカラーを打ち出そうとする。

その点で、アベマが起用した本田圭佑さんは大成功だったようだ。

批判を恐れて無難な線でまとめようとするテレビ局に対し、アベマは率直な発言で知られる本田さんを起用し、その発言内容をネットニュースとして大々的に宣伝し、そのネット上の反響ぶりをテレビ朝日の情報番組でさらに周知することに成功した。

さすがネットビジネスの大御所サイバーエージェントである。

実際に本田さんの解説を聞いていない人でも、それがテレビ局の番組以上に注目されていて、アベマの知名度向上に大いに貢献したようである。

私自身、本田さんの解説はテレ朝の番組上で聞くぐらいだが、さほどすごいことを言っていないのにネット上の口コミで凄さが拡張されていて、一度聞いてみたい気分になってくるから不思議だ。

ただ、これで一気にアベマがテレビ局に取って代わるとは私には思えない。

6日に行われる日本ークロアチアの試合を前に、アベマは入場制限の可能性があると発表した。

アクセスが集中しすぎてサーバーの容量をオーバーする可能性があるからだ。

自前の電波を利用するテレビと違って、インターネット回線で配信するアベマには同時に大量のアクセスが集中するとサーバーがダウンするという弱点がある。

それを防ぐためには、サーバーを増強する必要があるが、それには多額の資金が必要になる。

さらに重要な問題もある。

それはテレビにとって最も重要なのは継続的なコンテンツ制作能力であるという問題だ。

一過性のスポーツイベントだけでは視聴者を引き止めておけない。

実際にアベマ開局以来、ずっと赤字が続いている。

ウィキペディアに出ている収支を見ると、年間200億円もの赤字を出していたが、今年度もすでに128億円の赤字だという。

それでも売り上げも年々増加しているみたいなので、藤田社長が言う通り「必要な先行投資」ということになるのかもしれない。

今の若い人は家にテレビを持っておらず、テレビ番組もスマホなどで見ることが普通になっているらしい。

誰が見ているのかわからないというテレビの弱点をデジタルで解決し、スポンサーにとって有益なデータを提供できることが評価されれば、アベマ型のビジネスがテレビを駆逐する時代がやってきても不思議はないだろう。

やがてアベマがテレビ朝日を吸収しコンテンツ力を獲得するかもしれない。

私もテレビに固執せず、新しいメディアにも触れていかないと時代から取り残されてしまいそうだ。

多くの人に支持されるコンテンツを作り続けることは容易ではない。

でも、私自身、テレビをつけっぱなしにすることはほとんどなく、見たい番組だけ選んで見るようになっている。

24時間の番組表を埋めるために、低予算でマンネリ番組を作り続ける時代は早晩終わるかもしれない。

テレビ業界の常識が大きく変わる予感を、ワールドカップを見ながら感じた。

<吉祥寺残日録>藤井聡太新棋聖!30年ぶりのタイトル最年少記録 #200717

コメントを残す