新年早々、日本のニュースが世界を駆け巡った。
2日に起きた日航機と海上保安庁機の衝突事故では、炎上する機内から全ての乗客乗員を脱出させたオペレーションに世界中から「奇跡」と称賛の声が集まっている。
「90秒ルール」と呼ばれる緊急時の脱出に関するマニュアルがしっかり作られていて、それに従って毎年訓練を欠かさなかったCAさんたちの努力の賜物と言えるだろう。

その一方で、やはり気になるのは元日に発生した能登半島地震における救援の遅れである。
地震直後の混乱も落ち着き、報道も被災者支援の問題に移ってきているが、どうも現地からの情報を見る限り、初動における人員や装備が足りていない気がしてならない。
多くの人が休暇に入っていたお正月というタイミング、被災地が半島という地理的な問題など救援活動を困難にしている要因が重なり難しいオペレーションになっていることは容易に想像がつくが、それにしても地震大国日本の即応力には課題があるように感じる。
その根底にあるのは、被災者を被災地の避難所で止め置くという従来からある避難方法にあるのではないかと私は考えている。
地区の公民館や体育館を仮の避難所に指定して、住民たちはプライバシーのない厳しい環境でただただ支援物資が届くのを待つという発想だ。
当然、備蓄した食料や水はすぐに底をつき、断水のためにトイレは危機的な状況に陥ってしまう。
現地から発信されるニーズとして、食料や水に加えて、石油ストーブや灯油、簡易トイレの需要が非常に大きいのも、被災者全員を不便な被災地にとどめておく考え方によって深刻さを増しているように感じる。

激しい揺れにより道路が各地で寸断し物資輸送にも支障をきたしている。
余震が続く中で短期間で道路を復旧させることが難しいと考えれば、まず最初に行うべきは、避難を希望する住民たちを水や電気の心配がない被災地外に運ぶオペレーションではないのか。
そのためには、自衛隊や消防、警察のヘリはもちろん、民間のヘリコプターも政府が借り上げ、被災地の人口を減らすことが有効だ。
そうすれば、被災地に送り届けるべき物資の量も減り、現地の環境悪化も多少緩和されるだろう。
特に、高齢者や子供たちが被災地を離れることによって、医療の懸念が大幅に減少する。
そして孤立した地区にもヘリコプターが入ることによって、各地区ごとの情報が行政に集約されるはずだ。
もちろん、大量のヘリコプターを瞬時に集めることは容易ではなく、その際の指揮系統や飛行ルートの設定など予めマニュアル化しておかなければ実現できないオペレーションだろう。
さらに、大量の被災者を受け入れる自治体の選定や宿の確保も容易ではない。
とはいえ、水も電気もない被災地を脱出しさえすれば、被災者自らが必要なものを調達したり自炊することもできるようになるその点が重要なのだ。
被災者は何もできない人たちではなく、インフラさえ整っていれば行政に丸抱えしてもらわなくても自分の生活を営むことができるのである。

石川県の馳浩知事は、3日の夜段階で能登地区から住民を避難させることを検討していると述べた。
これを受けて、石川県加賀市の宮元陸市長は4日、加賀温泉郷の旅館や市内のマンションなどで可能な限り被災者を受け入れることを表明。
地震発生から4日目にして本格的な住民避難作戦が動き始めた。
しかし、災害が発生してから検討を始めているため、調整には時間がかかることも予想される。
日本人はマニュアル化され法整備も進んでいれば機敏に対応するが、そうでなければ事は容易に進まない。
今後予想される首都直下地震や南海トラフの巨大地震に備え、政府が先頭に立って「避難疎開」の制度化を実現してもらいたいと私は考える。

私がそんなことを考えている時、日本テレビに出演した東京大学大学院の客員教授で防災の専門家である松尾一郎さんが同じようなことを語っているのを目にした。
松尾さんは段ボールベッドなど避難所での防寒対策を早急に整える必要があるとしたうえで、次のように「避難疎開」の必要性を述べていた。
「もっと重要なことは、親戚知人含めじいちゃん、ばあちゃん、お父さん、お母さん、石川に、被災地にいらっしゃるでしょう。これを避難疎開するということが必要だと思います。温かい食事、温かいお風呂、しっかり安全に、余震がないところで寝泊まりする。そういった取り組みが必要です。これは国しかできない。それをぜひ全国でやっていただきたいし、私たちも伝えていきたい」
今の道路状況では難しいのではないかとキャスターから問われると・・・
「だけど4日夜中に幹線道路を開通できれば、何とかバスで、被災者の中で高齢者の方をより安全なところに。東京でもいい。ホテルでも旅館でも、これは国が支援するしかないと思う。こういう取り組みをぜひやっていただきたい」
と、広域避難の必要性を力説した。
まさに我が意を得たりと共感したところである。
被災地に人や物資を送るという一方通行の発想から、被災者を自分の地域で受け入れてインフラが整った場所で支援するという双方向の発想への転換が今こそ必要なのだ。

もう一つ、日本の災害対応で気になるのは、被災者を何もできない弱者扱いして、救援活動の重要なマンパワーだという捉え方をしない点である。
現在石川県では、企業・団体からのまとまった支援の提供は受け付けるものの、現地へ直接物資を搬入することは、救命活動などの妨げとなることがあるため今は遠慮してもらいたいとして、個人からの支援には消極的な姿勢だという。
確かに、個人が善意でバラバラに物資を送りつけても、それを仕分けして必要な場所に送り届けるための人員が不足していて対応できないというのは正直なところだろう。
しかし、被災地には「被災者」の名の下に、避難所に留まっている多くの人たちがいる。
彼らは地元の地理にも詳しいし、被災地外からやってくる救援隊やボランティアよりも戦力になる可能性が高い。
高齢者や子供たちが被災地から脱出して家族の心配がなくなれば、地元の復興のために働きたいという人たちは決して少なくないだろうと私は考える。
これもマニュアル化が必要な分野で、志願する被災者の人たちを国や自治体が有給で雇い、救援活動の人員として活用したらどうだろう。
全国から送られてくる物資の仕分けや各地区の避難所への配送や炊き出しなど、それほど危険を伴わない業務はたくさんあるはずだ。
指揮系統の問題があるため、役場の職員や警察消防の人たちがリーダーとなって、被災者を組織化すれば今よりもずっと早く効果的に被災地に残った住民の支援ができるはずだ。
ポイントはボランティアではなく、ちゃんと給料を払い、被災地に仕事を作ることである。

さらに言えば、日本人全体に災害の際に自力で生き延びるサバイバルのノウハウが必要だと思う。
今回の能登半島の地震でも、山崩れで道路が塞がれ孤立している地区が多数ある。
しかし、こうした過疎地で暮らしている人たちは自力で生き延びる術を知っていることが多く、都会の人間が想像するより遥かに逞しく日常生活を送っていたりするものだ。
山から木を切ってきて薪にして暖を取ったり調理をしたり、トイレも水洗が使えなくなれば、畑に穴を掘って仮設のトイレにすることだってできる。
テレビで紹介されていたある孤立集落では、住民が自ら重機を操って道路を開通させ、亀裂が走った箇所には畳を敷いて自動車が通れる道を作っていた。
私も岡山での生活を経験し、わずかながらサバイバルの力が身についたと思っている。
便利な都会の生活に慣れてしまった多くの日本人は、もう一度、非常時に自力で家族を守る力を身につけよう。
第二次大戦後までの日本人は、そうした力を持っていたのだから。

今回の能登での地震は、広い意味で南海トラフ巨大地震の前兆であるとの指摘が専門家からも出ている。
もしも、東京や大阪の大都市圏で大きな被害が出れば、支援を必要とする被災者の数は東日本大震災の比ではない。
石川県で検討されている「避難疎開」が将来の災害対応のモデルになり、必要な法整備とマニュアル化が急がれることを願うばかりだ。
もし首都直下地震が起きれば、私もなるべく早く首都圏を離れるつもりである。