<吉祥寺残日録>小室さん不合格報道と京王線車内刺傷放火事件 #211104

ニュースというのはもともとそういうものと言ってしまえばそれまでだが、近頃の報道にはうんざりすることばかりだ。

秋篠宮妃紀子さまのお父さんである学習院大学名誉教授・川嶋辰彦さんが今日亡くなったという。

孫にあたる眞子さまをめぐる結婚騒動では、自分自身では何もできないだけにさぞ心を痛めたことだろう。

眞子さんと小室さんが正式に結婚し、皇籍を離脱しても2人をめぐる報道は一向に収まる気配がない。

特に小室圭さんがニューヨーク州の弁護士試験で不合格になったことがわかると、何の根拠もない憶測記事が再び乱れ飛んでいる。

結婚に関する正式な行事も一時金も辞退して静かに皇室から身を引いたにもかかわらず、私人となったお二人をどうしてそっとしてあげられないのだろう。

不合格になったことでニューヨークの生活設計が狂ったかもしれないが、それは二人が考え対処するべき問題であり、周囲がとやかく言う筋合いではないだろう。

大きく環境が変わり、私人としての生活に慣れるにも一苦労だろうに、いつまでも続くバッシングとパパラッチに狙われる生活が加わって、このままだと眞子さんの精神状態が心配でならない。

二人は何も法に触れることはしていないのだ。

報道されない自由を認めてあげるべきだろう。

それに比べれば、吉祥寺で起きた陥没事故はかわいいもんだ。

今朝、クリニックに行く途中で現場を通ったが、陥没した路地に目隠しのための囲いが設置されていた。

事故原因はやはり、ステーキハウス「葡萄屋」跡地で行われている建設工事にあるようだ。

地下部分の土留めが不十分で、コンクリートの壁に亀裂ができ、道路側の土砂が流出したようである。

怖いニュースといえば、先月31日ハロウィンの夜に起きた京王線車内でのとんでもない事件だ。

福岡から上京した24歳の男は、座っていた70代の男性に殺虫剤のスプレーを噴射した後いきなり持っていた包丁で男性を刺した。

さらに他の乗客を追って別の車両に移り、持参したライターオイルを座席にぶちまけて車両に火をつけたのだ。

走行中の電車の中で突然起きた凶行。

男は仕事や人間関係がうまくいかず、たくさん人間を殺して死刑になろうとおもったと供述している。

多くの人間を殺すには東京がいいと考えて上京し、ハロウィンの日なら人が多いと考えたという。

なんという短絡的で身勝手な発想だろう。

男はバッドマンの悪役「ジョーカー」に憧れて、犯行当時もジョーカーのような衣装に身を包んでいた。

乗客たちは何が起きているのかもわからないまま逃げ惑い、国領の駅に緊急停車すると窓を開けて一斉に逃げ出した。

運転手や車掌は、車両の扉とホームドアの位置がずれていたためにドアを開けなかったという。

乗客全員が避難するのに10分もかかった。

鉄道会社の対応は当然大きな問題となっているが、テロに弱い日本の公共交通機関の弱点がまたまた明らかになったに過ぎないともいえる事件だった。

中国で地下鉄に乗ろうとすると、必ず駅で手荷物検査を受けなければならない。

すべての駅の出入り口にX線の検査機が置かれ、それぞれ数人の係官が張り付いて監視に当たっている。

人口が多く、行動監視が当たり前の中国だからこそできる安全対策だが、果たして日本はどうやって安全を守っていくのだろう。

どこの社会でも常軌を逸した行動をとる人間はいる。

今の日本では比較的そういう人が少ないために、フリーパスで電車に乗れる利便性を私たちは享受できているのだ。

おそらく有効な対策などないだろう。

みんなが周囲の異変に敏感になるぐらいで、こういう異常者に遭遇したら運が悪かったと諦めるしかない。

ひょっとすると、数人の男性が相談して犯人に立ち向かうという方法もあったかもしれないが、アメリカと違って日本ではそういう強硬策は起きにくい気がする。

そんな中、私は今日久しぶりに電車に乗った。

このブログで新企画「江戸東京歴史散歩」を始めようと思い、水道橋方面に出かけたためだ。

サラリーマン時代とは違い、自分の好きな時間を選べるので、総武線各駅停車の車内は空いていた。

これならば、誰かが急に騒ぎ出してもすぐに気づくだろう。

電車は千駄ヶ谷駅あたりを通過し、車窓から東京オリンピックのメイン会場となった国立競技場が見えた。

しかし、乗客のほとんどはスマホに集中し、景色を眺めている人はいない。

イヤホンで音楽を聴いている人も多いので、異変が起きてもすぐに気づかないで逃げるのが遅れる可能性がありそうだ。

それでも、と私は思う。

治安が悪く、いつ犯罪に巻き込まれるかと用心して暮らす国が世界にはまだまだ多い。

日本のように、よほど運が悪くなければ一生犯罪とは無縁で生きられるという国はむしろ稀なのだ。

こうした安心できる社会をどうやって維持していくのか、それは一人一人の心にゆとりがあり、お互いに対して信頼感を持てることが重要だ。

うんざりするような報道は、そうした社会を作るためには有害でしかない。

もっと一人一人が生き易い社会を作ろう。

メディアに携わる人たちには、そういう社会を作るための責任を求めたい。

<吉祥寺残日録>眞子さまの結婚を祝す!下衆なメディアやネット世論との戦い方 #211026

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