ハマスによる電撃作戦をきっかけにガザでの戦争が始まってから今日で1年が経った。
イスラエル軍による容赦のない攻撃で、ガザではこれまでに4万人以上が命が失われ、世界一人口密度が高いと言われたガザの街はことごとく破壊された。
もはやガザのどこにも、かつての生活はない。

ガザでの戦争開始から1年を前に、イスラエルは戦争をガザからさらに拡大させることを決定した。
先月17日、イスラエル首相府はレバノンの親イラン民兵組織「ヒズボラ」からの避難を余儀なくされているイスラエル北部の住民の帰還を進めるためとして、ヒズボラとの戦いを本格化させる。
手始めとして、レバノン領内でヒズボラの戦闘員が持つポケベルやトランシーバーが一斉に爆発し多数の死傷者が出る事件が起こった。
続いて20日には、レバノンの首都ベイルートへの空爆に踏み切り、市民の犠牲を顧みず精密爆撃によってヒズボラの幹部を次々に殺害していく。
そして28日には、ヒズボラの最高指導者ナスララ師を殺害したと発表。
今月1日には、18年ぶりとなるレバノンへの地上侵攻に踏み切った。

この矢継ぎ早のイスラエルの攻勢に対し、ヒズボラの後ろ盾となっているイランは1日、およそ百八十発のミサイルをイスラエル各地に撃ち込んだ。
イラン革命防衛隊は、イラン滞在中に殺害されたハマスのハニヤ前最高指導者やヒズボラの指導者ナスララ師殺害への報復だと主張した。
これに対してイスラエルのネタニヤフ首相は直ちに「我々を攻撃するものは誰であっても、我々が攻撃する」とイランに対する報復を宣言していて、イランの石油施設や核関連施設が標的になるのではないかと警戒が高まっている。
ガザでの戦闘が始まって1年、牽制し合っていたイランとイスラエルがついに直接戦火を交えることになり、中東全体を巻き込んだ全面戦争に発展することも懸念されている。
パレスチナの危機は、最悪の中東危機に格上げされてしまったのだ。

しかしなぜ、停戦を求める国際世論を無視してイスラエルは戦争を拡大させるのか?
その背景には、スキャンダルで窮地に立ったネタニヤフ首相が、権力の座に返り咲くために手を結んだ極右勢力の存在があると戦争発生の当初から指摘されてきた。
しかしその実態について私はきちんと理解できていなかったが、今月3日にNHK-BSで放送されたBSスペシャル『ネタニヤフと極右 〜戦争拡大のジレンマ〜』を見て、初めてその正体を知ることができた。

このドキュメンタリーをもとに、現在のネタニヤフ政権に強い影響力を及ぼす2人の極右閣僚、ベングビール国家治安相とスモトリッチ財務相について書き残しておきたい。
パレスチナとの二国家共存を謳うオスロ合意を推進したラビン首相が暗殺された後、15年間にわたって巧みな連立工作によってイスラエル史上最長の政権を維持してきたネタニヤフ氏だったが、収賄や背任の疑いで起訴され、2021年ついに首相の座を降りることになる。
しかし、彼は再び権力に返り咲くため、翌年の総選挙で禁断の選択をした。
それまであまりに危険だからと連立の相手としてこなかった2人の極右リーダー、ベングビール氏とスモトリッチ氏に声をかけたのだ。
この賭けは功を奏し、彼ら極右政党が獲得した議席を加えてネタニヤフは過半数を制し、わずか1年半で再び首相の座に復帰する。
選挙後再び政権を担うことになったネタニヤフは、2人の危険人物に大臣ポストを与え閣内に迎えたのだ。

写真右側に写る「ユダヤの力」の党首イタマル・ベングビール氏は、警察組織を統括する国家治安相に就任した。
彼はかつてユダヤ人過激組織で活動、アラブ人への人種差別煽動の罪で有罪判決を受けた人物だ。
一方、写真の左側、「宗教シオニズム」の党首ベツァレル・スモトリッチ氏は、財務相のポストに加えて、国防相をバックアップする前例のない「第2国防相」に任命された。
彼はパレスチナ人が住む土地を占拠しユダヤ人の住宅を建設する入植活動を推進してきた活動家で、オスロ合意でパレスチナ国家が置かれることになっていたヨルダン川西岸の併合を主張する強硬派だ。
大イスラエル主義を唱えるスモトリッチ氏は、過去のユダヤ教の宗教家たちの説に基づいて、パレスチナだけでなく、ヨルダンやレバノン、シリアの一部まで神がイスラエルの民に与えた「約束の地」だと主張する。
国際法で禁止されている入植を推し進める人たちは、それが神との約束を守る宗教的な義務だと考えているのだ。
スモトリッチ氏はヨルダン川西岸の入植地で生まれ新学校で学んだ後、2005年イスラエル政府がガザで実施した入植者たちの強制立ち退きに対し、大量のガソリンを準備して抵抗し治安部隊に拘束された。
ベングビール氏が有名になったのは、1995年オスロ合意の立役者ラビン首相を執拗に攻撃する過激な若者としてだった。
彼は、「アラブ人を追い出せ」と主張する強硬なユダヤ教指導者で国会議員も務めたメイル・カハネ氏に心酔していた。
当時、彼らのグループはテロ組織に指定され、活動は非合法化された。
10代だったベングビール氏はその過激思想のため、軍隊への入隊を拒否されるほどだったという。
イスラエル社会の中でも過激な危険思想の持ち主とみなされた当局から目をつけられていた2人は、その後共に弁護士を経て政界入りし、ついに権力の中枢に入り込んだ。
ネタニヤフ政権の閣僚となった2人は、意図的にパレスチナ人と対立を煽り立てていく。
第2国防相として入植地の政策に強く関与できる立場になったスモトリッチ氏は、長年入植活動の妨げとなってきた司法制度の改革に乗り出した。
右派が主張する入植地の拡大やパレスチナ人住宅の撤去に抑制的だった最高裁判所の決定を議会が覆すことを可能にしようとしたのだ。
民主主義の根幹をなす三権分立を破壊しようとするこの動きにイスラエル国内では賛否が分かれ激しい分断が生まれると共に、ヨルダン川西岸ではユダヤ人入植者がパレスチナ人の村を焼き討ちするという事件も起こった。
さらに露骨な行動に出たのが国家治安相に就任したベングビール氏だった。
エルサレム旧市街にあるイスラム教の聖地「ハラム・アッシャリフ」。
イスラム教徒だけに礼拝が認められてきたこのモスクに、就任早々の2023年1月、ベングビール氏が大勢の治安部隊を引き連れて訪れイスラム教徒を刺激し、緊張が高まっていく。
『我々はハマスに降伏しない、屈服しないというメッセージを送っている』と取材カメラに公言するベングビール氏。
その3ヶ月後、この場所にあるイスラム教の礼拝施設「アルアクサ・モスク」にイスラエル警察が突入し、立て籠っていたパレスチナ人350人以上を逮捕する事件が起こった。
その後もたびたびモスクを訪問して対立を煽るベングビール氏の行動は、アメリカを含む国際社会から強い非難を浴びたが、ネタニヤフ首相が2人に強い態度で臨むことはなかった。
もし彼らを解任すれば、たちまち政権が崩壊するからである。
つまり、イスラエル史上最も右寄りと言われる現政権で極右の閣僚が引き起こしたパレスチナ人に対する露骨な挑発行為が、1年前のハマスによる電撃攻撃の遠因となっているのだ。
そして、ガザへの軍事侵攻が始まってからも、極右の2人はあらゆる停戦に反対し、徹底的な戦争の完遂を主張し続けているという。
もしもアメリカの圧力に抗しきれず停戦に応じることがあれば、彼らは直ちに政権を離脱すると公言しており、ネタニヤフ首相は彼らの言うことに従うしか生き残る道がないのである。
2023年10月7日に起きた大規模攻撃をハマスは「アルアクサの洪水」と名付けた。
これはベングビール国家治安相によって踏み躙られた「アルアクサ・モスク」での屈辱を指すもので、攻撃直後の声明でハマスは次のように主張している。
『シオニストによるアルアクサ・モスクと民への冒涜が限度を超えたため攻撃を開始した。敵はモスクを閉鎖し、入植者や極右を野放しにした。宗教戦争を扇動し、我々の預言者を罵った。神聖なアルアクサ・モスクを汚した罪から逃れられると思うか?』
ハマスが行った攻撃を肯定することはできないが、もしもイスラエルにこの極右政権が誕生しなければ、ガザの悲惨な戦争は起きなかったかもしれないと考えると、ネタニヤフ首相と2人の極右閣僚の罪は極めて重い。

今後、イスラエルはどこまで戦争を拡大させるのだろう?
鍵を握るネタニヤフ首相自身、筋金入りの右派の政治家だ。
彼の思想に強い影響を与えた父親であるベンシオン・ネタニヤフ氏は、ユダヤ人国家建設を目指すシオニズム運動の推進者で、目的のためには武力を用いることも辞さないとする右派の歴史学者だった。
そして彼の兄ヨナタン・ネタニヤフは、1976年に起きたパレスチナ人ゲリラによるハイジャック事件でイスラエル特殊部隊の一員として人質救出作戦に加わり死亡した。
その後、ヨナタンは国民的な英雄となり、彼の弟であるベンヤミン・ネタニヤフ、すなわちネタニヤフ首相を一躍有名にしたのだ。
彼はオスロ合意を批判することで政権を掴み、巧みな連立工作によって右派政権を維持し、国際社会から支持されたイスラエルとパレスチナの二国家共存という夢をぶち壊した。
どうせここまでやったのならば、イスラエルを取り囲む長年の敵を一網打尽にしてしまおう。
2人の極右指導者と手を組んだ時点で、ネタニヤフ首相の腹は決まっていたのかもしれない。
問題は、穏健派大統領を選んだばかりのイランが経済的損失を覚悟でどこまでやるのか、そしてイスラエルの後ろ盾であるアメリカの大統領に誰が選ばれるかという点である。
ハマスやヒズボラが弱体化し、イランが相対的に弱くなったと見れば、アメリカはイスラエルを使ってイランをこの際徹底的に叩こうと考えるかもしれない。
特にトランプさんが勝てば、中東のパワーバランスが激変する可能性もあると私は見ている。
しかしイスラエルの極右政治家たちのやりたい放題が許されて、普通の生活をしていた市民が理不尽に殺される世界など見たくはない。
なんとかこの戦争が終わり、ネタニヤフ政権が国民の審判を受ける日が来ることを望みたいものだ。