破壊されたバラック

砂利道に沿って有刺鉄線が張られたフェンス、その中にレンガ作りのバラックが残っている。
現在残っているのは、レンガ作りのものが45棟、木造のバラックが22棟だ。

残りのバラックは、焼かれたり破壊され、暖房用の煙突だけが残った。

そして砂利道の右手には引込み線が3本に分かれて敷設されていた。
私はガイドの説明もそっちのけでグループから離れて写真を撮影した。

「選別」の線路

死の門から伸びるレール。

レールの先には一台の貨車が止まっていた。

囚人たちがこのような貨車に乗せられて運ばれたということを象徴する意味で置かれているのだろう。
彼らはここで貨車を降ろされ、まずは男女に選別され、さらに労働のために生かされる者とそのままガス室に直行する者が選別された。

「選別」はまさにこの場所で、親衛隊と医師によって行われた。

ビルケナウの複数に分かれた線路は、単なる分岐ポイントではなく、命の分かれ目だったのだ。

そしてこの線路の先には2つのクレマトリウム、すなわちガス室と焼却炉が待ち受けていた。
撤退する親衛隊員は証拠隠滅のため、ビルケナウにあった4基のクレマトリウムすべてを爆破した。それでも今も破壊の跡は見学することができるという。
しかし、残念ながらガイドツアーはそこには行かず、説明をろくに聞かずに写真を撮っていた私は線路の先に破壊されたクレマトリウムがあることさえ知らなかった。