コロナ第6波でおうち生活が続く中、2週間あまりに渡って楽しませてもらった北京オリンピックも今日が最終日だ。
平昌大会を上回る過去最多のメダルラッシュに沸いた北京オリンピック。
日本人選手の最後を飾ったのは、カーリング女子日本代表「ロコ・ソラーレ」の銀メダルである。

予選4位でギリギリの通過となった日本は、準決勝で予選1位、最終戦でこっぴどく負けた相手スイスに勝利し初めての決勝進出を決めた。
この試合では、4人はとてもリラックスした表情で、笑い声が絶えなかった。
そのせいもあるのだろうか、それぞれのショットがとても正確で、面白いほど狙い通りにゲームが進んでいく。
次第に強豪スイスの表情がこわばっていき、その結果相手にミスが出て、日本に勝利が転がり込んだのだ。

ところが今日行われたイギリスとの決勝戦は違った。
初の決勝進出で金メダルの期待が盛り上がったせいか、4人の表情が準決勝の時よりも硬く、ショットも最初から正確性を欠いた。
ちょっとしたミスで相手に流れを渡し、最後まで自分たちのペースを掴めないまま第9エンド終了時点で3−10。
大差で敗北を認めざるを得なかった。
それでも、平昌での銅メダルに続く2大会連続のメダル獲得、しかも日本カーリング史上初のオリンピック銀メダルはあっぱれである。
どのチームよりも明るく、笑顔を絶やさずにプレーする彼女たちの姿は、日本中を元気を届けてくれた。
カーリングという種目は、微妙な氷のコンディションや選手のメンタルに左右される繊細なスポーツ。
世界でトップを目指すためには、狙ったところにストーンを止める卓越した技術とともに、運も必要だと感じた。
その意味では、「ロコ・ソラーレ」にはその運を味方につける能力がある。
彼女たちの明るさが日本列島全体に広がることを祈りたい。

昨日は、スピードスケートのマススタートでまたまた思いもかけない出来事が起きた。
平昌で金メダルを獲得し連覇が期待された高木菜那。
準決勝でトップを走っていた高木だったが、ゴール直前の最終コーナーでまさかの転倒、連覇の夢はあっけなく消えてしまった。
高木菜那が転んだ最終コーナーは、団体パシュートで転倒した場所とまさに同じ。
「オリンピックの魔物」が二度までも高木菜那を飲み込んだのだ。
こんなことが本当にあるんだ、と私は信じられない思いでテレビを見つめた。
それでも、パシュートの後は号泣していた高木だが、今回は意外に冷静で、自分でも脚が限界に達していたことを感じていたんだと思う。

もう一組、とても印象に残ったのが、フィギュアスケートペアの三浦璃来、木原龍一組、通称「りくりゅう」ペアだ。
結果は7位だが、若い三浦を見守る木原の優しい眼差しがとても暖かく、すごくいいカップルだなと感じた。
確かに、メダルを競った中国やロシアのペアの方が、技の完成度やスピードで上ではあるが、ペアの親密度というか情愛のようなものでは日本チームの方が心を揺さぶるものがあったように感じる。
彼らがフリーで使った曲がとても印象的だったので調べてみると、なんと1970年代に活躍したアメリカのフォークシンガー、ショーン・フィリップスの「ウーマン」という曲だということがわかった。
YouTubeでショーン・フィリップスが歌っている動画を見つけ出し聞いてみると、やはり名曲である。
彼のことは全く知らなかったが、「1960年代のフォーク・ロック、1970年代のプログレッシヴ・ニューロックを作り上げた主要なミュージシャン」だそうで、あのエリック・クラプトンらにも影響を与えたミュージシャンだという。
そんな昔の名曲を掘り出して、情感豊かなプログラムに仕上げた「りくりゅう」ペアに拍手を送りたい。

日本のフィギュアは男女のシングルばかりが注目され、ペアやアイスダンスを志す若者は少なかったのだろうが、彼らの活躍によって今回ペア種目に注目が集まったことはとても素晴らしい偉業と言っていい。
日本人選手最高となる7位入賞を果たした二人が今後どこまで世界のレベルに近づいていくのかとても楽しみだ。

連日オリンピックから感動をもらい、人間の可能性や勇気を目の当たりにしてきた17日間だったが、その間に着々と戦争が忍び寄っていたことには驚かされる。
自らの要求を押し通すために武力に訴えることは、間違いなく大昔から人間が持っている一つの側面である。
歴史は常に、武力が強いものが作ってきた。
「勝てば官軍」、現在の国境線も所詮は過去の戦争の結果決められたものに過ぎない。
人権や民主主義などという価値観は所詮ごく最近登場したばかりだ。
戦後、曲がりなりにも平和が続いている日本では、軍事力などというのは過去の遺物のようにも感じてしまうが、江戸時代の庶民もきっとそうだったに違いない。
そんな天下泰平の時代も、ある日突然、数隻の黒船がやってきただけで簡単に打ち破られてしまうのだ。
昔と違って、宇宙から敵の動きを監視できる時代。
もう少し違った解決策はないものかと思ってしまうが、人間の本性というものはそう簡単には変わらないのだろう。
多くの矛盾を抱え批判にさらされるオリンピックだが、ウクライナ情勢の緊迫化を眺めるにつけ、クーベルタン男爵が「平和の祭典」としてのオリンピックを作った意味を改めて思いおこさざるを得ない。