中国の中で最も進化した街、それが香港のイメージだった。
しかし、それは間違いだと気づかされた。
深圳は、東から西へ急速に膨張している。
その中心に位置するのが、福田区。「深圳ライトショー」を見るために、私が何度も通った場所だ。目を見張るような超高層ビルが林立する。
2007年に、福田口岸という香港との第2の入り口が開設されてから、深圳の副都心として一気に発展した。
2015年には、広州から深圳北駅までつながっていた高速鉄道が福田駅まで延伸した。
そしてついに昨年9月、広州と香港をつなぐ広深港高鉄が完成。福田から香港は高速鉄道で14分で結ばれた。
福田の地下には、ピカピカでだだっ広い高速鉄道の駅が広がっていた。
しかし、今深圳で最も注目されているのは、福田区の西側に位置する南山区だ。
テンセントやDJI本社が移転した「深圳湾創業広場」をはじめ、深圳市や中国政府は南山区をハイテク基地として開発している。
私がたまたま訪れた海上世界というテーマパーク周辺も、新たな住宅開発や商業施設が開発されおしゃれな街並みが形成されつつあった。
中国の改革開放40周年にちなんだ展示が行われている同じ施設で・・・
日本のアニメ「ワンピース」の展覧会が開かれている。
そんな何でもありのエネルギーが、急速に変わりゆく町中にあふれているという印象を受けた。
こうした再開発エリアが南山区には無数に存在するのだ。
中国経済が減速し始める中で、こんなに大規模開発を続けていて大丈夫なのだろうかと、バブルを知る日本人としては心配になった。
一方、深圳の古くからの繁華街「老街」にも行ってみた。
夜だと多少きれいに見えるが、建物はかなり古い。
しかし街は賑わっていた。というか、若者たちであふれかえっていた。
日本で言えば、新宿や池袋といった感じ。東京でも超高層ビルが立ち並ぶ西新宿よりも猥雑な新宿駅の東側に人が集まるのと同じかもしれない。
老街のある羅湖区は、香港への出入り口として、福田区や南山区に先駆けて発展した。
1979年にできたばかりの深圳という若い街は、ここ羅湖区から福田区、そして南山区へと西に向かって急拡大していることが地下鉄に乗るだけで手に取るようにわかる。
ちなみに、深圳と言えば「キャッシュレス」で有名だ。屋台でも物乞いでも2次元バーコードでお金をもらうという話を日本でも聞くようになった。
実際に街中のポスターには必ず2次元バーコードが貼られている。中にはこんな2次元バーコードがメインというポスターもある。
地下鉄もSuikaやPASMOのようなカードではなくスマホをかざして改札を通るのが一般的だ。
ただ改札を通る前にスマホで行き先を指定して2次元バーコードを表示させておかないと通れないらしく、改札機の前で立ち往生している人も時々見かけた。
十分なお金さえ入れておけば、どこの駅で降りても料金を自動精算してくれる日本の交通カードの方がある意味便利かもとちょっと思った。
そういえば深圳の地下鉄でよく見かけたある看板が記憶に残った。
どうやら子供向けの英語学校の宣伝のようなのだが、中国とアメリカの間に日本がない。中国とアメリカで世界を二分しようと言った習近平さんの言葉をそのまま表したような図柄に見えてしまう。
私の考えすぎだろうか?
きっと、多くの中国人の意識の中には、米中で世界を二分するという論理はさほど違和感もなく受け入れられていたのだと思った。
それがここに来てにわかに高まった米中対立。深圳の行方にも大きな影を落としているのだろう。
さて話が脱線したが、2018年の大晦日、私は深圳から香港へと向かった。
東から西へと発展する深圳の街を西から東へ地下鉄で走り「羅湖口岸」という出入境検査場から香港に入る。これが最も一般的なルートであり、私もこのルートを辿ってみることにした。
ホテルをチェックインしてまずは地下鉄2号線で華強北駅から大剧院駅へ。
剧院とは劇場という意味らしい。
ここで1号線に乗り換えて、終点の羅湖駅へと向かう。
香港へのゲートウェイである羅湖地区には、広州方面に向かう鉄道の起点、深圳駅もある。
文字通りここから深圳は発展していった。
地上に出てみると、ガイドブックなどで有名な「羅湖商業城」があった。
深圳の歴史あるショッピングモールで、その物価の安さがかつて香港から買い物客を引き寄せた。ただ、福田区や南山区を見た後だと、その古さが目立つ。
香港から深圳に日帰り旅行に来て、羅湖や老街だけ見て帰ると深圳のイメージも随分古くさくなってしまうのだろう。
そして振り返ると中国風の建物。
ここが香港との“国境”、羅湖口岸の検査場だ。中国語では「罗湖」と書くので要注意だ。
中国人の出国審査は自動化が進んでいる。
しかし外国人である日本人は従来通り係官がいるレーンに並ぶ。ただ、中国人と香港人の数が圧倒的で外国人レーンは意外にスムーズだった。
同じ中国、一国二制度とはいえ、出国カードが必要なので、お忘れなく。
そして通貨も、中国元から香港ドルに変わる。
現在は、1中国元=1.10香港ドルといったレートのようだった。
出国審査が終わると通路の下に川が流れていた。これが深圳河。中国と香港の境界を流れる川だ。
深圳と香港を結ぶ羅湖橋。
中国が改革開放に踏み出した1978年以降、この橋を多くの人が行き来した。世界最も通過旅客数の多い国境の一つだという。
橋を渡ると今度は香港の入国審査が待っている。ここでも入国カードが必要だ。
ちょっと面倒臭い。
入国審査は、香港人、中国人、そして外国人に分かれる。
そして晴れて香港に入国。
ここまでに要した時間は、羅湖駅に到着してからおよそ30分だった。
ところが、実は香港側の方が大変だった。
香港市内に向かう鉄道の切符売り場に人があふれている。
中国を脱出すれば、香港は先進国なのでなんでも楽にことが運ぶだろうと勝手に思っていたが、それはまったくの間違いだった。
自販機は諦めて切符売り場の行列に並ぶ。行列は何重にも蛇行している。
「これは、時間がかかるな」と思っていたら、意外なほどスムーズに列が進む。列に並びながらガイドブックを眺める。年越しのカウントダウン花火は大変な人混みだろうから、香港の交通カード「オクトパスカード」を購入することに決めた。
オクトパスカードの代金は150香港ドル(約2480円)。このうち50ドルがデポジットだ。帰国の際に払い戻しができ、また香港に来る場合は半永久的に使えるそうだ。
窓口では追加の入金をしてくれないので、購入後オクトパスカード用の機械で100ドルをチャージしておいた。オクトパスカードは地下鉄やバス、船のほか、空港行きの列車にも使える便利なカードだ。まあ、日本の交通カードに近いので違和感なく使える。
香港MTR東鐡線の羅湖駅。深圳側と駅名は同じである。
オクトパスカードを改札機にかざしバーを押して入る。
香港の地下鉄は「MTR」と呼ばれ、案内板には漢字で「列車」と書いてある。地上を走る部分も多いからかもしれない。
中国だと「地鉄」、香港に入ると「列車」。そして中国の漢字は簡体、香港の漢字は繁体だ。漢字がわかる日本人としては香港の方が理解しやすいが、ちょっと不思議な気もする。
香港の列車は一等車と二等車に分かれているらしい。
たまたま一等車の乗り場の看板を見ると、ファーストクラスの切符を持っている客かオクトパス専用と英語で書いてあるのに気づいた。
「ひょっとすると、オクトパスカードを持っていると一等車に乗れるのか」と思った。
二等車乗り場に急ぐ多くの中国人を尻目に外国人たちが一等車に並んでいる。オクトパスカードにはこんなメリットもあるのかと思い私も一等車に並んだ。
しかし、世の中そんなに甘くない。
どうやら一等車に乗る前にホームの機械にオクトパスカードをタッチし緑のランプがつかなければならないらしい。この段階で二等車の倍の料金がカードから引かれることになるのだ。
それでも倍の料金を払うだけあって一等車は空いていて座れた。
実際に市内までの料金がいくらなのか、オクトパスだとよくわからなかった。
まあ、いいか。それほど高くはなさそうだ。
列車はしばらく農村風景の中を走る。
香港って、ビルばかりのイメージを持っていたが、新界と呼ばれる北方の地域は山がちな地形のようだ。
列車は30分以上かけて九龍塘駅に到着、ここで觀塘線に乗り換えて太子駅へ向かう。
深圳の真新しい車両を見た後だけに、香港の列車がボロく見えて仕方がない。
イギリスの地下鉄「チューブ」をそのまま導入したと思われる觀塘線の車両は、狭くて超満員だった。地下鉄は中国の方が香港よりも進んでいる。
車内でもみくちゃになりながら、太子駅に到着した。
今日は大晦日、みんな忙しそうに行き交っている。
地上に出る。
駅の周囲を見渡して、なんだか昔にタイムスリップしたような錯覚を覚える。
どのビルも古い。
30年ぶりに訪れた香港は、昔とほとんど変わっていないように見えた。
タクシーなど車も古い気がする。
深圳で日本よりも先進的な街を見てきた後だからか、本当に30年前にタイムスリップした妙な気分だ。
これが一人当たりのGDPで日本の上を行くアジアの先進国なのか?
もちろんこのエリアは香港の中でも比較的貧しい人が多いのだろう。それにしても、私の中の香港のイメージが崩れていくのを感じた。
1997年の香港返還前に多くの香港人が海外に亡命した。残った人たちも海外に資産を分散したと聞く。事実カナダのバンクーバーでは香港資本が建設した高級マンションが海岸沿いに立ち並んでいるのも見た。
一国二制度の終了後を睨んで、香港の人たちはもはや香港に投資していないのではないか?
そんな疑問を抱いた。
そんな香港で、巨額投資が行われている場所があった。
帰国の日、MTR東涌線の九龍駅に行った時のことだ。この駅には機場快線というエアポートエクスプレスが停車する。
そして私がこの駅に来た目的は、昨年ついに香港まで乗り入れた中国の高速鉄道の新駅を見ることだった。
中国版新幹線「高鉄」の乗り入れにより、香港は深圳や広州、さらには上海や北京とも鉄道でつながった。ジリジリと進む香港の中国化の一つのシンボルとも言える事業なのだ。
地上に上がると、そこは巨大なショッピングモールだった。
天井は高く、ピカピカ。「うわ、ここは中国だ」と思った。
通路が異常に広くて床は大理石。
通路に沿って世界のブランドショップが並ぶ。
地下鉄と高速鉄道の駅をつなぐ通路の脇には、まるで香港の人たちに見せつけるようにスケートリンクまで整備されている。
突然通路脇の窓から、香港島方面の視界が広がる。
香港島のビル群を望む一等地では何やら工事が進められていた。おそらくここに中国資本による巨大再開発が計画されているのだろう。
そして中国本土と同じ高速鉄道の巨大切符売り場が現れた。
ここが昨年9月23日に開業したばかりの香港西九龍駅である。
香港側の終着駅となるこの駅。広州南駅とはわずか1時間弱でつながった。
元旦の午前中ということもあるのか、利用客はそれほど多くはなかったが、中国当局が次第に本数を増やし、長距離列車を増やしていくであろうことは容易に想像がつく。
この駅には空港のような出国検査場がある。
そしてパスポートコントロールを終えた乗客たちが下の巨大なロビーで列車を待つ。
この待合室はもはや香港ではない。香港の中に入り込んだ中国領なのだ。
それにしても、香港のものは古くてごちゃごちゃしていて、中国のものは新しくて巨大というこの構図は、香港の人たち、特に若者たちの目にどんな風に映っているのだろうかと気になった。
深圳と香港。
この双子の都市を見比べてみることは、一国二制度の未来を考える上で示唆に富んでいるように感じた。
2004年春から2006年秋まで、深センに住んでいましたので、とても懐かしく読ませていただきました。福田、羅湖、香港、九龍、広州、すべていい思い出です。