🇦🇱アルバニア/ティラナ〜🇲🇪モンテネグロ/コトル 2024年10月25日
コトルという絶景の町があることを初めて知ったのは、偶然見たTBSの「世界遺産」だったと思う。
こんな綺麗な町があるんだとただただ感心し、いつか行ってみたいと思うようになった。
そのコトルがあるのはモンテネグロ。
これまた全くイメージの湧かない国である。
だから今回バルカン半島の旅行を計画するにあたり、真っ先に目的地の一つに加えたのがコトルだった。
アルバニアの首都ティラナからは6時間のバス旅となる。

ティラナからコトルに行くバスは1日1本しかないらしく、満席になると予定が狂うので、東京を出る前に「GetBy」というアプリから予約しておいた。
ティラナのバスターミナルを朝8時に出発する予定なので、急いで朝食を済ませ、7時15分にタクシーを呼んでもらった。
ところがその時間になってもタクシーが現れない。
前日コソボに行った時には時間前にやってきて20分でバスターミナルまで送り届けてくれたので、少し油断してしまった。
5分以上遅れてようやく来たタクシーに飛び乗ったのは7時20分すぎ、しかも前日の運転手とは違う道を選んで大渋滞にハマってしまった。
これは、ヤバい。
朝メシなど食わずにもっと早くホテルを出るべきだったと悔やむが後悔先に立たず。

この日はティラナの中心部で大規模抗議デモが予定されているので近づかないようにとの注意のメールも回って来ていて、通常よりも時間がかかるかもしれないのだ。
この運転手に任せていては8時に間に合わなくなると思い、慣れない街で道順を指図するという博打を打つことにした。
Googleマップを睨みつけ、少し大回りにはなるが、前日空いていた高速道路に向かうようにスマホを見せながら指示をする。
運転手は少し高くなってもいいならいいよてな感じで、私の要求を理解し、前日とは全く違う道を進んだ。
どうやら私がかなり焦っていることが伝わったようで、そこからはまさにレーサーのように他の車を押しのけわずかな隙間に突っ込んでいく。
高速に入ると制限速度など全くお構いなしに車の持てる全速力で走ってくれた。
おかげで朝のラッシュの影響を切り抜け、8時10分前になんとかターミナルに滑り込むことができたのだ。

ターミナルに着くとすでにコトル行きのバスが止まっている。
なんだかスタイリッシュな中型バスである。
運転手にトイレに行く時間があるかと確認して、急いで用を済ませ、ついでに余ったレクを使うため、売店で非常食となるお菓子を購入した。

バスは定刻に出発した。
前日のコソボ行きとは違い、外国人の観光客が目立つ。
さすがにコトルは、世界的な観光地である。
ティラナを完全に出るまで大渋滞が続き、その後もしばらくは2車線の高速道路だったけれど、途中からは片側1車線の道路をだらだらバスは進んでいく。

アルバニア北部はのどかな田園風景が続く。
運良く一番前の席が空いていたので、フロントグラス越しに景色がよく見えて飽きない。
やっぱりアルバニアは農業の国である。

走り始めて2時間、初めて大きな街に入った。
アルバニア北部の中心都市シュコダルである。
このあたりは中世まではセルビア人などが住んでいたが、オスマン帝国に奪われ、その後アルバニア人が移り住んだことから、度々アルバニアと隣国モンテネグロとの間で領有をめぐる争いが起きてきた。
この町でバスは一旦止まり、乗客が乗り降りする。

湖が見えてきた。
シュコダルはバルカン半島最大の湖シュコダル湖の南端に作られた町だが、モンテネグロとの国境はこの湖の突き出た角の先端のようなところに引かれていた。
この国境線も何度も書き換えられたらしい。

国境では一旦バスを降り、アルバニア側、モンテネグロ側のゲートでそれぞれパスポートのチェックを受ける。
しかしあくまで形式的なもので、荷物は完全ノーチェックだ。
こうしてめでたく106番目の訪問国モンテネグロに入国した。

モンテネグロに入っても、まだしばらく湖が続く。
シュコダル湖は広大な湿原を持ち、ヨーロッパ最大の鳥類保護区になっているそうだ。

湖が見えなくなると、ブドウ畑をよく見かけるようになる。
自分でブドウを育てていると、どうしてもブドウ畑に目がいってしまう。
日本ではほとんど知られていないが、モンテネグロのワインはそれなりに有名らしい。
モンテネグロとはイタリア語で「黒い山」という意味らしいが、アルバニアに近いエリアにはあまり山はない。
この辺りはアルバニア人が多く暮らす地域なのだ。

だらだらとした一本道が突然ビシッとした2車線の直線道路に変わったと思ったら、整然と並んだ団地が現れた。
モンテネグロの首都ポドゴリツァに入ったらしい。

この町は古い歴史を持つというが、オスマン帝国から解放された後に川の対岸に新たな整然とした街区を作ったこと、第二次大戦で徹底的に破壊されたこと、さらにユーゴスラビア時代に社会主義的な街づくりが徹底されたことから、旅行者には魅力のない近代都市になってしまったという。
人工的に作られた街というのはどうしてこんなにも面白みに欠けるのだろう。

バスは町はずれにあるバスターミナルに停車し、再び乗客を乗り降りさせた。
私は0.50ユーロ払ってトイレに行った。
モンテネグロはEU加盟国ではないが、通貨はユーロを使っている。
それにしても、ポドゴリツァという都市名はなんとかならないか。
日本人には覚えにくくて、このブログを書く時にも改めて調べ直さなければならなかった。

ポドゴリツァを出ると急に上り坂が続き、山道に入った。
見渡す限り、石灰岩でできた岩山ばかり。
民家はほとんど見かけなくなった。
なんでも、モンテネグロは国土の大半がこうした山岳地帯なのだそうだ。

逆光でこの山並みを見ると、確かに黒く見えなくもない。
これがモンテネグロ、「黒い山」の由来だろうか?
昔の船乗りが逆光でこうした岩山を海から見上げたのかもしれない。

ずっと無人の山道が続いたが、久しぶりに小さな集落に出会った。
ここは窪地になっていて、狭いながらも土があるのだ。
岩ばかりで耕作に向かないこの土地で多少なりとも畑が作れる場所には人が住みついたということだろう。

ティラナを出発してそろそろ5時間。
単調な山道にも飽きてきたなと思い始めた時に、突然眼下に海が広がった。
アドリア海である。
とはいえ、海岸線は遙かに下にあり、私たちがどれほど標高の高い場所を走っていたかを認識させられる。

バスはここから九十九折りの急坂を下っていく。
ちょっと熱海や六甲あたりの景色に似ている気もするが、高低差はとても比較にならない。
バスの運転手は何度も何度もハンドルをきって、地上に舞い降りていった。

山を下りきった所にあったのは、ブドヴァというモンテネグロ有数のリゾート地。
大規模なホテルやリゾートマンションが林立し、テニスのジョコビッチ選手が貸切で結婚式をあげたことでも注目されたセレブ御用達のプライベート「スベティ•ステファン島」もこの街の郊外にある。
山から降りる時にはとても感動したが、街に入るとなんだか世俗的なリゾートで私の好みではなかった。
バスはこの町でも観光客を降ろし、いよいよ終点コトルを目指す。

山ばかりなのになぜかトンネルが少ないこの国で、バスはトンネルに吸い込まれていった。
それはまるで、川端康成の「雪国」のように、トンネルを抜けるとそこは世界遺産の街コトルだったのである。

角を曲がると、ビルの向かうからすごい山が現れた。
これぞ、コトルの絶景を支える山々である。

こうして、ティラナ出発から5時間45分、午後2時前にモンテネグロでの滞在先コトルのバスターミナルに到着したのだ。
東京から岡山に行く際も3時間あまりの新幹線がかったるくて、いつも飛行機を使う私だが、やはり全く知らない土地を走るのは、この先にどんな景色が待っているかわからないので、全く飽きることはなかった。

バスターミナルで次の目的地であるクロアチアのドブロブニクまでのチケットを買っておく。
2日後の朝8時半のバスである。

コトルのありがたいのは、バスターミナルが宿がある旧市街に近いことだ。
歩いても10分あまり。
海と山に囲まれて、気分はハイになり、写真を撮りまくりの10分のお散歩だ。
先ほど通ったブドヴァに比べると賑やかさはないけれど、私はもうこの段階からコトルの虜になってしまった。
「世界遺産」でコトルを知った時から、ここに来る運命だったんだと思う。
ちなみに、ティラナからコトルまでのバス代は34.90€だった。