一枚の写真の力は強いと思う。
今回ポーランドに行くことにしてガイドブックを見るまで、私はヴィエリチカを知らなかった。しかし、「シャンデリアが輝く地下洞窟」を写した写真を見て、ぜひそこに行ってみたいと思ったのだ。

「ヴィエリチカ岩塩坑」はポーランドの古都クラクフの南東15キロにある。13世紀から1950年代まで稼働していた世界有数の規模を誇る岩塩採掘場だ。
1978年、ガラパゴス諸島やイエローストーンなどとともに最初の世界遺産に登録された。

アウシュヴィッツを訪れた翌日、8月17日の朝5時50分。
クラクフの宿から見た朝日だ。この日も早朝に出発する。

この日、ポーランドを発つ。まとめた荷物は部屋に残し、小さなリュックひとつで出かけた。チェックアウト時間の12時までには戻ってこなければならない。

クラクフからヴィエリチカまでは列車で移動する。
早朝のクラクフ中央駅は人影もまばら。切符は前日、切符売り場に並んで買った。2人で7ズウォティ(約210円)。安い。

しかし、時刻表に表示されているホームに行っても列車はいない。それどころか、ホームには別の列車番号が表示されている。どうなってるんだ?
たまたまホームにいた人に切符を見せながら英語で聞いてみた。彼は英語はまったく通じないようだが、私たちの切符を見て「ついてこい」と言う。彼は時刻表の前までわざわざ戻って、私たちがいたホームで間違いない的なことをポーランド語で教えてくれた。親切な奴だ。
私たちは早く駅に行き過ぎたようだ。出発時刻の10分ほど前になってようやく私たちが乗る列車番号が表示された。ヴィエリチカ行きの列車。終点なので乗り過ごす心配はない。

車両は新しくおしゃれ。
駅に改札はなく、車掌が車内で切符をチェックする。無賃乗車やキセルも簡単そうだ。

途中駅でゆっくり停車しながら30分足らずで終着駅ヴィエリチカに到着した。終点なのに無人駅だ。

前日、切符売り場で往復切符を買おうとしたら「片道だけ」と言われたので、帰りの切符はヴィエリチカで買おうと思っていたが、切符売り場がない。
まあ、何とかなるだろう。

駅を出て歩いているとこんな看板が・・・。「これって、どっちに行けばいいの?」
キョロキョロすると駅前駐車場の入り口におじさんがいた。
「どっちへ・・・」と言いかけた瞬間、おじさんは右の方を指差す。指差すというよりも、「あっち、あっち」と鬱陶しそうに手で指示する。1日に何回も同じ質問を受けるのだろう。この看板、もう少し親切でもいいと思う。

歩いて少し行くと岩塩坑の入り口に着いた。朝8時前、まだ人は少ない。

これが紋章。鉱山というよりも、まるでワイナリーだ。

岩塩坑には、ガイドツアーでしか入れない。残念ながら日本語はない。英語のガイドツアーは30分に1回で、私たちはタッチの差で8時のツアーに間に合わなかった。30分またなければならない。料金は2人で178ズウォティ(約6000円)と結構高い。

タバコや動物はもちろん、ここでも大きな荷物は持ち込み禁止。事前に預けなければならない。気温は常時14−16℃、長袖シャツは必要だ。ただ、水が漏れている場所はないので、レインウェアは不要で、ずっと歩くので必要以上の防寒着は必要ない。
ツアーは2種類ある。一般的なTourist Routeと坑員気分が味わえるMinor’s Route。私たちが選んだ一般的なルートでも相当歩くので、普通の観光客はこちらで十分だろう。
お昼までに宿に戻らないといけない私たちはちょっと焦った。ツアーは最低でも2時間かかり途中で外に出られないというのだ。途中、博物館に寄るフルコースだと3時間かかる。途中で出られない理由は穴に入るとわかる。時間のない人は注意だ。

ツアーがスタートする。いきなり下り階段が続く。
これがすごい。永久に終わらないのではと思うほど、降り続くのだ。一緒のツアーに日本人の若い女性たちがいたのだが、「ありえない。こんな下りがあるってあらかじめ教えといてよ」と最初から文句全開だ。確かに想像を上回る下り階段なので、覚悟した方がいい。

階段を下り切ると坑道が続いていた。壁や天井は丸太で補強されていて床もきれいに整地されている。災害の拡大を防ぐための扉がいくつもあり、ガイドについてグループでぞろぞろと進む。坑道は全体的に暗い。写真がぶれる。

地下1階、深さ63.8m地点に木製の仕掛けがある。地下3階(深さ135m)から塩を上に運び上げるための装置だという。

「The Nicholas Copernicus Chamber」(地下1階、深さ64.4m)
ポーランドの有名な天文学者コペルニクスの名がつけられたこの部屋には、彼の生誕500年を記念して作られた天文学者の像が置かれている。
このように、坑道にはいくつもの部屋が掘られ、ヴィエリチカで働く坑夫たちが岩塩を削って作った様々な彫像も坑道の随所に見ることができる。

「The Janowice Chamber」(地下1階、深さ63.8m)
この部屋には、ヴィエリチカ岩塩坑発見にまつわる伝説が描かれている。ハンガリー王の娘だったキンガ姫がこの岩塩坑を「発見」したとされる。ウィキペディアによれば、それはこんなストーリーだ。
『キンガは若いころ一生を祈りと慈善活動にささげる決心をしていた。ポーランド王との婚約が決まったとき、気乗りがしなかったキンガはハンガリー王国マラムレシュの岩塩坑の中に婚約指輪を放り投げて捨ててしまった。しかし結婚は両国の政治によって成立し、キンガはポーランドへ移ることとなった。
彼女がポーランドへ嫁いでから10年ほどしたある日のこと、首都クラクフ郊外の、当時はごく小さな岩塩の採掘所のあったヴィエリチカ村より「たいへんりっぱな指輪が見つかった。これは王室の女性のものに違いない。」という一報が入った。
当時のポーランドは岩塩の輸入国で、その輸入元は主にハンガリー王国であった。そのハンガリーから運ばれてきた岩塩はヴィエリチカにある倉庫に貯蔵されていた。 その指輪は以前キンガ自身が捨てた指輪そのものだったのだ。
これを単なる偶然ではありえないと信じたポーランド王室は、国のプロジェクトとして本格的にヴィエリチカの地中を掘り進んでみた。すると、途方もない規模の岩塩床が見つかったのである。』

こうしてキンガ姫はヴィエリチカの伝説となった。
さらに、坑道を進む。

坑道には所々、塩水が染み出し結晶化したところがある。

ここはびっしりと塩がついている。舐めると塩辛く、子供達には人気のスポットだ。

「The Sielec Chamber」(地下1階、深さ64.5m)
ここには塩の運び出しに使われた道具が展示されている。最初は人間が運んでいたが、次第に馬も使われるようになった。

「The Casimir The Great Chamber」(地下1階、深さ63.3m)
この部屋はとても大きい。ここに王様の像が置かれている。この像、緑色の岩塩でできている。カシミール大王は1368年、ここヴィエリチカ岩塩坑のルールを作った王様だ。
当時塩はとても高価だった。調味料としてだけでなく、食料の保存のために不可欠だった。そのルールが作られて600年を記念して1968年に大王の像がここに置かれた。

地下2階へと階段で降りる。まるでテーマパークだ。

塩水を汲み出す装置。20世紀の初めに使われていたものだ。

といを伝って塩水が集まってくる。舐めると、ものすごく塩辛い。私が舐めたのを見て、子供たちが真似をした。「辛い、辛い」と大騒ぎだ。

「The Holy Cross Chapel」(地下2階、深さ91m)
坑道の中にはチャペルもある。木製のキリスト像が置かれている。

そして、ついにツーリストルートのハイライト「聖キンガ礼拝堂」に到着した。入り口からの距離はおよそ900メートルだ。

「St. Kinga’s Chapel」(地下2階、深さ91.6m(上部)〜101.4m(下部))
1896年、巨大な緑岩塩の塊を掘り出した後の空洞に作られた。縦54m、横18m、高さ12mの豪華な地下礼拝堂。これこそ私が写真で見た場所だ。
これはやはりすごい。

礼拝堂の上から眺めたら、階段で床面に降りる。多くのツアーがここで合流し礼拝堂は人で溢れる。ここでは自由時間が与えられ、ゆっくりと不思議な空間を味わうことができる。

礼拝堂の正面には祭壇がある。すべて岩塩で作られた塩の祭壇だ。
頭上に輝くシャンデリアも岩塩で作られていると聞くと、耳を疑わざるを得ない。

祀られているのは「聖キンガ像」。ここヴィエリチカ岩塩坑を発見した伝説の王妃キンガは、生涯を通じて貧者を助け慈善活動に身を捧げ、最後は王室を離れて修道女になった。
死後、1690年にローマ教皇により「福者」に列せられたキンガは、ポーランド・リトアニアの守護聖人となった。そして、1999年にはポーランド出身のローマ教皇ヨハネ・パウロ2世により「聖人」と認めら、正式に「聖キンガ」となったのだ。

祭壇の左手にはゴルゴダの丘で十字架に架けられたキリストの像。

レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」も岩塩の壁に彫られた。


聖母マリアもいくつも刻まれた。

礼拝堂に次々に別のツアー客が入ってくる。
この光景、ちょっと「ハリー・ポッター」の世界にも見える。
そして礼拝堂の出口近くには・・・

ポーランド出身のローマ法王ヨハネ・パウロ2世の像。もちろん岩塩で彫られている。
この彫像は1999年に作られた。ヴィエリチカは長い年月をかけて少しずつ変わり続けている。ポーランドの歴史とキリスト教信仰が凝縮された空間なのだ。
聖キンガ礼拝堂を出て先に進むと地底湖が現れる。

「The Erazm Baracz Chamber」(地下2階、深さ100.4m)
20世紀初めの鉱山長官の名前がつけられたこの部屋には、深さ9メートル、人工の塩湖がある。1リットルの水に320グラムの塩が溶けた濃度の濃い塩水で満たされている。
ヴィエリチカでは今も地下の湧き水を利用して塩が作られ、食卓塩、バスソルト、工業用などに使われている。

「The Michalowice Chamber」(地下2階、深さ108.8m)
この部屋は垂直に伸びた岩塩層を掘り出すために築かれた。昔、塩は金と同じ価格で取引されたという。人間の欲望が巨大な木製の構造物を地下に作り上げたのだ。

最初の地底湖を抜けると、唐突に土産物屋が出現した。飲み物なども売られていて、休憩スペースになっている。

岩塩のお土産も売られていて、私たちも小さな食卓用の塩を記念に買った。9.5スウォティ(約300円)だった。

「The Weimar Chamber」(地下2階、深さ110m)
ツーリストルートにある3つの塩湖の2つ目がこの部屋にある。観光客用のテラスが湖面の上にせり出し、龍のように壁沿いに作られた階段がライトアップで演出される。水は光線を浴びて緑色に光る。

「The Jozef Pilsudski Chamber」(地下2−3階、深さ120.1〜130.9m)
ツーリストルート最後の人工湖だ。まるでどこか老舗の銭湯か温泉に来た感じがする。白い骨組みが頭上高くまで伸びる。

第一次大戦でポーランド軍を組織した司令官の名前がつけられたこの部屋は、1830年代にオーストリア人が観光ルートとして2つの部屋の間にトンネルを作ったのが始まりらしい。岩塩を掘り出した後の地下空間は19世紀から観光客を受け入れていたと聞き、ちょっと驚く。

ガイドツアーはここまでで終了。入り口からの距離は1650メートルだった。
ここで解散だという。土産物屋があり、併設の博物館へもここからリフトで行けるらしい。
時間は10時10分。入場してからすでに1時間40分が経っている。私たちは時間がないので、このまま迷わずに出口に向かう。

解散場所からも坑道は延々と続き、途中こんな食堂もある。

さらにシネコンの入り口のような場所で待たされた。
ツアー客と個人客に分けられ。後でわかったことだが、私たちは地下125メートルの地点にいて外に出るためにはエレベーターを待たなければならないのだ。
私たちは10時半までには駅に行こうと思っていた。これは間に合いそうにない。焦る。

ここからまた坑道を歩く。
「おいおい、さっきの場所にエレベーターがあるんじゃないのかい」
グループをかき分け足早に歩く。

エレベーターは、地下の秘密基地のようだった。上下2段に分かれている。東京タワーのエレベーターと同じだ。

エレベーターは観光用と思えないほど小さい。明らかに鉱山用のエレベーターだ。
岩塩坑が営業していた1950年代のものとは思えないので、演出としてこうしたエレベーターを設置したのだろう。確かに坑夫気分は味わえる。

中は真っ暗。7人乗るとぎゅうぎゅう詰めだ。

想像した以上に、地下のテーマパークだった。
そして想像した以上に歩く。子供づれもいたが、子供達には微妙かもしれない。

外に出ると、10時40分。2時間前と比べると多くの観光客が集まっていた。

駅に向かう途中の土産物屋も開店し、すっかり観光地の風情になっている。

駅に着くと、ちょうど列車が入って来た。10時50分。どうやらチェックアウトには間に合いそうだ。
帰りの切符は車掌から買う。各駅に人を置くよりこの方が効率的ではある。

こうして、バタバタと訪れた世界遺産「ヴィエリチカ岩塩坑」。
クラクフを朝7時に出て、11時半に戻って来た。クラクフで5時間あれば、ぜひ足を延ばしてもらいたい不思議な空間だ。
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<参考情報>
私がよく利用する予約サイトのリンクを貼っておきます。