11月は収穫の季節である。
11日に飛行機で岡山入り。
南アルプスの山々にはうっすらと雪が降り積もっていた。
暑かった今年の夏もだいぶ遠くなり、短い秋がやってくる。
まず手始めに取り掛かったのは、裏庭にある御所柿の収穫。
小粒でタネも多いため、個人的にはあまり好きではないが、なぜか私の母はこの御所柿が好きだというので、高枝バサミで片っ端から実を摘み取って、その半分程度を母の家に持って行った。
収穫した後は、妻に促されるままに枝の剪定。
柿の実や葉っぱが屋根に落ちて掃除が大変だというので、太い枝からかなりバッサリと切り落とす。
続いては、ブドウ畑とお墓の周囲にある富有柿の収穫だ。
こちらは実が大きくてタネも少なく、人にあげても喜ばれる。
納屋はたちまち柿だらけ。
雑巾で拭くと柿はピカピカになってスーパーで売っている柿と比べても遜色ない。
ブドウと違ってほどんど手がかからないので、私のような二拠点生活者にとって柿は優等生と言っていい。
磨いた柿の実を箱詰めにして、子供たちや友人に送る。
それでもたくさんの柿が手元に残るため、自分たちで食べる分を除いた残りは全てフードバンクに寄付することにした。
一方、畑の方では里芋が収穫時期を迎えている。
とにかく水やりが大事な里芋だが、我が家には「灌水」と呼ばれる農業用の水道がないため、家からタンクで運ぶ水だけでは十分に大きくならなかった。
それでも小さいながら、20個ほどの里芋が収穫できた。
妻が料理してくれて食べてみると、ねっとりとして味は悪くない。
生姜も11月が収穫の時期だ。
こちらも満足に雑草取りをしなかったため、栄養を奪われ十分に生育したとは言い難いが、それでもある程度は新生姜ができていた。
里芋も生姜も、私にとってはまだ難易度が高い。
来年はもっと水やりをして雑草も定期的にとって世話をしてやろうと思う。
サツマイモは今年もやられてしまった。
苗を植えつけて順調に育っていたところをイノシシに掘り返され、瀕死の状態になったサツマイモの蔓をダメ元で土に植え直していたところ、サツマイモもなかなかしぶとくて小さいながら多少の芋を実らせた。
とても満足のいく出来とは言い難いものの、あの最悪の状態から考えると土の中から芋が現れた時には「やった!」と声を出して叫びたくなった。
土の状態もまだ粘度質で、サツマイモ栽培には適さない。
それでも採れた芋のうち比較的大きくて形がいいものは子供たちに送り、出来の悪い芋は自分たちで工夫して食べることにした。
細いサツマイモも蒸して塩をつけて食べると、とても美味しい。
しっとりした大きな芋よりも、個人的には貧相なサツマイモが好きだ。
そのほか、柚子を収穫して柚子ジャムを作ったり・・・
新たな畝を作ってタマネギの苗を植えたり・・・
雨でぬかるんだ畑でイノシシが泥浴びした跡をスコップで整えて水路を直したり・・・
近所の人に貸した田んぼの状況を確認に行ったり・・・
庭や畑で咲いていた花をブーケにして母にプレゼントしたり・・・
来年のためにチューリップの球根を植えたり、ミモザなどの庭木を剪定したり。
まあ、10日足らずの滞在中、あれやこれややることの多い11月だった。
そんな慌ただしかった今回の岡山滞在中でメインイベントといえば、畑に農業用水を引くための工事だろう。
この通称「灌水」の引き込み工事は私の予想以上に大掛かりなもので、畑に接する道路を通行止めにして、15日の朝9時に始まりほぼ丸一日かかった。
まず最初に、本管が通る道路のアスファルトを切断。
ユンボを使って、慎重に穴を掘っていく。
ある程度の深さまで掘ったところで、残りは管を傷つけないよう人力で掘り進める。
ようやく本管が姿を現したのは10時半。
作業開始からすでに1時間半が経過していた。
掘り出した本管をノコギリで切断すると、濁った水が穴の中に吹き出した。
大量の水が流れ込まないようこのエリアの元栓を閉めてから工事を始めているのだが、それでも結構な量の水が管の中には残っていてそれが漏れ出しているのだ。
ポンプを使って穴に溜まった水を排水したうえで、水を分岐するためのジョイント金具を取り付け。
これで私の畑に水を送るパイプの設置が可能になった。
土の深さに合わせてパイプを立ち上げ・・・
ダンプで土砂と投入。
掘った穴を埋めていく。
立ち上げたパイプに蛇口をつなぎ、マンホールの蓋のようなものを設置して我が家の「灌水」設置が完了した。
蓋を開けると、中はこんな感じ。
レバーを緩めると、ホースを通って水が流れ出した。
最後に工事ために穴を開けた箇所にアスファルトを打ち直して作業終了。
終了時刻は午後4時半、作業開始から7時間半ほどかかったことになる。
それにしても、最近のアスファルトはこんな短時間で固まるのかと、私が一番驚いたのはその点だった。
この灌水の蛇口だが、冬の寒さで中の水が凍って亀裂ができることがあるというので、アドバイスに従い古い毛布で保温をして一冬過ごすことにした。
水が使用できるのは来年の4月から。
夏の水運びがこれで楽になるはずだ。
こうして慌ただしい11月を過ごした最後に、ちょっとだけ紅葉見物に出かけた。
訪れたのは岡山県南東部にある特別史跡「閑谷学校」。
江戸時代のはじめ、備前藩藩主の池田光政によって開設された日本最古と言われる庶民のための学校である。
備前焼の瓦で屋根を葺いたこの本堂は国宝に指定され、寄宿舎に寝泊まりした子供たちがここで主に儒教などを学んだ。
私も小学生の時、学校の遠足でここを訪れ、本堂でその一節を習った記憶がある。
今ではすっかり物忘れがひどくなった私ではあるが、子供の頃の記憶力というものは凄まじいもので、『身体髪膚、之を父母に受く』というその時に教わった言葉は今も記憶の底に残っているのだ。
11月半ばではまだ周囲の山々の紅葉は始まったばかりだったけれど、庭に植えられた2本の大木が見事な色に染まっていた。
これは「櫂(かい)」という樹木だそうで、大正時代、中国にある孔子の霊廟から種を譲り受け、閑谷学校の庭に植えたのだという。
高市総理の発言をきっかけに、日中関係がギクシャクしているけれど、いたずらに騒ぎ立ててもお互い得はなく、地政学的に離れることのできない腐れ縁と割り切って長い目でお付き合いをしていくしかないとこの木は教えてくれているように感じた。
私もあと何年、畑仕事ができるかわからないが、まあ気長に焦らずボチボチ続けていければと思っている。
