今日の東京は、10月半ばだというのに最高気温が30度を超え、観測史上最も遅い真夏日を記録した。
とにかく暑い夏が続いたせいもあって、ブログの更新も滞りがちになっている。
22日からヨーロッパへの旅行に出かけるのを前に、今月岡山で行った農作業についてまとめておきたいと思う。

10月は、キンモクセイの花が咲く季節である。
我が家の庭にも1本のキンモクセイがあるのだが、去年まではこの時期に岡山に来ることがなかったので、今年初めて花が咲いているところを目撃した。

ミカン色の小さな花が咲くのだが、やはりキンモクセイの持ち味といえばその甘い香りである。
蕾が開きかける頃から、庭に出ると香水のような香りが鼻をつくようになった。
いずれにせよ、キンモクセイが咲く庭を見れたのが今年の大きな収穫だった。

今月、岡山に行ったのは7日から15日まで。
到着した日は雨だった。
レインコートを着て畑をひと回りすると、お墓の脇に植えられた若い西条柿の木が色づき始めているのを見つけた。
熟した実はすでに何者かに齧られている。

まだちょっと早いかなと思いつつ、手の届く実を全部摘み取って家に持ち帰った。

妻に見せると、干し柿好きな妻は早速西条柿の皮を剥き、干し柿づくりを始めた。
熟してしまうと干し柿には向かないので、このぐらいがちょうどいい。
皮をむいた柿を10秒ほど熱湯に潜らせ殺菌してからヒモに引っ掛けていく。

翌日は朝から晴天に恵まれた。
干し柿づくりには何よりも太陽が重要である。

早速、柿をぶら下げたヒモを外に干す。
柿の鮮やかなオレンジ色がとても美しい。
妻と違って私は干し柿が好物ということではないが、軒先に柿がぶら下がっている光景を見るのはいいものである。

それから数日経って、東京に戻る直前に残った西条柿を全て収穫する。
裏庭にある古い西条柿の木は、高くなりすぎてどうにもならないので、シルバー人材センターにお願いして3分の2ほどの高さに切ってもらったものだ。
それでも三脚と高枝鋏がなければ収穫することはできない。

三脚を柿の木に縛りつけた上で、電動の高枝チェーンソーを使って、実のなっている枝を根元から切り落とす。
もちろん落下した際に割れてしまう実もあるが、こうして収穫のタイミングで剪定しておかないと、また伸びすぎて手が届かなくなってしまうのだ。

こうして収穫した西条柿だが、これを全部干し柿にするのも面倒だし、そもそも我が家にそれほどのニーズはない。
ということで、義父の法事で岡山に集まった親族に少し分けて、一部を東京に持ち帰って妻がマンションで再び干し柿づくりをすることに。

そして、余った西条柿は袋に詰めて全部フードバンクに寄付することにした。
「渋柿って寄付できますかね?」
とあらかじめ電話で尋ねると、「きっと喜ばれる方は大勢いらっしゃると思いますよ」と言われた。
こんな放ったらかしの渋柿でも喜んでくれる人がいるのなら、世の中には無駄に捨てられているものがきっと想像以上にあるに違いない。
そんなことを思う。

10月は秋祭りの季節でもある。
岡山では10月12日の週末に各地の集落で小さなお祭りが行われ、うちの集落では以前から我が家の庭先に竹の飾りを立てることになっている。
お祭りの当日には子供神輿がこの竹飾りの前で「わっしょいわっしょい」と気勢をあげるのだ。

秋祭りは基本的にその年の収穫を神に感謝するもので、稲作文化の一部なのだろう。
我が家では米づくりは行なっていないものの、10月になってもナスやパプリカ、シシトウなどはまだたくさん収穫できた。
これも季節外れの暑さのせいなんだろうが、とにかく大豊作だった。

一方で、サツマイモなどはどうやら少し遅れ気味のようだ。
野菜作りの本によれば、10月はサツマイモや里芋、生姜などの収穫が始まる時期なのだが、試しに我が家の畑を掘ってみるとまだ十分な大きさに育ってはいなかった。

植え付け直後にイノシシに荒らされたサツマイモの畑は、その後自力で再生していたが、一部掘ってみても、ちゃんとしたサツマイモはできてはいなかった。
これが暑さのせいなのか、イノシシのせいなのかはわからない。
ただ、サツマイモも生きるために葉を維持するだけで精一杯で、とても芋を作る余力がなかったように見える。

今年初めて手がけた里芋は、日照り続きの夏にやられて大きく育たず、雑草まみれ。
周辺のプロ農家さんの育てる里芋とは葉の勢いが全然違う。
里芋はとにかく水分を好むというので、夏場せっせと水を運んで毎日水やりをしたが、そんな程度ではまさに焼け石に水だったようだ。

一番育ちの悪い株を試しに掘ってみると、根のまわりにお店ではお目にかからないような小さな里芋がたくさんできていた。
このまま地中に置いておけばもう少しは大きくなったかもしれないが、葉っぱが枯れてしまっては、地中の芋も早晩ダメになってしまうかもしれない。

妻は、その小さな里芋を見て、「こんなのダメ」とは言わずに皮を剥き始めた。
サイズはものすごく小さいものの、見た目はちゃんと里芋である。

その日の夜は、豚肉とニンジンを加えて、里芋の煮物。
見た目はあまり良くないが、小さな里芋は中までしっとりと柔らかかった。
妻は一口食べて、「お店の里芋より美味しい」と言った。
お世辞半分だが、事実その小さな里芋は本当に美味しかったのである。

生姜も1本試しに掘ってみたが、柔らかい新生姜ができてはいるものの、まだサイズは小さかった。
サツマイモも、里芋も、生姜も、旅行から戻ってから11月に収穫することにして、もうしばらく成長を促すことにする。
果たして少しは大きく育つのか、それとも収穫時期を逸して腐らせてしまうのか?
それは掘り出してからのお楽しみである。

その一方で、納屋で保管していたジャガイモから一斉に芽が出初めていた。
さすがに、これ以上食用には向かないだろうと判断して、芽の出たジャガイモを畑に植えてみることにした。

堆肥も肥料も入れず、ただ耕しただけの畑に芽の出たジャガイモを適当に植えていく。
ジャガイモの秋植えは9月なので、ちょっと時期的に遅すぎるとも思うが、今年は平年よりも季節の進み方が遅いため、ひょっとすると中には育ってくれる奴もいるかもしれない。
もしも少しでも新たな芋ができれば儲けものという程度の考えである。

あとは、いつものように伸びた雑草を借り、来月植えるタマネギの苗のために畑づくりをした。
こうして少しずつ雑草だらけの耕作放棄地が畑に変わっていくのを見るのは気持ちのいいものだ。
でも、いつまで私に畑仕事ができるかはわからない。
無理をせず、自分のペースで楽しみながら、できるところまでもう少し頑張ってみよう。
今はそんな風に思っているのだが・・・。