🇯🇵 青森県/青森市 2026年10月16日〜17日
毎年恒例となっている大学時代の仲間たちと旧交を温める秋の旅行、今年の目的地は青森県だ。
昨年、兵庫県を旅しながら次の目的地を決める際、議論が紛糾してなかなか決まらず、最後の決め手となったのが「酸ヶ湯」だった。
酸ヶ湯といえば、日本一の豪雪地帯として雪の季節になると度々ニュースでもその名を聞く、あの名湯。
私もかつて奥入瀬渓谷に行く途中で立ち寄ったことはあるが、そこに宿泊するのは今回が初めてである。
午前10時、新青森駅。
ここで、酸ヶ湯からの送迎バスに乗れるというので行ってみると、なんと大型の観光バスが待っていた。
一軒の温泉宿なので、普通のマイクロバスを勝手に想像していたため、一同少し驚く。
我々のグループ12名のほか数人が乗り込んで新青森駅を出発したバスは、途中、青森市内で従業員と思われる人たちをピックアップしながら南下、一路八甲田山に向かう。
市街地を抜けると徐々に上り坂となり、次第に斜度を上げていく。
駅を出発しておよそ40分、だらだらと蛇行する坂道を進んだバスは突然高原状の開けた場所に出た。
朝から降り続いていた雨もこの頃には止んで、八甲田の山並みもはっきりと見えてくる。
さらに高度を上げ、山深く分け入っていくと、道の左右を覆う木々や徐々に色づき始め、正面に見える山肌に沿って紅葉のグラデーションが目に飛び込んでくる。
いくら本州最北端の青森県とはいえ、10月半ばでは、地上付近の紅葉はまだ始まっていない。
しかし、こうして山を登れば、一足早く今年初めての紅葉を拝むことができるのだ。
駅を出発して1時間あまり。
私たちが到着したのは酸ヶ湯ではなく、同じ系列である「八甲田ホテル」だった。
このホテルは、バブル真っ只中の1991年に開業した日本最大級の洋風木造ログホテルで、とても重厚なエントランスが私たちを迎えてくれた。
ロビーも山小屋風で、天井からは少しレトロなシャンデリアがぶら下がっている。
今回の旅行を計画する段階では、宿泊先を酸ヶ湯温泉の本館にするかそれとも高級感のあるここ「八甲田ホテル」にするかでメンバーの意見が分かれ、結局折衷案として、値段の安い「酸ヶ湯温泉旅館」に泊まる代わりに、その前に「八甲田ホテル」に立ち寄り、ランチと入浴を体験するということで落ち着いたのだ。
八甲田ホテルは、日帰り入浴だけの利用はできないが、ランチとセットになったプランが用意されている。
到着直後の11時半、メインダイニングの扉が開き、うるさそうな連中と思われたせいか私たちが最初に中に案内された。
スイスのシャレーを思わせるダイニングルームの中央には、私たちが腰掛ける12名用のテーブルが既に用意されている。
私たちのほかは、概ねカップルや少人数のグループのようで、この日のランチでは私たちが一番の大口客ということらしい。
用意されたランチコースは、魚の前菜に始まり、すごく甘いカボチャのスープ、メインの肉料理とサラダ、〆のデザートとコーヒーまで。
さらにワインも開けたので、入浴料を含めて確か一人およそ7000円ほど支払った気がする。
昼からなかなか豪勢なご馳走である。
食事の後は、早速お風呂に向かう。
八甲田ホテルの温泉は、酸ヶ湯とは泉質が全く異なり濁りが少ない。
大きく開放的なサッシの向こうには八甲田のブナ林が広がり、高級なリゾートホテルの佇まいだ。
とはいえ、この手のお風呂は全国各地にたくさんあるので、私を含めてみんなさほど感激した様子はない。
入浴後は少しホテルの周辺を歩く。
この辺りの標高は900メートルほどで、ちょうど紅葉は今が見頃といった感じである。
よく見ると、ここより上の木々はすでに落葉しているようにも見え、わずかな標高の差や樹種によって色づくタイミングがかなり異なることがわかる。
逆にいえば、山頂から始まった紅葉が平野部に達するまで八甲田山ではかなり長い期間、紅葉が楽しめるということである。
ご丁寧に、幹事役の友人は八甲田山のドライブツアーも用意してくれたらしく、散歩の途中、「すぐに戻れ」とスマホに連絡が来た。
ツアーは八甲田ホテルを出発して、八甲田山系をひと回りして「酸ヶ湯温泉旅館」まで連れて行ってくれるというもの。
料金は一人7000円と結構高額で、よく理解もしないままガイドが運転するマイクロバスに乗り込むことになった。
ただありがたいことに、この頃になると空を覆っていた雲が徐々に消えていき、太陽の光に照らされた紅葉が美しく輝き始めたのである。
まず最初に案内されたのは、八甲田山の全景が見える場所。
先ほどまで雲に覆われていた空が、突然青空に変わった。
八甲田山は18の山々からなる複数火山の総称で、八甲田山という山は存在しないのだとか。
この場所から眺めると、そのことがよくわかる。
最高峰の大岳でも標高1584メートル、東京都で一番高い雲取山が2000メートルを超えていることを考えると、私がイメージしていたよりも案外低い山なのだということを知った。
続いて訪れたのは、八甲田山の西側に位置する「城ケ倉大橋」。
日本最大級の上路式アーチ橋で、全長は360メートルあるという。
茶色く色づいた天然林の斜面に唐突に巨大な人工物が現れる。
ここは、東北でも屈指の紅葉スポットだという
橋から見渡す山々は色づき始めといった感じで、息を呑むほどの美しさではまだない。
その代わりと言ってはなんだが、前日に青森に到着して以来ずっと雲に隠れて姿を見られなかった津軽のシンボル「岩木山」をこの時ついに拝むことができた。
一方、橋の東には八甲田山系の頂。
そして下を覗き込むと、深い渓谷に目がくらむ。
城ケ倉大橋の高さは122メートルもあるといい、やはり自殺の名所として、さらには心霊スポットとしても知る人ぞ知る場所なのだそうだ。
確かに、思わず吸い込まれそうに感じる谷底である。
城ケ倉大橋から車は八甲田の北麓に向かう。
次の目的地は「歩兵第五聯隊第二大隊遭難記念碑」。
そう、日露戦争に備えた雪中訓練の際、この地で遭難し199名が死亡したあの有名な事件を後世に伝えるための記念碑である。
銅像の主は、救援を要請するため単身行軍を続け、立ったまま雪に埋もれていたところを発見された後藤房之助伍長。
彼は、この悲劇から生還した数少ない生き残りである。
記念碑には、この雪中行軍で命を落とした兵士たちの名が刻まれている。
穏やかな秋には想像がつかないほどの豪雪と寒さが屈強な兵士たちを道に迷わせ、徐々に体力を奪い、若者たちは地吹雪の中で倒れていったのだ。
生存者の階級が士官クラスに偏っていることに気づいた私は、ガイドさんに聞いてみた。
すると、階級によって着ている軍服の質が違ったとの答え。
なるほど。
ただ旅行から戻った翌日、たまたまBSで放送されていた映画「八甲田山」を見たら、「指揮官が死ぬと隊が全滅したことを意味する」という意識が当時はあって、階級の上の者を中央にして猿のように団子状になって風雪に耐えるシーンがあり、外側にいて直接吹雪に当たった二等兵から順に死んでいったことを理解した。
そして八甲田連峰を一周して、最後は酸ヶ湯近くの「地獄沼」へ。
ここはかつての噴火口の跡だそうで、付近から湧き出す温泉水が溜まって池ができたという。
よく見ると池の奥の方では湯気が立ち上っている。
2時間余りのドライブツアーを終えて、この日の宿泊先「酸ヶ湯温泉旅館」に到着したのは午後4時過ぎだった。
この時間になると、日帰りの入浴客もおおかた立ち去って、駐車場も少し余裕ができていた。
一足先に届いていた荷物を各自受け取り、宿にチェックインする。
江戸時代の1684年、鹿を追っていた狩人によって発見されたと伝わる酸ヶ湯温泉。
年季の入った建物に入ると、ロビーは多くの人で賑わっていた。
高級旅館の静けさとは縁通り、ザワザワとした大衆的な雰囲気だ。
ロビーの奥には小さなねぶたが飾られているが、私の目を引いたのは壁にかけられた一枚のポスターだった。
酸ヶ湯名物「千人風呂」に浸かる大勢の男女。
『青森県八甲田山中 酸ヶ湯千人風呂 標高925m。』
昭和29年、その卓越した効能と豊富な温泉の湧出量、広大な収容施設、清純な環境、交通の便、低廉な料金等が認められ、「国民保養温泉地第1号」の指定を受けた酸ヶ湯温泉は、古くから混浴の伝統を守ってきた。
今では想像できないけれど、日本人は元来、裸に対しておおらかな民族だったとも言われるのもこの写真を見るとうなづける。
酸ヶ湯温泉旅館には、「旅館棟」と「湯治棟」があるらしい。
私たちが宿泊した「湯治棟」は全体的にとても簡素で、廊下を挟んでさほど広くない畳の部屋がただ並んでいた。
温泉は本来、長期滞在して湯に浸かり、病気を癒したり健康を取り戻す場所であって、この旅館には今でも昔ながらの「湯治場」の雰囲気が残っている。
私たちの部屋は6畳間に男4人で寝るため、布団を敷く時にはテーブルを押し入れに押し込まなければならないほどだった。
今時の温泉宿ではたいてい部屋の中に設置されているトイレや洗面所も、ここでは共用。
歳をとって夜中にトイレに起きることが多くなった私たちにはいささか不便ではあったが、逆に言えば昔はどこもこんな感じだったと、懐かしさを感じる気持ちもない。
そんな昔を知らない今の若者たちは、共用トイレを見てどう感じるのだろう。
当然のことながら、部屋に風呂などついているはずもない。
とりあえず部屋に荷物を置き、浴衣に着替え、金庫に貴重品をしまうと、みんなで早速風呂場に向かった。
こちらが、酸ヶ湯名物「ヒバ千人風呂」の入り口だ。
入り口も脱衣所も男女別々だが、その先の大浴場は原則混浴。
ただし最近では、女性専用となる時間が設けられていて、午後8時台と翌朝8時台のそれぞれ1時間は男性がこの風呂に入ることは許されない。
こちらが有名な「千人風呂」の内部、旅館のホームページから写真を拝借した。
広さは畳160畳分に当たる260平方メートル、高さ5メートルほどの天井を支える柱のない総ヒバ造りの大浴場である。
2つの大きな浴槽があり、手前が「熱の湯」、奥が「四分六分の湯」と呼ばれているのだが、入った印象では「四分六分の湯」の方が明らかに熱い。
女性の脱衣所から降りる階段に沿って目隠しのための壁が設置されているほか、それぞれの湯船も真ん中で一応男女のエリアが分けられているのだが、2024年からは酸ヶ湯でも湯浴み着のレンタルが始まり、今では男女とも湯浴み着を着用して一緒に入浴するカップルや家族づれも目につく。
私は滞在中、何度もこの湯に浸かった。
まずは到着直後、次に夕食後ゆっくり就寝前まで、さらに早朝4時半と朝食時間の合計4回だ。
明るい日中も悪くはないが、やはり日が暮れて薄暗くなり、宿泊客だけとなる夜間早朝が狙い目である。
入浴客も減り、湯気が立ち込める薄明かりの中で、歴史ある建物を眺めながらゆっくりと白濁した湯に身を沈めると、つくづく日本人に生まれた幸せを感じるのだ。
大浴場の隅には「滝湯」と呼ばれる打たせ湯や「冷の湯」と呼ばれる冷泉もあるが、私のお気に入りはやはり「熱の湯」である。
その名とは違いさほど熱くは感じないが、じんわりと体を包み込んでくれて、風呂から上がった後も長時間暖かさが持続する。
秋とはいえ明け方になると冷え込む部屋でも、おかげで朝まで寒さに震えることなく過ごすことができた。
風呂からあがり、ひと休みしてから夕食の会場に向かう。
食事の時間はチェックインの時に3つの時間から選ぶことができ、私たちは午後6時に食堂に集まった。
こちらが、この日の晩ごはん。
私たちがいただいた「湯治食」は、塩じゃけをメインに、タコの刺身、ホタテのカルパッチョ、茶碗蒸しに玉子豆腐といったシンプルなメニューだ。
このほか、自分で取りに行く汁物とご飯はおかわり自由。
いかにも青森らしく、どの料理も塩味が強めに効いている。
特に塩じゃけがこの1切れでご飯がいくらでも食べられるほどの塩加減で、私もたまらず2杯目を取りにいってしまうほど塩辛かった。
夕食後、ダウンジャケットを着込み屋外に出てみた。
山の中の一軒宿、さぞかし星空が綺麗だろうと想像したからだ。
しかしいつの間にか空全体に雲がかかったようで、見上げる空に星は一つも確認できなかった。
残念!
さすがに夜になると冷えてくる。
戻ってすぐに再び浴衣に着替え、温泉に直行する。
翌朝、驚く光景が私を待っていた。
朝早く目が覚めたので、どうせなら混み合う前に朝ごはんを食べようと思い、朝食時間が始まる午前6時半に同室の友人たちと食堂に行くと、なんとすでに長蛇の列が・・・。
列は食堂につながる廊下だけでは収まりきらず、角を曲がって見えないところまで伸びていたのだ。
みんな、考えることは同じなのである。
これはとても食堂に入りきれないと断念して、とりあえず朝風呂にでも入った後で再び食堂に来てみることにした。
もう一度名残を惜しんで「千人風呂」に入った後、もう一つのお風呂である「玉の湯」にも浸かってみることに。
「玉の湯」は男女別々の小浴場で、通常の温泉同様、体を洗う流し場が併設されている。
あまり期待せずに入ったせいか、これはこれでなかなか趣があり、小さい分、逆に落ち着いて入浴できる気がした。
「千人風呂」とは異なる源泉だと言うが、白濁したその湯は決して見劣りしない。
効能豊かな温泉成分を洗い流さぬよう注意しながら頭も洗い、温まった体で食堂に戻ると、あの大行列は嘘のように消えていた。
うっかり朝ごはんの写真を撮り忘れてしまったけれど、ビュッフェスタイルで品数も多く、夕食よりも充実している。
中でも、ご飯のお供が実に多彩でどれも美味しそうだったので、取りすぎてまたもご飯を2杯食べてしまった。
この調子では、旅行中に体重がかなり増えそうである。
朝9時過ぎ。
酸ヶ湯を出発する送迎バスに乗り、新青森駅に向かう。
行きと違って団体客も複数あって、車内は混雑していた。
結局、ドライブツアーの時だけ青空が見えたが、八甲田の空は再び雲に覆われて、紅葉した木々もくすんで見える。
それでも、酸ヶ湯は酸ヶ湯、やはり訪れる価値のある東北の名湯だった。
そしてやはり、立ち寄りではなく宿泊が断然オススメである。
「酸ヶ湯温泉旅館」
住所:青森県青森市荒川南荒川山国有林酸湯沢50番地
電話:017-738-6400
https://sukayu.jp/
「八甲田ホテル」
住所:青森市荒川南荒川山1-1
電話:017-728-2000
https://www.hakkodahotel.co.jp/
