🇲🇪モンテネグロ/コトル 2024年10月26日
その日は、午前3時に目が覚めた。
だいたい毎日こんなものだ。
近頃、無理に時差ボケを直そうとせず、なるべく日本時間に合わせて、早く寝てものすごく早く起きることにしている。
空は当然のことながらまだ真っ暗だけれど、目の前の路地がライトアップされているので、なかなか幻想的である。
こんな夜中にやることもないので、ブログを書いたり、次の旅行についてあれこれ妄想しながらベッドの中で時間を過ごす。
そして、夜が明けたところでホテルの朝食。
クレープのようなものがいくつか並んでいる以外は、ごく普通の簡単なビュッフェである。
それでも、朝食込みだと野菜も採れるのでありがたい。
朝の9時になるのを待って、海洋博物館を覗く。
コトルについて詳しく展示されているのかと思い行ってみたのだが、展示内容の中心は船の変遷と昔活躍した船乗りたちのことが中心のようだ。
展示されていた最も古い時代の船は、たくさんのオールを持つ手漕ぎの大型船。
紀元前5世紀ごろのギリシャの軍艦だという。
そんな船を大量に走らせるためには、やはり奴隷となる戦争捕虜が必要だったのだろう。
日本の古伊万里や九谷焼の壺、中国の兵馬俑のレプリカも展示されていた。
これらは19世紀から20世紀にコトルにやってきた物のようである。
コトルに関する情報としては、17世紀や18世紀に描かれたコトルの絵が複数展示されていた。
17世紀とされる絵には街の建物はほとんど描かれず、山にまで繋がる城壁の様子が克明に描かれている。
何か軍事的な意味合いで作られたものなのだろうか。
博物館を出て、午前10時ごろからこの日のメインイベントである山登りを始める。
コトルは地上から見ても十分に絶景なのだが、本当の絶景は山に登らなければ見られないのだ。
この2つの建物に挟まれた怪しげなゲートが裏山への登山口らしい。
普通に人々が暮らす生活感のある坂道を上がっていく。
かなり年季を積んでいそうな石畳は、いかにも多くの人がここを歩いたと証明するかのようにツヤツヤしていた。
住宅を抜けて少し登ったところに鉄の扉が設置されていた。
山に登る人はここで15ユーロを徴収される。
ネットによれば以前はもっと安かったとか、お金を払わなくても登れる裏ルートがあるとか、様々な情報が出ているが、富士山でもお金を取られる時代、まあ登山道の整備に使われるなら必要なお金でしょう。
ちなみに、この時に受け取ったチケットは帰りをチェックされるので捨てないように。
登り始めてすぐに、旧市街の全体が一望できるようになる。
しかし、少し登り始めるのが早すぎたようで、旧市街の赤い屋根はまだすっぽりと山の影に覆われていた。
10時を過ぎればさすがに日がさすだろうと甘く考えていたが、コトルの山はそれだけ急峻だということだ。
登山道は途中まではこんな感じ。
全体に石畳が敷かれ、一部だけ階段になっている。
階段は人一人通るのがやっとなので、すれ違う時にはどちらかが石畳に降りることになる。
ちなみにこの階段、頂上までおよそ1350段あるとか。
ちなみに香川県の金比羅山の階段が785段、奥社まだ登ると1368段だそうだから、かなりの上り道だということは間違いない。
でも、見上げれば山、見下ろせば海という絶景を眺めながらの登山は案外平気なもので、途中写真を撮りながら快調に登っていく。
何という花だろう?
岩の隙間から垂れ下がるように、坂の途中至る所で紫色の鮮やかな花を咲かせている。
登り始めて15分後、小さな教会にたどり着いた。
旧市街からも見えた「救世聖母教会」。
街の守り神でもある聖母マリアに捧げた教会である。
この辺りまで来ると、コトル湾の全貌もかなりはっきりと見えてくる。
新市街にはすでに太陽の光が届き、旧市街も半分程度まで明るくなってきた。
この辺りがコトルの新市街。
住宅やホテル、コンドミニアムが立ち並ぶエリアだ。
湾を左上方向に進むとアドリア海に出る。
そしてこちらが旧市街。
狭い敷地にぎっしりと建物が詰め込まれているのがよくわかる。
背後に切り立った山、湾を挟んだ対岸にも高い山が連なるフィヨルドに似た入江だ。
そして、30分ほど登ったところからいよいよ要塞が姿を表した。
石積みの壁が行手を難み、階段も所々急になっている。
ただ、日本の山城に比べるとシンプルな作りで、基本的にはジグザグに登って行くことには変わりがない。
驚いたことにこの坂道を走っている人がいる。
この人とはさっきも遭遇した。
ヨーロッパではこうした山道を走るトレイルランニングが盛んだと聞くので、彼もおそらくその愛好者なのだろう。
壁に挟まれた急な石段を登ると、少し平らな場所に出る。
ここは、地上から見えた山上に連なる城壁の一部。
夜になるとライトアップされ輝いて見えた場所である。
ここからは城壁に沿って登っていく。
もう頂上も見えてきた。
登り始めて40分。
薄い鉄板を載せただけの橋を渡って建物の中へ。
ここは司令室だったのか、それとも兵士の宿舎だったのだろうか。
修復もされず、案内板もないのでよくわからないが、変に手を加えずありのままに朽ちていくのも見る者の想像力を掻き立てて悪くない。
この廃墟の建物を抜けると、もうそこが山頂。
「コトル城」とも呼ばれる「聖イヴァン要塞」の最上部だ。
そこにはいくつかの建物が建てられていたようで、屋根の崩れ落ちた建物の壁だけが残っていた。
眼下には、世界遺産コトルが誇る大パノラマが広がっていた。
時刻は10時45分、40分ちょっとで登りきったことになる。
往復2時間と書いてあったので上りに1時間はかかると思って食べ物まで持って気合いを入れて来たのだが、思ったほど大変ではなかった。
私のお気に入りの山である「ペスティン・グラッド」も、この位置から見るとだいふ印象が違う。
この山はやはり建物越しに下から見上げた方が迫力がある。
とはいえ、「ペスティン・グラッド」あってのコトルだと信じる私としては、何とか山と海と旧市街を一緒に写真に収めたかったのだが、私のスマホのカメラでは画角が足りなくて上手くいかなかった。
本来の世界遺産である旧市街の赤い屋根を強調するならば、頂上ではなく登る途中の方がいい撮影スポットがありそうである。
ちょうど1隻のボートが港を出ていくところだったので、山頂から1枚撮っておいた。
エメラルドグリーンというには少し深みの入った海の色が印象的であった。
せっかく持ってきたので、リンゴを1個食ってから山を降りることにする。
登る途中でかいた汗もほどほどに乾いてきた。
降り始めた頃になってようやく旧市街にも全体的に日差しが当たるようになった。
やはり太陽が当たっていないと、美しさも半減である。
登り始めるのがあと1時間遅い方が良さそうだと感じた。
上りに比べて下りはかなり楽だ。
道端に咲く小さな草花を愛でる余裕も生まれてくる。
その代わり、登山道にも日が照るようになるため、登る時に比べて俄然熱くなった。
写真を優先するなら午前11時、体に優しいのは午前10時の登り始めということだろうか。
聖母教会にも光が当たっていた。
登る時の写真と比較すると、だいぶ印象が違う。
どちらが好みかは人によって異なるだろうが、私はどちらかと言えばシルエットの方が好みである。
コトルの写真としてよく見かけるのは、聖母教会を入れ込んだこんな感じの写真なので、これが見れれば満足という人はわざわざ頂上まで登る必要がないということになる。
地上近くまで降りてくると、人々の暮らしぶりもはっきりと見えてくる。
表から見るときれいに見えるコトル旧市街も裏から見るとかなり傷みも激しくなっていることがわかる。
でも、この後に訪れたクロアチアの有名観光地ドゥブロブニクに比べると、こうした人間味のあるコトルの方が私は断然好きである。
こうして旧市街に戻ってきたのは12時前。
結局山頂でのんびり自撮りをしたりしていると、往復に2時間近くはかかったことになる。
とはいえ、何らかの理由で急いでいれば、私の足でも1時間で往復することも可能な気がした。
街に戻るとちょうど昼時だったので、そのままランチを食べに行くことに。
前日の「聖トリブン大聖堂」に続き、この日は「聖ニコラス教会」がよく見えるお店をチョイスした。
「Scorpio」という名のレストランである。
前の日に「タコのサラダ」を食べたので、この日はこれまた定番の「シーフードのリゾット」を注文して見ることに。
赤く色づいたご飯に緑のバジルが美しく、味も想像した通りに美味しかった。
赤ワインも飲んでみようと、モンテネグロでは有名な「VRANAC」の小瓶を頼んでみる。
こちらはすごく好きという感じでもなかったが、まあ悪くないワインだと思う。
ガイドさんに引き連れられた団体客が次々に目の前を通り過ぎて行くのを眺めながらの優雅なランチ。
ただこの店、なぜか蝿がまとわりつくばかりして、それが不快だった。
食事後、水を買うついでに新市街の方をお散歩してみる。
旧市街からさほど離れていないところに人工的なビーチが作ってあり、10月下旬だというのに水着姿で泳いでいる人もいた。
海沿いには大きなテラスのある素敵な住宅が並ぶ。
目の前は海、そして後ろにはあの「ペスティン・グラッド」が聳える。
それでいて、海辺のリゾートにありがちな喧騒がない。
私には理想的な環境である。
海に突き出した埠頭に腰をおろして、山を眺める。
コトル湾の水は透き通ってそれはそれで美しいのだが、やはり私にとってはコトルはこの美しい山の印象が強い。
美しい入江は世界各地にあるが、海のすぐ近くまで岩山が迫る大迫力の場所はそうそうあるもんじゃない。
海沿いの遊歩道では一人のお兄ちゃんが、一生懸命ボートツアーの説明をしてくれたけれど、私はこうして埠頭に座り気持ちのいい太陽を浴びながらぼんやり山を眺めるのが至福の時なのだ。
宿に戻る途中に立ち寄ったスーパーマーケットの前からも「ペスティン・グラッド」の勇姿がよく見えた。
どこから見上げても絵になる山。
私にとっては、世界的な絶景の主役は最後まで「ペスティン・グラッド」であった。
