🇧🇧 バルバドス/ブリッジタウン 2024年2月5日~6日
5日にパナマからバルバドスに入った。
バルバドスはカリブ海に進出したイギリスが最初に拠点とした島。
私にとっては98カ国目の訪問国になる。

パナマの空港に両替所があったので、試しに「バルバドスの通貨はある?」と聞いてみる。
女性スタッフが「あるよ」と言うので、レートも確かめずに100ユーロを両替した。
セントルシアなどで使われている東カリブ・ドルはなかったけれど、トリニダード・トバゴの通貨はあると言うので、それも100ユーロ替える。

こちらが、初めてお目にかかるバルバドス・ドル。
肖像が縦に印刷されたド派手なお札だ。
後でレートを確認すると、100ユーロが150バルバドス・ドル(BBD)。
まずユーロを一旦米ドルに替えてからバルバドスドルに替えるため、めちゃくちゃレートが悪くなることがわかった。
ちなみに、今日の公式レートは、1ユーロ=2.17バルバドス・ドルである。
小さな島国では両替する場所があるかどうかわからないというこちらの弱みにつけ込んだぼったくり商売である。

一方、こちらはトリニダード・トバゴの通貨「トリニダード・トバゴ・ドル(TTD)」。
公式には1ユーロ=7.29TTDなのに、私が受け取ったのは100ユーロでわずか505TTDであった。
やはりカリブ海はアメリカの裏庭、米ドルを持っていないと損をするようである。
ちなみに、カリブ海諸国は米ドルとの固定相場制を採用していて、バルバドスは1米ドル=2BBD、トリニダード・トバゴは1米ドル=6.25TTDといった具合だ。

パナマからバルバドスまでは、コパ航空でおよそ3時間の空の旅。
客席の半分が埋まる程度の混み具合だった。

残念ながら窓際の席が取れなかったけれど、隣の人の隙間から、バルバドスの美しい海が見える。
コバルトブルーとエメラルドグリーンが織りなす見事な海の色を目にした瞬間、念願のカリブ海に来たという実感が湧いてきた。

バルバドスの表玄関「グラントレー・アダムス国際空港に降り立ったのは、現地時間の午後1時だった。
いかにも南国らしい小さな空港。
飛行機からタラップで降りてターミナルビルまで歩く私好みの空港である。

解放的な廊下を歩いて入国手続きの建物に入ると、なんとそこにはタッチパネルの端末がずらりと並び、各自そこでパーソナルデータを登録する仕組みになっていた。
紙の入国申請書と違い、後からスタッフが入力する手間が省けるため、人口わずか28万人ほどの小さな国にとっては必要なシステムなんだと感心する。
登録を終えると2枚の紙がプリントアウトされ、それを持って係官が待つカウンターに向かう。
日本人はビザなしで入国できるが、この端末登録は初めての経験だったのでちょっと驚いた。

入国手続きを終えると、オープンスペースのロビーに出る。
カリブ海の島々ではUberのような配車サービスはないので、ホテルへの足はタクシーかローカルなミニバスということになる。
私は真っ直ぐ「エアポートタクシー」と書かれたカウンターに行き、ホテル名を告げると決められた料金が伝えられる。

このオンボロなワゴン車がタクシーだった。
私が予約していたホテルまでは片道61BBD、公式レートでおよそ4500円で、直接運転手に支払う形だ。

空港を出発すると、道路沿いには椰子の木が並び、植民地時代から続く特産品のサトウキビの畑が広がる。
明らかにロサンゼルスやパナマとは違うビーチリゾートに向かう光景である。

幹線道路を外れ海の方向へ下っていくと、カラフルなお店などが目につくようになる。
自然と心がウキウキしてくるのを感じる。

空港から15分ほどで予約していたホテルに到着した。
「ブルー オーキッド ビーチホテル」
建物は新しくはないが、なかなか良さそうなホテルである。

チェックインの時間にはまだ早かったが、鍵を渡された部屋に入って驚いた。
めちゃくちゃ広かったからだ。
リビングがあり…

立派なキッチンがあり…

広々とした寝室が2つもあって…

おまけに、浴槽のついたバスルームも2つある。
まさに、家族や友人と長期滞在するための宿なのである。

広いテラスも付いていて、プール越しに青い海が見える、文字通りのオーシャンフロントなのだ。
部屋全体に年季が入っているものの清潔で、私が愛する伝統的なリゾートホテルそのものである。

ホテル代は1泊2万7千円ほど。
これでも今のバルバドスでは安い方で、1泊10万、20万というホテルも珍しくなく、ビーチサイドで5万円以下の宿を探すのに結構苦労したものだ。
でも、この設備なら文句は言うまい。

ホテルに荷物を置くと、その足で近くのスーパーに買い出しに行く。
食料のほとんどを輸入に頼るバルバドスのスーパーには缶詰が目につくが、私のお目当ては果物、そしてミネラルウォーターの調達だった。

南国のフルーツが安いかと思ったが、パイナップルよりもリンゴの方が安くて、結局リンゴを2個、ヨーグルトを2個、そしてミネラルウォーターとチョコを買ってホテルに戻る。

こうして用事を済ませたら、いざ海へ。
庭に出ると建物の間から、エメラルド色に輝くカリブ海が見えた。

ホテルの前にはプライベートビーチが広がっていた。
バルバドスにはたくさんの美しいビーチがあるのだが、この辺りの砂浜は「ワーシングビーチ」と呼ばれている。
首都ブリッジタウンの周辺にはもっと広くて観光客が集まるビーチが連なっていると聞くが、少し離れたこちらの砂浜は人影もまばらだ。

早速砂浜に降りて、ホテル専用のデッキチェアに寝転がる。
日差しは強いのだが、それ以上に強烈な涼しい風が吹き抜けてパラソルの下では全く暑さを感じない。
これが、海賊たちも愛したカリブ海の貿易風なのだ。

日本の気候に影響を与える偏西風が南西から吹くのに対して、貿易風は北緯30度より南の地域に絶えず北東方向から吹く風である。
この風が、コロンブスをはじめとするヨーロッパの船乗りたちをカリブ海へと連れてきたのだ。

作家の三島由紀夫は1960年、両親がカリブ出身の歌手ハリー・ベラフォンテの来日公演を聴いて次のように寄稿したという。
「ここには熱帯の太陽があり、カリブ海の貿易風があり、ドレイたちの悲痛な歴史があり、力と陽気さと同時に繊細さと悲哀があり、素朴な人間の魂のありのままの表示がある」
カリブ海の海の色は写真でも伝わるが、この強烈な貿易風の心地よさは吹かれた者にしかわからない。
イギリスやフランス、オランダが、大陸だけでなくカリブの小さな島々を奪い合ったのか、その理由が少し分かった気がした。

貿易風を堪能した後、今度はエメラルドグリーンの海に入る。
どうも写真にはうまく撮れなかったが、実際にはもっともっと美しくエメラルド色をしているのだ。
砂は限りなく白く、きめ細かい。
足の裏に心地よい感触を確かめながら海に入ると、大きな波が一瞬にして全身をずぶ濡れにした。
全く冷たくはなかった。

海の中にいると、浜から見ている以上に波が高い。
波に逆らわず、浮き上がり、また沈みを繰り返してしばし波と戯れる。
子供たちがまだ小さかった頃にはよく海遊びに連れて行ったものだが、巣立ってからは海で遊ぶこともなくなった。
やっぱり海はいい。
こんな美しい海なら尚更である。

しばらく海で遊んでから、今度はプールに行ってみた。
泳ぐというよりも、のんびり水に浸かるという程度の小さなプールだが、これまた水深が深くて気持ちいい。

そのまま夕暮れまで、プールサイドで貿易風に吹かれて過ごした。
陽が傾いて海の色が変わっても、強烈な貿易風か衰えることはない。
太陽の熱も弱まって、タオルを巻いていないと寒くてじっとしていられないほどだ。

カリブ海で初めて見る日没。
夕焼けは期待したほどではなかったが、それでも雄大で神々しい。
一旦部屋に戻り着替えてから、早めの夕食を食べに行くとしよう。

ホテルの外にも食べる店はありそうだったが、面倒なので海辺にあるホテルのレストラン「Ocean’s Courtyard」で食べることにする。
客は私ひとりだった。
海が見えるテラス席に座りビールを注文する。

地元バルバドスのビールだというのでボトルを見せてもらうと、「Banks」と書かれていた。
少し濃厚な美味しいビールである。

せっかくなので魚が食べたいと思い、お店のお姉さんオススメの「マヒマヒ」を注文した。
マヒマヒは日本ではシイラと呼ばれる大きな魚で、これを塩焼きにして、いろんな野菜を刻んだソースがかけられている。

白身魚の塩焼きなので不味くはないのだけれど、魚にうるさい日本人が唸るほどの味ではない。
何より、この程度の料理で55BBD(約4000円)はやはり高いと思う。
でも食料を輸入に頼るカリブの国々は何を食べても高いと聞いていたので、ホテルで食事をすればこのくらいは取られるのだろう。

バルバドスに来たからには、ぜひラム酒を飲みたいとお姉さんに相談すると1杯の小さなグラスを持ってきてくれた。
ひと口飲んでみると、実にまろやかで旨い。

銘柄が知りたいと思い、またボトルを見せてもらうと、「MOUNT GAY」という有名なラムだという。
調べてみると、マウントゲイは世界最古のラム蒸留所で製造され、バルバドス島の良質なサトウキビから抽出される糖蜜と、珊瑚の地層によって自然濾過された地下水を原料に作られているのだとか。
お姉さんが言う通り、バルバドスを代表する銘柄らしい。
それにしても、甘くてマジで旨い。

こうして私は、カリブ海での最初の夜を迎えた。
時差ボケは相変わらずで、2時間ほどで起きてしまったが、睡眠用の英語の動画を聴いていたらいつの間にか眠りに落ちたようだった。