今日の岡山は朝から雨。
どうやら夕方まで一日中、雨が降り続くらしい。
こんな日は農作業の手を休め、読書でもすることにする。
まさに晴耕雨読の生活である。
今回の帰省にあたり、吉祥寺図書館で借りてきた本を手に取る。
下重暁子著「極上の孤独」。
野菜づくりの本を借りるとき、偶然目に止まった「大活字本」のコーナーにこの一冊があった。
これまで「大活字本」など手に取ったことがなかったが、眺めてみるとシニア向けの本がセレクトしてあった興味を惹かれた。
下重さんは元NHKのアナウンサー、特別好きということはないが、ちょっと個性的な方という印象を持っていた。
だが、「極上の孤独」にはなんとも言えない誘引力がある。
そして本を開いてみると、その最初から今の私にぴったりの言葉が綴られていたのだ。
冒頭の「はじめに」はこんな言葉から始まる。
「孤独」をどう受け止めるか。人によって様々だが、「淋しい」「いやだ」「避けたい」というほうが日本では多い気がする。
逆に、ある種の人たちは「孤高」「自由」「群れない」などを連想して「孤独」に惹かれ、一種の憧れすら抱く。私もその一人である。
下重暁子「極上の孤独」より
私もどちらかといえば後者、子供の頃から一人遊びが好きで、大学生の頃には「仙人」に憧れた。
それでも友人たちと遊ぶことも好きだし、会社でもまずまずの人間関係を維持してきた。
しかし、会社を離れてコロナ禍の中で妻以外の人間とほとんど交わらずに暮らしていると、自分が「孤独」を愛する方の人間であることを次第に思い出してきたように思う。
下重さんの本の中から、私の心に響いた言葉の数々を拾い集めて、このブログに引用させていただくことにした。
一人の時間を孤独だと捉えず、自分と対面する時間だと思えば、汲めども尽きぬ、ほんとうの自分を知ることになる。自分はどう考えているのか、何がしたくて何をすべきか、何を選べばいいか、生き方が自ずと見えてくる。
孤独ほど、贅沢な愉楽はない。誰にも邪魔されない自由もある。群れず、媚びず、自分の姿勢を貫く。すると、内側から品も滲み出てくる。そんな成熟した人間だけが到達出来る境地が「孤独」である。
下重暁子「極上の孤独」より
実によく理解できる。
私が近ごろ漠然と感じている感覚をはっきりとした言葉にしてくれた印象を受ける。
そして下重さんは「はじめに」の最後で、女優の大原麗子さんが大切にした言葉を記していた。
「孤独死はかわいそう」「出来れば孤独死は避けたい」と耳にすることがある。
ほんとうにそうだろうか。最期は他人から見て孤独死であったとしても、本人にとっては充実した素晴らしい人生だったかもしれないのである。
女優の大原麗子さんが典型的な例だ。
彼女の家の衣裳部屋には「孤独な鳥の五つの条件」という十六世紀スペインの詩人、サン・ファン・デ・ラ・クルスの詩が貼ってあったという。
1、孤独な鳥は、高く高く飛ぶ。2、孤独な鳥は、仲間を求めない、同類さえ求めない。3、孤独な鳥は、嘴を天空に向ける。4、孤独な鳥は、決まった色をもたない。5、孤独な鳥はしずかに歌う。
なかでも私は、5に惹かれる。孤独を知る者のみが、自分の人生を知り、しずかに自分の歌を歌うことが出来るのだ。
下重暁子「極上の孤独」より
私の場合、妻がいろいろ身の回りの世話をしてくれ、私が苦手な雑事をこなしてくれるので、真の意味で「孤独」とは言えない。
それでも毎日このブログを書き続けているのは、「孤独な鳥はしずかに歌う」に通じるものがあるのかもしれないと、ふと思った。
第一章「なぜ私は孤独を好むのか」の冒頭、下重さんは仏陀の言葉から書き起こしている。
とても参考になる一文なのでここに引用させていただく。
「犀の角のようにただ独り歩め」
仏陀の言葉である。死を前にして、沢山の弟子たちに囲まれて言ったとされる。
仏陀が亡くなったら、何を頼りに生きたらいいのか、弟子たちがその指針を示して欲しいと頼むと、仏陀はこう答えた。
その意味は、
「サイの頭にある太い一本の角。その角のように独りで考え、独りで自分の歩みを決めなさい」
それぞれが自分の解釈で、仏の教えを広めればいい。どう解釈してもいいし、これからの生き方は自分で決めなさい。
厳しい教えであるが、真実を物語ってもいる。
サイの中でもインドサイは、群れで行動しない。単独で行動するので、「犀の角」とは「孤独」を意味する。
仏教では、人の恨みは人間関係に起因すると分析していて、人とのつながりが全ての原因になるから、そこから離れて独りになってみることが大切だと説かれている。
そういう状態は淋しい、孤独で避けたいと思う人が多いが、実は決して淋しくも辛くもない。
沢山の人に囲まれていながら、誰も自分を見てくれない、声もかけてくれない。目の前の人とつながれない時に感じるのが孤独なのだ。
それならいっそ、独りになってみるがいい。独り歩めば、むしろ充実感があり、他人を気にしないですむ。
都会は孤独である。
私が卒論でその世界に浸っていた萩原朔太郎にも「群衆の中を求めて歩く」という孤独感溢れる詩がある。
都会には人や物ばかり。それなのに、群衆の中の一人として歩いている時、満員電車に揺られている時、実は一番孤独を感じる。
今の時代は人と人とのつながりばかりが強調され、スマホなどの機器を通じてやりとりをしていないと不安になる。
誰かとつながりたいと「いいね!」を押し、写真を載せ、共感を得ようとする。とにかく人から外れたくない、同じ輪の中にいたいと、一人ひとりがあがいている。
その実、今ほど人と人が遮断された時代はないのだ。
人とのつながりから自分がこぼれ落ちた、仲間外れになった状態では、人は淋しくて孤独な感じ、藁にもすがる思いで人を求める。
その結果、裏切られたり拒絶したりして、どん底まで落ち込む。
仏教では、悩みの原因となる対人関係から距離を置くことをすすめているが、孤独と向き合う時間こそ貴重である。
自分の心の声に耳を傾ける時間を持つことで、自分が何を考えているのか、ほんとうは何を求めているのかなど、ホンネを知ることが出来る。
「犀の角のようにただ独り歩め」
私の大好きな言葉である。
下重暁子「極上の孤独」より
この文章を読みながら、思い当たる記憶が私の中にも多々あることに気づく。
私は集団旅行よりも一人旅を好む人間だが、仕事では常に多くの人間と関わり集団での作業も特に苦手ではなかった。
それでも時々「孤独」を感じた瞬間は、決まって多くの人たちと一緒にいる時だった。
たとえば、責任あるポジションから外れた時、周囲の人の中には露骨にそれまでの態度を変える人間もいた。
肩書きによって集まってくる人との付き合いは所詮その程度のものだ。
一瞬淋しさもよぎるが、そんな時、自分の心をちょっと切り替えるだけで孤独感はすっと消えていく。
その地位は所詮一過性のもの、そのポジションを離れることで素の自分に戻れたのだと考えれば、逆に解放感でワクワクしてくるではないか。
「人の恨みは人間関係に起因する」
まさに、その通りだと思う。
『極上の孤独』は、冒頭こそ珠玉だが、中身はそこまで面白い本ではない。
そんな中で、ちょっと面白かったのが「素敵な人はみな孤独」という一項である。
登場するのは永六輔さん、立川談志さん、樹木希林さん、小沢昭一さん。
確かに個性的な面々、みなさん一人でいることが多かったという。
たとえば永六輔さんとのエピソード。
旅の達人としても知られるが、よく地方へ出かける途中の列車の中やホームで出会うことがあった。
私も一人、永さんも、もちろんいつも一人だった。軽く会釈をしてすれ違う。そんなところで嬉しそうにベタベタするのは愚の骨頂。さらりと挨拶だけ。
素敵な人は、たいていが一人。(中略)
永さんも車椅子になってからは押す人が必要だったが、暮らしていた神宮前のマンションでは最後まで一人だった。
ケアマネージャーが足繁く通っていたが、夜は多分一人だったろう。愛妻の昌子さんが先に亡くなってから、ほとんど一人暮らし、他人が家に来るのを嫌がった。
亡くなった後、お宅に焼香に訪れた際、帰りがけに玄関ドアを開けようとしてハッとした。ドアの内側に貼られた一枚の紙。
「戸締まりはしたか? ガスは消したか? 水道は止めたか?」
その他、外出に際しすべきことが、永さんの字で黒々と書かれていた。
その字を眺めていると、不意に涙がこぼれた。
最後まで一人で生きようという姿勢が感じられた。
永さんは全国各地にたくさんの友とファンを持つことで知られていたが、「実は孤独な人だった」と最後までそばにいた友人が語っていた。
どこへ行くにも一人。寄席や催し物の会場にもふらりと一人で現れ、風のように去っていった。そして、ある日、いつものように、あの世へ旅立った。
下重暁子「極上の孤独」より
本を読みつつブログを書いていると、睡魔に襲われて昼寝をしてしまった。
今月8日に岡山に帰省してから1日も休まず、何かしら農作業や片付けに動き回っていて疲れが溜まっていたのだろう。
まだ外は雨が降り続いている。
こんな日はゆっくり休息をとるに如くはない。
組織を離れて自由になると、人に決められた時間割やノルマからも解放される。
雨の音を聞き、眠たくなったら昼寝をする。
下重さんが言う通り、「極上の孤独」を楽しめる境遇に私もなったのだろう。
与えられた自分の時間を大切にしながら、自分に正直に残りの人生を生きていきたいと改めて思った。

