高速鉄道の旅

出発時間の10分ほど前に、指定されたゲートからホームへの入場が始まった。一昔前は、行列を守らなかった中国人だが、今ではきちんと列に並ぶようになった。習近平体制の中で、モラル向上は着実に進んでいる。

ホームに下りるエスカレーターから見ると、まだ新しい駅に何本もの新幹線車両が停車している。この駅からは、丹東方面以外に瀋陽、長春、ハルビン方面に向かう高速列車も出発する。

大連と担当を結ぶ高速鉄道は2015年に開通したばかり。車両もまだ真新しい。一等席は片側2席ずつで、席の間隔もゆったりしている。
列車は11時4分の定刻に出発した。このあたりも中国社会の進化には目をみはる。

大連から丹東に向かう途中には日露戦争に絡んだ地名も多く登場する。
金州は日露戦争で、大連・旅順に向かう日本陸軍第二軍とロシア陸軍が激突した「南山の戦い」の舞台だ。1904年5月25日のことだ。文豪・森鴎外も第二軍の軍医部長としてこの南山の戦いに参加した。

金州を過ぎると、丹東まで大きな街はない。ただただ広々とした大地が続く。

大孤山も日露戦争で日本軍が上陸した地点の一つだ。
だだっ広い満州の大地を猛然と進軍する日本兵の姿を想像する。車両もない時代。基本は徒歩だったのだろう。

丹東に着いたのは大連を出てから2時間40分後だった。大連-丹東間は2時間10分から40分ほど。列車によって所要時間がかなり違うようだ。
中朝国境の街・丹東

中朝国境の街・丹東の駅前では巨大な毛沢東像がお出迎え。中国でこれまであまり毛沢東の銅像を見ることがなかったので、ちょっと珍しかった。これは何を意味するのだろう?

駅から国境に向かう道沿いには多くの旅行社が軒を連ねる。時間がなくて確かめることができなかったが、メニューの中には「朝鮮半日游」「朝鮮一日游」という文字がある。制裁が強化されている現在はわからないが、通常、北朝鮮国内旅行もこの街から出ていることがわかる。

国境に近くにつれ、朝鮮の品々を売る店が増えてくる。

そして駅から東に歩くこと20分ほどで中朝国境を流れる鴨緑江にたどり着いた。
中朝友誼橋
川辺に広がる鴨緑江広場には大きなモニュメント。その向こうにはテレビニュースでよく目にする鉄橋が見えてきた。丹東と北朝鮮の新義州を結ぶ全長946mの「中朝友誼橋」である。

この橋は、金正恩委員長が列車で訪中する時にも通った。
かつては物資を運ぶトラックが列をなしたと伝えられるが、今はわずかな車両が通行するだけだ。中国が主張する通り、経済制裁はそれなりに実行されているようだ。

望遠レンズで狙えば、対岸の北朝鮮の様子もはっきり見える。
だが、この日はほとんど対岸に人影を見なかった。

しかし、「経済制裁」という言葉から感じるような緊張感は中国側にはない。みんな川越しに北朝鮮を見ようという観光客だ。

橋の下をくぐって橋の南側まで歩く。この橋の真下は撮影禁止エリアだ。理由はわからない。邪推すると、2本の橋を同時に撮影できるベストスポットを有料にするためではないかと考えた。
そう、ここには2本の橋が並行して並んでいる。

南側に位置する橋は途中で切れている。
「鴨緑江断橋」と呼ばれるこの鉄橋は1909年に日本が建設した。植民地となる朝鮮と満州を鉄道でつなぐための橋だ。しかし、朝鮮戦争中の1950年、国連軍の爆撃によって破壊された。
今は観光用として橋の切れた場所まで歩いていけるらしい。ただし有料だ。
コメント コメントを追加