<吉祥寺残日録>パリ五輪2024🇫🇷 連日テレビに釘付けだったパリオリンピック感動の名場面集② 頑張れ!多様性広がる若者たちよ #240822

さまざまな競技で日本選手が躍動したパリオリンピックの中でも、手に汗を握ったということで言えば、個人的には絶対王者・中国にあと一歩のところまで迫った卓球が印象に残っている。

男子シングルスの準々決勝。

日本のエース張本智和は、今大会で金メダルを獲得した中国の樊振東をあと一歩のところまで追い詰めた。

立ち上がり張本は真っ向から打ち合い樊振東を圧倒、第1、第2ゲームを連取する。

期待せずに見ていた私は予想外の展開に思わず身を乗り出した。

しかし樊振東はさすがに強く、サーブを変えながら張本に逆襲、第3、第4ゲームを取り返す。

普通ならばここからは完全に中国選手のペースになるのがこれまでの流れなのだが、ここで張本が踏ん張り、第5ゲームを奪った。

勝負の第6ゲーム、両者譲らぬ互角の攻防が続き7−7、このままの勢いで張本が一気に打倒中国を果たすのではないかと画面に釘付けとなる。

しかし厳しい国内大会を勝ち抜き卓球中国のプライドを背負う樊振東はここからさらにギアを上げた。

ここから樊振東が4点を連取してゲームカウント3−3のイーブンに持ち込むと、第7ゲームも張本に付け入る隙を与えず格の違いを見せつけた。

試合後張本は「それが中国選手の最後の地力。たったの1点が果てしなく遠い1点だった」と激戦を振り返った。

女子の団体戦では、決勝で中国と対戦した。

最初の試合はダブルス、準決勝までは早田ひなと平野美宇のペアで戦ってきた日本は、中国戦では早田と張本美和のペアに変更する。

相手は陳夢・王曼昱という世界ランキング2位と3位のペアだが、第1ゲームは終始日本が押し気味に試合を進め11−9で先取、第3ゲームも6連続ポイントをあげて日本が奪い、勝利まであと1ゲームと最強中国を追い込んだ。

しかし中国ペアも第2、第4ゲームを取って、勝負は最終ゲームにもつれ込む。

必死の形相の中国ペアに対し、早田と張本は時折笑顔も見せ、試合を楽しんでいることがうかがえる。

第5ゲームも日本が優勢に進めて9−5、あと2ポイントで勝利というところまできた。

「これは、いける」と思ったが、ここからが中国の真の強さだった。

ここから中国が連続ポイントで逆転、デュースにまでもつれた末、最後は10−12で中国ペアが勝利をつかんだ。

続く第2試合のシングルスでは、平野美宇が中国の絶対エース孫穎莎に挑む。

第1ゲーム、平野の速攻が面白いように決まり大きくリードを奪い10−9と先にゲームポイントを握ったが、あと1点が奪えず、11−13で落とすと、第2、第3ゲームも孫穎莎に連取されて敗れた。

第3試合の張本美和も王曼昱に対して1ゲームを先取するも、立て続けに3ゲームを奪われ敗戦。

終わってみれば、0−3のストレート負けという結果となったが、間違いなく日本の実力は中国に近づいている。

ただ、勝負の分かれ目での中国選手の強さは驚異的だ。

追い込まれた表情を見せながらも、ミスをしない。

強豪ひしめく中国国内の選考を勝ち抜き中国代表の椅子を守ることに比べれば、国際大会で多少窮地に立つことなど大したプレッシャーではないのだろう。

それでも、敵は強いほど倒し甲斐がある。

いつの日にか打倒中国が叶うことを信じて、中国人を両親にもつ張本兄妹を中心とする黄金世代のさらなる進化を私も応援していきたい。

開会式に先立って予選が始まったサッカーもなかなか面白かった。

今大会の男子サッカー日本代表は、さまざまな理由があったのだろうが出場チームで唯一オーバーエイジの選手を使わず、オリンピック世代の久保建英など知名度のある選手をあえて招集しなかったため、事前の期待値は高くはなかった。

ところが初戦で対戦した南米王者パラグアイとの試合では完璧な試合運びで5−0と圧勝、その後もマリとイスラエルを1−0で破り、全勝無失点で決勝トーナメントに進出した。

この若き日本代表「大岩ジャパン」で私の目を引いたのは、司令塔の藤田譲瑠チマとゴールキーパーの小久保玲央ブライアンという2人の選手。

2人とも、お父さんがナイジェリア人、お母さんが日本人というハーフだという。

サッカー好きの間ではすでに知られた存在だったのだろうが、私はパリオリンピックの予選を兼ねた今年のU23アジアカップで初めて彼らのことを知った。

2人とも身体能力が高く、とても頼りになる存在だ。

そして超有名選手がいない分、大岩ジャパンはとてもチームワークがいい。

予選をトップ通過した日本は準々決勝で優勝候補スペインと対戦した。

前半11分、フェルミン・ロペスにミドルシュートを許し初めての失点を喫した日本だが、強豪スペイン相手に何度も見せ場を作り、前半終了間際、エースストライカーの細谷真大が振り向きざま鮮やかなゴールを決めた。

「いける、いける」

そう思った次の瞬間、細谷の足がわずかにディフェンダーより前に出ていたとしてオフサイドの判定、同点ゴールが取り消されてしまった。

これで一気に流れはスペインに傾き、結果的には0−3、東京五輪に続く準決勝進出はならなかった。

それでも、日本にはA代表で活躍する選手以外にも世界で経験を積んだ若手がたくさん育っていることを知ることができ、とてもワクワクし頼もしく感じた。

女子サッカー「なでしこジャパン」でも素晴らしいゴールがあった。

予選第2戦のブラジルとの試合。

0−1とリードされて迎えた後半アディショナルタイム、途中出場の谷川萌々子が相手ゴール前でハンドを誘いPKを獲得、これを決めて同点とするとその直後、相手ゴールキーパーが前に出ているのを見逃さなかった谷川が今度はロングシュートを放つと、緩やかな放物線を描いたボールはキーパーの頭上を越え、ゴール左隅に吸い込まれた。

後半のアディショナルタイムに奪った2得点で奇跡の大逆転勝利。

逆のシーンはこれまでにもあったが、こんな痛快なゴールはなでしこがW杯で優勝した時の澤穂希のゴール以来かもしれない。

バスケットボールの男子一次リーグでも、小さな日本選手の活躍が光った。

身長172センチのポイントガード河村勇輝。

この大会銀メダルを獲得した地元フランスを相手に、素早いドリブルと正確な3ポイントシュートで大男たちを翻弄する様はまさに牛若丸そのものである。

MBAで活躍する八村塁も加わりベストメンバーで臨んだ日本は、身長で大きく上回る相手に対し序盤から互角の戦いを進めた。

途中でエース八村が退場となるも終盤までリードを維持し、日本の4点リードで迎えた残り約16秒、追い詰められたフランスが強引に放ったシュートが決まると同時にファウルの笛が鳴った。

攻守に献身的に動いていた河村が、シュートをする相手選手の体に触れたと判断されたのだ。

フランスは土壇場でシュートの2得点に加え、反則によるフリースローを2本決め同点に追いついた。

日本国内では河村は相手に触れておらず誤審だと批判が巻き起こったが、ゲームはそのまま延長戦に突入し、日本チームは力尽き敗れた。

日本のバスケット史上に残ったであろう大金星があと少しのところで手からこぼれ落ちてしまったのだ。

パリ五輪では、ことあるごとにさまざまな「疑惑」がネットを騒がせた。

スポーツクライミング女子のボルダー&リードに出場した森秋彩は身長154センチ、欧米の選手に比べてかなり小さかった。

前半のボルダーラウンドでは4つの課題のうち、最初のホールドの位置が高く設定されていた課題では身長の高い選手たちが次々に完登する中でスタート地点に飛びつくことさえできず0点、大きく出遅れてしまう。

日本のネット上では「セッティングが人種差別的だ」と大きな批判が渦巻いた。

森は得意とする後半のリードで最高得点を得るがメダルには届かず4位、結果的に前半の失敗が大きく響いてしまったためネット民の怒りは今も収まらない。

しかし、スポーツの勝敗には常に「疑惑」がつきまとう。

自国の選手を応援するあまり、執拗に審判や相手選手を攻撃する言動は慎むべきだ。

森秋彩のケースで言えば、最初のホールドに手が届かなかったことも勝負の一部なのだと私は思う。

スポーツクライミングは自然の岩山を素手で登るロッククライミングをスポーツとして洗練させたもの、岩の突起に手が届かないからと言って山に文句を言っても仕方がない。

森自身、「メダルも取れなかったし、完登もできず、すごく悔しいが、悔しい思いを持ち帰った方が今後強くなる原動力になる。この順位でよかったと思う。もっと強くてかっこいいクライマーを目指したい」と試合後語ったように、結果を前向きに受け止めるのがスポーツマン精神というものではないか。

何よりも、とても人間業とは思えないような姿勢で断崖絶壁を軽々とよじ登っていく森の姿は感動的で、私自身あの光景を見ることができたことはメダル以上の価値があったとオリンピックに感謝したい気持ちでいっぱいである。

この種目、男子では17歳の高校生、安楽宙斗が見事銀メダルを取ってくれた。

とは言っても、安楽はすでに世界ランキング1位、予選もトップで通過しており、彼にとっては悔しい銀メダルなのかもしれない。

それでも彼の登りは素人目にもしなやかで、無限の可能性を秘めているように見えた。

大舞台に怯むことなく、逆に「日の丸背負って」みたいな気負いもなく、今時の日本の若者らしい見ていて癒される素直さを感じる。

レスリングや柔道といった「お家芸」でメダルを量産する状況に変わりはないが、これまで日本人が全く活躍できなかったスポーツにもメダリストが誕生し、日本のスポーツの裾野が広がっていることは嬉しい限りだ。

たとえば、男子高飛び込みで銀メダルを獲得した玉井陸斗も17歳。

少年時代から注目されていた逸材だが、中国勢が圧倒的な強さを見せる飛び込みの世界で日本選手初のメダルを掴んだのだ。

日本ではほとんご馴染みがない近代五種でも、112年の歴史で初めてとなる日本人メダリストが誕生した。

馬術、フェンシング、水泳を終えて4位につけた佐藤大宗は、射撃とランニングを交互に行うレーザーランで順位を上げ、見事銀メダルを獲得した。

佐藤は30歳の自衛隊員、確かに近代五種というのは軍人に求められる総合力を競う競技のようだ。

4年後のロサンゼルス五輪では、馬術に代わり障害物レースが新たな種目に加わり、日本のテレビ番組から世界に広がったあの「SASUKE」が正式に採用されることが決まっている。

一方、パリ大会から新たに採用されたブレイキンでは、日本の湯浅亜実、ダンサーネームは「B-Girl Ami」が見事に金メダルを獲得、新種目の初代女王に輝いた。

男子でも開会式の旗手も務めた「Shigekix」こと半井重幸が4位、惜しくもメダルは逃したものの、世界ランク2位の実力を示した。

とはいえ、私のようなおじさんには、ダンスの優劣は正直判断できない。

スケートボードもわかりにくいがスローを見ながら解説を聞くと一応なんとなく理解はできるのだが、ブレイキンはそれでも厳しかった。

案の定、パリで採用されたばかりの新種目なのに、ロサンゼルス五輪では実施されないことが決まっているという。

日本にとっては得意種目が一つ減ることになるが、審査基準が曖昧すぎてオリンピックに馴染まないのはよくわかる。

オリンピック史上初といえば、この人の偉業も日本人の常識を超えた。

陸上女子やり投げの金メダリスト北口榛花。

決勝では1投目から今シーズン世界最長となる65メートル80をマーク、この記録を抜く選手は現れず、陸上女子のフィールド種目初のメダリストとなった。

北口の場合は、去年の世界選手権でも優勝し一躍パリ五輪の金メダル候補に躍り出て注目を集めたため金メダルを取っても意外性はなかったが、こうしたパワー系の種目で日本女性が勝利することなど少し前まではほとんど想像できなかった。

メダルには手が届かなかったものの、陸上男子110メートルハードルで5位に入った村竹ラシッドの走りも素晴らしかった。

この種目で日本人初のファイナリストとなった村竹の父親は、西アフリカの小国トーゴの出身だという。

陸上短距離は国籍は様々なれどアフリカ系の選手の独壇場、日本がこの分野で勝つためには、やはりアフリカの強靭なバネが必要らしい。

外国人に厳しい目を向ける度量の狭い日本人も少なくないが、私は多様なルーツを持つ日本人が増えることには大賛成だ。

単一民族を標榜する日本民族も2000年も遡れば多様な渡来人の寄せ集めに過ぎないわけなのだから、どうせならもっといろんな日本人がいた方が面白いではないか。

ハーフの陸上選手としては先輩格のサニブラウン・アブデル・ハキームは、陸上短距離のエースとして男子100メートルとリレーに出場。

100メートル準決勝では自己ベストとなる9秒96を出したものの、1932年「暁の超特急」と呼ばれた吉岡隆徳さん以来の決勝進出はならなかった。

ガーナ人の父を持つサニブラウンは、去年と一昨年の世界選手権ではいずれもファイナリストになっていて、パリではメダルを狙うと高い目標を掲げたがオリンピックのレベルは予想以上だった。

実際、男子100メートル決勝は7位までが9秒90を切る前代未聞の超高速レースとなり、日本期待の400mリレーでもシーズンベストを出しながらも5位に終わった。

リレーでメダルを取ったカナダ、南アフリカ、イギリスは全員黒人選手であり、日本ももっと多様化してサニブラウン級の選手が増えない限り今後リレーでも勝てないということだろう。

そして、パリで大きく飛躍し、一躍脚光を浴びた競技といえば、なんと言ってもフェンシングだろう。

男子エペ個人で加納虹輝が本場フランスのエースを破って金メダルを獲得したのを皮切りに、男子団体フルーレでも金メダル、男子エペ団体でも銀メダルを手にした。

2008年北京五輪で太田雄貴が銀メダルを取った頃から徐々に強くなってきた男子のフェンシングは、発祥の地フランスで一気に世界のトップクラスに躍り出たのだ。

女子も負けてはいない。

エース江村美咲のメダルが期待された個人戦では敗れたが、団体ではフルーレとサーブルで2つの銅メダルに輝いた。

日本女子フェンシングチームが初めて手にするオリンピックのメダルである。

それにしてもどうして、こんなにも急激に強くなれたのか?

その背景には外国人コーチの存在とともに、日本初のメダリスト太田雄貴を中心とする戦略的な取り組みがあったようだ。

太田は選手活動と並行して国際フェンシング連盟の活動にも積極的に関わり、現役引退後は自ら立候補して連盟の理事長に就任した。

さらに日本人3人目となるIOCの委員にも選ばれ、日本のフェンシングを地位を高めることに地道に取り組んできたのだ。

一人の優秀なリーダーが現れることで、スポーツを取り巻く環境は大きく変わり、強い選手も育っていくことをフェンシングの成功が示しているように思う。

17日間にわたりさまざまな感動を与えてくれたパリオリンピック。

昼間に録画したオリンピック中継を見続けることで、このクソ暑い夏を熱中症にならずに乗り切ることにとても役立っただけではなく、今の日本の若者たちが多様性を広げてくれていることを感じ、未来に希望を持てた日々であった。

数々の問題が指摘される日本社会ではあるが、総体として日本は決して悪い国ではないと強く感じる。

他国を攻撃することなく、自国の若者たちの頑張る姿に感動し、彼らを努力を応援し、自分たちの未来にも前向きな希望を抱く。

こうした健全な愛国心が多くの人の心に宿ったとすれば、スポーツを戦争に代わる愛国心の発露の場としようというオリンピックの意義が世界に認められることになるだろう。

<吉祥寺残日録>【東京五輪15日目】メダルには届かなかったがサッカー日本代表は最強だった #210806

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