いつか、こんな事件が起きるのではないかと懸念していた。
“老い”が原因でバイデン大統領が撤退の危機に陥り、次期大統領に返り咲く可能性が高まるトランプ前大統領が大勢の支持者やメディアが見守る中で命を狙われた。

数千人の支持者を前にいつものように精力的に演説をしていたトランプ大統領が、突然左耳を押さえてその場にうずくまる瞬間がテレビカメラに収められたのは13日午後6時15分。
大統領候補が正式指名される共和党全国大会を目前にしたペンシルベニア州バトラーでの演説会場だった。
引き続き現場には発砲音が響き、警護に当たっていたシークレットサービスの複数の隊員が上から覆い被さってトランプ氏を守った。
日本ではちょうど日曜日の朝、テレビの情報番組は飛び込んできたばかりの衝撃的な映像を繰り返し流しながら、断片的な情報を伝える。

壇上には直ちに完全武装の兵士も現れ、周囲を警戒する。
さすが、“銃の国”アメリカ。
安倍元総理の銃撃事件における日本の警察の対応とは全く次元が違う。

しばらくして、立ち上がったトランプ前大統領。
星条旗をバックに右手を突き上げたトランプ氏の頬には赤い血が流れていた。
シークレットサービスに囲まれて避難する最中にも支持者たちにアピールするトランプ氏の写真は、まるで巨匠ドラクロワの名画「民衆を導き自由の女神」のようだとSNS上で大きな話題となった。

トランプ氏は無事だった。
銃弾はトランプ氏の右耳上部を貫通したが、間一髪、頭部直撃を免れたのだ。
もしあと数センチずれていたら、あのケネディー暗殺以上の衝撃的な瞬間となっていただろう。
やはりトランプさんは、人並外れた強運の持ち主なのである。

それにしても、誰がトランプ氏を撃ったのか?
一方を聞いて、誰もがそれを知りたがった。
集まった聴衆はトランプ氏の熱狂的な支持者たちであり、演説会場に入るには厳重なチェックがあって金属類の持ち込みは難しい。

しかし、狙撃犯は演説会場の外側にある建物の屋根からライフルを発射したことが判明した。
容疑者はその場でシークレットサービスによって射殺されたが、報道によれば容疑者は8発を発射し、逸れた銃弾によって観衆の1人が死亡、2人が重傷を負ったという。

FBIは14日になって、容疑者は現場から70キロほど離れたペンシルベニア州の町に住むトマス・マシュー・クルックス、20歳と発表した。
州の有権者登録記録には共和党支持者として登録していたものの、2021年にはリベラル派グループに15ドルを寄付したという記録があり、犯行の動機や政治的な背景はわかっていない。
今のところ単独犯と見られているが、公開された容疑者の写真はどことなくケネディ大統領の暗殺犯とされるオズワルド容疑者に似ていて、今後トランプ支持者の間で新たな陰謀論が浮上することも予想される。

対立候補の暗殺未遂事件が起きたことを受けて、バイデン大統領はホワイトハウスからのテレビ演説を行なって国民に冷静な行動を求めた。
「まだ動機が分かっていない。(容疑者の)意見や所属が分かっていない。誰かの協力や支援を受けていたのか、誰かと連絡を取り合っていたのかどうか、まだ分かっていない」
こう述べたうえで、「暴力は決して回答にならない」と強調、さらに「この国の政治的発言は熱くなりすぎている。温度を下げる必要がある。アメリカでは私たちは意見の違いは投票によって解決する、銃弾によってではない」と呼びかけた。
しかし、共和党からは激しいトランプ批判を続けてきたバイデン陣営に責任があると非難する声が上がっている。
「バイデン陣営は、トランプ大統領がいかに独裁的なファシストで、何としても阻止しなくてはならないのだと主張し続けてきた。そういう物言いが直接、今回の暗殺未遂につながった」
今回の事件は、容疑者の思惑を離れて大統領選挙の行方に複雑な影響を与えることになるだろう。

それにしても、一貫して銃規制に反対してきたトランプ氏が銃によって命を狙われるというのは皮肉な話である。
紙一重で命拾いしたトランプさんはこの事件で何を感じたのだろう?
トランプ氏はすでに共和党大会が開かれるミルウォーキーに到着し、予定通り正式に大統領候補に指名される予定だ。
ここでトランプ氏が何を語るのか、再び対立を煽るのか、大いに注目したいところである。

ここにきて、世界はより一層混乱を極め、暴力に歯止めが効かなくなっている。
ガザでは、イスラエル軍が病院や学校への攻撃を激化させている。
世界各地でイスラエルに対し即時停戦を求める声が高まっているが、最大の支援国アメリカはイスラエル寄りの姿勢を改めることはなく、巨額の軍事支援によって一般市民の犠牲が増え続ける状況に加担している。
二国家共存を拒むイスラエルの右派勢力を勢いづかせたのはトランプ前大統領であり、彼にはパレスチナで続く果てしない暴力の責任がある。

また、トランプ氏との関係が疑われるロシアは、ウクライナへのミサイル攻撃を激化させるだけではなく、NATO加盟国に対する「ハイブリッド攻撃」も強化していると伝えられている。
リトアニアやポーランドでは、ロシアによる犯行と見られるショッピングモールの大規模火災が発生、チェコで摘発された南米国籍の男によるバス放火事件も背後にロシアがいて、報酬目当ての第三国出身者を利用して、ウクライナを支援する国々を社会的に混乱させようと企てているのだという。
第二次世界大戦が起きる前、日本を含む世界各地でテロなどが多発し、暴力が横行した。
漠然とした社会不安を抱いた人たちを煽動する指導者が各地に現れ、理性的な判断や民主的なプロセスが蝕まれていくのだ。
そうして徐々に世界は不安定化し、ちょっとしたきっかけで戦争に発展するのである。

今回の銃撃事件を利用して、トランプさんを「不屈のヒーロー」に祭り上げようとする策謀を許してはならない。
バイデンさんの老いは問題だが、トランプさんの嘘はもっと危険である。
ドナルド・トランプという稀代のポピュリストの本性を冷静に見定める良識が求められている。
<吉祥寺残日録>安倍元総理暗殺の衝撃!参院選演説中の銃撃が想起させる映画「タクシードライバー」と戦前の「テロの時代」 #220709