<吉祥寺残日録>開幕まで50日!そろそろオリンピックにケチをつけるのやめよう! #210604

昨夜行われたサッカー日本代表の試合。

感染対策の不備のため予定されていたジャマイカチームとの親善試合が中止され、急遽オリンピック日本代表との対戦が実現した。

A代表とU-24日本代表の試合は、100年となる日本のサッカー史上でも初めてのことらしい。

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結果は3−0でA代表が勝ち、面目を保った。

オリンピックに向かっては課題もあったが、全体としては引き締まったとても面白い試合だった。

「日本代表vs日本代表」というサッカーファンにとっては夢の対戦。

試合は無観客で行われ、開始直後は無人のスタンドがやはり気になったが、試合が進むに従って試合に意識が集中しまったく気にならなくなっていた。

2つの日本代表それぞれの意地もあるが、各選手が代表入りをアピールして必死に戦っていることもあり、その真剣さが画面から伝わってくる。

「やっぱり、スポーツはいい! オリンピック見たい!」

改めて、そう感じた。

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東京オリンピックを巡っては、国民の8割が中止や延期を求めているという調査結果もあり、いつの間にかすっかり「悪者」になってしまった。

こうした世論を無視していると言って政府や東京都に対するメディアの批判も止まないが、もう少し冷静に状況を判断すべきじゃないと私は思う。

オリンピックで来日する外国人たちは、本当に日本にウィルスを持ち込むのか?

毎日入国してきている帰国者や外国人に対する水際対策に比べると、オリンピック関係者のワクチン接種率は極めて高く、入国後の行動監視もオリンピック反対派によって厳しく行われるだろうから、一般の帰国者よりもずっと安全性の高いものとなるだろう。

もちろん来日するメディア関係者については、取材することが目的なので当然動き回るため、選手らに比べてリスクは高くなる。

しかしメディアに対しては当然ワクチン接種が義務づけられるだろうから、彼らがスーパースプレッターとなる危険性はさほど高くないと私は考えている。

「外国人よりもむしろ国内での移動増加が危険だ」という声もある。

だが、東京で日々移動している何千万もの人たちに比べて、オリンピック関係での移動はそれほど多いのだろうか?

一体、東京で1日に何人の人が通勤し、外食をし、買い物をしているのか?

要請に従わず平気で不要不急の外出をしている「不届き者」の数の方が、オリンピックのために移動する人数よりもずっと多いだろうと私は確信している。

それほどコロナが怖いのならば、まずはそうした不届き者こそ取り締まるべきではないのか?

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かく言う私だって、延期ができるのであれば、もっと良い環境のもとでオリンピックをやらせてやりたいと思う。

しかし、IOCがYESと言わなければ日本国内でいくら騒いでも始まらない。

でも、ワクチン接種が順調に進めば雰囲気も変わってくるのではないか?

政府は、6月21日から64歳以下の人たちに対しても職場単位での接種を始めることを発表した。

自治体の職員に比べて民間企業の実務能力は高い。

菅総理が掲げた1日100万回の接種は実現するだろう。

高齢者の接種も7月中にはほぼ終わる見込みのようだし、オリンピック開幕の頃までには世間の空気は少し変わっている、そんな期待を抱いている。

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オリンピックだけを殊更に悪者にしてワーワー騒ぎ立てるメディアには、もうウンザリだ。

むしろある種の危険性さえ感じる。

メディアに携わる人たちには、天邪鬼の精神が必要だと思うのだ。

「オリンピックは悪」という固定観念、または「オリンピックは怖い」という漠然とした不安にただただ乗っかって騒ぎ立てるメディアは、敵のことをちゃんと調べもせず「鬼畜米英」を叫んで世論を煽った戦前のメディアの姿を彷彿とさせる。

前にも書いたが、東京オリンピックの招致は国際公約であり契約なのだ。

東京でオリンピックが開かれる前提で、世界中の選手たちが不安な中、必死で練習を続けている。

今更、この程度の感染状況で中止するならば、最初から招致する資格などない。

もし中止や延期を決めるならば、去年同様、各国の代表選考が始まる前の春の段階しかなかった。

しかし東京都も日本政府も中止や延期の判断はしなかった。

オリンピック開幕まであと50日。

責任者たちはすでに決断し、賽は投げられているのだ。

そうであるのなら、メディアもいつまでも「やるやらない」の議論を繰り返すのではなく、どうやったら成功できるか前向きな議論を胸を張ってしてもらいたいと私は思う。

どんなに難しい課題であっても、ゴールが定まると、やるべきことは自ずと見えてくる。

ゴールが定まらないと細部を詰めることができず、結局つまらないミスや不測の事態を招く可能性を高めるのだ。

もうここまで来たら、腹を括るしかない。

オリンピックによって本当に感染爆発が引き起こされたなら、秋までにある選挙で責任を問えばいいではないか。

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「オリンピックはなぜ特別なのか?」という疑問を訴える人たちが多くいる。

確かに単なるスポーツ大会だ。

しかし、「オリンピックは特別だ」と私は思う。

オリンピックが商業主義にまみれ、「平和の祭典」としての原点を見失っているという批判はその通りだとは思うが、世界各国が曲がりなりにも「平和」という共通幻想を抱ける対象は、オリンピックと国連ぐらいしかないのだ。

第二次大戦後、米ソ両陣営の厳しい冷戦時代にも、オリンピックでのメダル競争は愛国心のはけ口となり全面戦争に向かうエネルギーを少なからず削いだ面はあったと考えている。

もし世界からオリンピックという幻想が消えてなくなったら、きっと戦争のリスクは高まるだろう。

私は、パンデミックなどより戦争の方がはるかに怖い。

だから、多少のリスクがあってもオリンピックは開催してほしいと願っている。

来日する外国人選手たちには、気持ちよくプレーに集中してもらいたいと思う。

聖火リレーなんかなくていい、もちろんパブリックビューイングも必要ない。

あんな付属のイベントは全部「電通」が儲けるためにやっているだけなのだから。

もちろん無観客でもいいのだが、できるならばプロ野球並に会場に観客を入れられるとテレビでの見栄えがいい。

世界のほとんどの人々はテレビでオリンピックを見るのだから、演出上、無観客よりもテレビに映る場所には観客がいた方がいい。

どうせなら観客は、首都圏の人に限定して日本在住の外国人を入れる。

国内での移動を最低限にする措置だ。

当然文句は出るだろうが、どうせ何をやっても文句は出る。

ワクチン接種でも見られたように、「何でもかんでも公平に」という日本人の意識は非常時には弊害となる。

このあたりで日本人が気持ちを切り替えて、なるべく安全にコロナ禍でのオリンピックをやり抜く覚悟を決めれば、きっと大会はそれなりに成功するだろう。

結果としてこの困難なミッションをやり切ることができれば、日本に対する評価は間違いなく高まるはずだ。

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昨夜のサッカーの試合を見ながら、思った。

みんなそろそろ、オリンピックにケチをつけるのはやめてもらえないだろうか、と。

オリンピックをやるにしてもやらないにしても、まずは感染を抑える必要がある。

不要不急の行動を控え、1日も早く居酒屋の窮地を救い、医療現場の負担を減らすこと。

やることは結局、同じことなのだ。

私はオリンピックを見たい。

来日する選手たちを暖かく迎えてあげたい。

だから私自身、外出は最低限にし、絶対に感染を広げる行動は取らないよう気をつけている。

オリンピックを悪者にして、自分勝手な行動を取る口実にするのはもういい加減やめよう!

誰かに責任を転嫁するのではなく、各自がやるべきことを守ることでしかコロナ禍での平穏な日常は戻ってこないのだから・・・。

<吉祥寺残日録>オリンピックの聖火リレーがスタートした日、市川崑監督の映画「東京オリンピック」を観る #210326

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