いやはや、あっけない相撲だった。
大相撲夏場所千秋楽。
3敗でただ一人先頭を走る小結・大の里は4敗で追う関脇・阿炎と対戦、敗れれば阿炎に加え大関や大栄翔など実力者4人による優勝決定戦にもつれ込む普通なら緊張する大一番である。
左官工事の都合で、四国を旅している私は高松のホテルに駆け込み、その瞬間を息を呑んで見守っていた。
いつものように立会いから激しく突き立てる阿炎に対し、大の里は一歩も下がることなく、すっと体を寄せると、その圧力に阿炎は圧倒されてあっけなく土俵を割った。
最近あまりお目にかからないような“横綱相撲”。
これが大の里の初優勝が決まった瞬間だった。
優勝決定戦になれば優勝の行方は混沌として面白くなるという私の願望も一瞬で消え去った。
こいつは化け物だ・・・と思った。
大の里の優勝は、文字通り、角界の世代交代を象徴している。
夏場所初日、大の里は結びの一番で横綱・照ノ富士を圧倒した。
膝の状態が万全ではないとはいえ、大の里の強さは誰の目にも明らかだった。
この日、出場した1横綱4大関が全員敗れるという前代未聞の下剋上が起こった。
2日目には照ノ富士と貴景勝が休場、カド番の大関・霧島も途中休場して、先場所に続き早々にして番付は崩壊した。
そんな中、大関陣で期待されたのが今場所から祖父の四股名を襲名した琴櫻だった。
日本人横綱に最も近いと見られている琴櫻。
13日目を終わって、大の里と並び優勝争いの先頭に立っていたが、14日目阿炎に不覚をとり、4敗に後退する。
体の柔らかさを活かして押されても凌いで逆転する相撲が目立ち、ひところの圧倒する出足が今場所は見られない。
ところが阿炎との一番では珍しく前に出て、逆に土俵際でかわされてしまった。
実力は十分なのだが、琴櫻にはどこか勝負弱いところがある。
偶然ではあるが、夏場所初日、私は昭和の横綱だった先代・琴櫻の出身地である鳥取県の倉吉にいた。
白壁土蔵群という歴史的な街並みを歩いていると、「琴櫻記念館」という幟が立っているのを見つけ、この街が先代・琴櫻の故郷であることを知ったのだ。
記念館には、あまり似ていないが先代の等身大の像も置かれ、亡くなった今でもふるさとの英雄として人々の心に残っていることを見せつけられた。
そして、先代・琴櫻への想いは当然孫である二代目琴櫻へと向けられる。
大相撲中継が流れるテレビの上には「琴ノ若改メ 二代目琴櫻誕生!!」と書かれた紙が貼られていた。
「そうか、今日から琴櫻か」
あまりの偶然に、何か不思議な縁のようなものを感じ、今場所は密かに琴櫻を応援していたのだが、大の里の勢いの前に初優勝の夢はまたもや叶わなかった。
大の里の強さは、本物だろう。
2年連続アマチュア横綱のタイトルを引っさげて角界入りしたのはちょうど1年前、去年の夏場所である。
幕下付け出しでスタートし、5場所目には新入幕。
3場所続けて幕内の優勝争いを演じ、ついに史上最速7場所目にして賜杯を手にしたのだ。
前に出る圧力だけでなく、相手に何もさせないうまさがある。
殊勲賞とともに技能賞を獲得したのも納得のうまさだ。
さらに大の里にはメンタルの強さもある。
他者を圧倒する横綱の器量を持った日本人力士がついに出現したのだ。
怪我さえなければ、大の里は間違いなく横綱に駆け上がるだろう。
これに琴櫻、さらには先場所優勝した尊富士や若手の熱海富士なども加わって、日本人力士が横綱・大関を担う新たな時代がもう目の前まで来ているのだ。
長年、モンゴル人力士の時代が続いてきたが、ようやく日本人が復権する時が来た。
新たな相撲ブーム到来の予感がする。
