シニアになるとどういうわけか大相撲が好きになる。
照ノ富士が途中休場し、大関も序盤で大負けする大波乱の春場所は、優勝決定戦の末、新関脇・若隆景が平幕高安を大逆転で破り初優勝を飾った。
それにしても素晴らしい優勝決定戦だった。
若隆景の強烈なおっつけを仁王のような形相で凌いだ高安が猛然と土俵際に追い詰める。
とどめを指すように突進する高安を若隆景は膝を崩しながらも辛くもかわし、その時つかんだ高安のまわしを命綱にして右に回り込む。
そこに追い打ちをかけるように高安が左手を伸ばして押し出そうとしたところ、立ち直った若隆景が高安のまわしを引っ張り、土俵際で高安の体は支えを失ったように崩れ落ちた。
両者2敗で迎えた千秋楽で、二人とも敗れての優勝決定戦。
文字通り、戦国乱世を思わせるような今場所を象徴するような千秋楽で、大いに楽しませてもらった。
例年、大阪で行われる春場所は、一昨年コロナの流行で無観客となり、去年は東京での開催となった。
そのため、大阪での有観客での春場所は3年ぶり。
優勝候補筆頭の横綱照ノ富士は序盤で2敗を喫して休場、角番の大関・正代と貴景勝も黒星先行の苦しいスタートとなる中で、今場所を引っ張ったのは高安だった。
前頭7枚目と楽な位置だったこともあって、初日から負けなしの10連勝、優勝争いのトップを独走した。
それを追うのが新関脇の若隆景。
高安以上に鋭い相撲が冴え渡り、解説者も目を見張る盤石の相撲で高安を追う。
さらに、今場所は上位陣に個性豊かな力士が揃い、連日の星の潰し合いに目が離せない展開となった。
御嶽海・貴景勝・正代の3大関に、若隆景・阿炎・隆の勝・豊昇龍という勢いのある三役、平幕上位には大栄翔・宇良・逸ノ城・玉鷲・阿武咲・明生・霧馬山・遠藤と役者が揃い、これに高安と急成長中の琴ノ若が加わって、実力伯仲、誰が勝ってもおかしくない僅差の戦いが連日続いたのだ。
そして、優勝の行方がかかった最終盤で土俵を盛り上げたのは、前半不甲斐ない相撲が続き、大関陥落が確実とみられた正代だったというのも大相撲の面白いところだ。
照ノ富士休場で最高位となった正代は、序盤6日目を終わって1勝5敗、その負け方は大関と呼ぶにはあまりに惨めで、本人もすっかり自信を失ってしまったように見えた。
ところが面白いもので、ここから6連勝で巻き返し、14日目には単独トップだった高安を破り、千秋楽結びの一番では勝てば優勝という若隆景に勝利、優勝決定戦のお膳立てをした。
新関脇の優勝は双葉山以来、実に86年ぶりの快挙だという。
横綱・大関が強くないと土俵が締まらないとよく言われるが、私は誰が勝つのか予想がつかない戦国乱世のような大相撲が好きだ。
絶対王者だった白鵬が引退して、群雄割拠の戦国時代が始まった。
急成長して一躍大関候補となった若隆景の優勝は、文字通りそんな戦国時代の象徴である。
大型力士がひしめく今の角界にあって、130キロほどの若隆景は小さく見えるが、矢のように相手に下から突き刺さる若隆景の相撲は見ていて実に気持ちがいい。
大横綱・千代の富士を彷彿とさせるスピードとテクニック、本当に魅力的な力士である。
そんな若隆景は当然私のご贔屓ではあるが、今日の優勝決定戦、できることなら高安に買ってもらいたかった。
私は高安が大関に昇進する前からのファンで、肝心なところで負けるメンタルの弱さを含めてずっと応援してきた。
だから今回も終盤でまた脱落するのではないかと、毎日ハラハラして見守っていたのだ。
結局、終盤の5日間で3敗。
もしそのうちの1つでも勝っていたら、優勝していたと思うと残念で仕方がない。
昨日の正代戦も土俵際まで追い詰めて逆転され、今日の優勝決定戦でもほぼ勝利を手にしたと思った瞬間、優勝は高安のもとから逃げていった。
どうして高安は優勝できないのだろう?
解説者として登場した元白鵬の間垣親方は、「対戦した相手の中で高安が一番強かった」と語っていた。
これまでも何度も優勝のチャンスはあったが、ことごとく逃してきた。
そういえば兄弟子だった稀勢の里もなかなか優勝を手にできなかった力士だった。
二人ともメンタルに問題があると指摘されていたが、どうもそれだけではない気がする。
「運命」
人にはそれぞれ巡り合わせというものがあるのだと思う。
日本には昔から「スポ根」を礼賛し、勝てない理由をメンタルに求める傾向があるが、多くの場合それは後付けに過ぎない気がしてならない。
高安という力士は、どんなに努力しても土俵に集中しても優勝に手が届かない星の下に生まれているのかもしれない。
しかし稀勢の里が優勝できたように、高安にもいつかチャンスがまた訪れるだろう。
それを信じて、私は高安の応援を続けていく。
もちろん若隆景も好きだし、阿炎も大好きだ。
先が見えない戦国乱世の中から織田信長が出てきたように、この混戦を抜け出して誰が次の白鵬になるのか。
その答えがわからないから、大相撲から目が離せないのだ。