イタリアを舞台に繰り広げられているミラノ・コルティナ冬季五輪も、早いものでもう終盤となった。
今年は2月の恒例行事となっていた海外旅行も取りやめ、連日朝起きるとまず録画したオリンピックの放送をチェックするのが日課となっている。
ヨーロッパで行われるオリンピックの場合、どうしてもメインのプログラムが深夜に放送されるからだ。
やはりスポーツはライブが命、録画を見る前に結果を知ってしまうと興味が半減してしまうので、目が覚めても迂闊にテレビはつけず、スマホも開かないように注意して過ごしている。

中でも今大会、私が最も注目したのはスノーボードだった。
開会式直後に行われた男子ビッグエアでは、いきなり2人が表彰台に上がった。
今大会、日本選手初の金メダルと銀メダルである。

金メダルを獲得したのは、21歳の木村葵来(きら)選手。
2回目で失敗し後がない状態で臨んだ3回目の試技で、大技「スイッチバックサイド1980」(横5回転半)を決め、この日唯一の90点台をマーク、居並ぶ強豪を抑えて優勝をさらった。
スノボ選手には珍しい丸坊主頭が印象的な木村は、なんと岡山市出身だった。
私が住んでいた官舎からもほど近い小中学校に通っていたことを知る。
冬季五輪に出場する選手といえば雪国出身というのが従来のパターンだが、近頃日本各地に屋内練習場も整備され、雪や氷と縁のない地域からも有力選手が生まれているのだ。
木村選手の場合、オリンピックで見たのをきっかけに小学校6年の時にスノーボードを始め、中学2年でプロ資格を取得したという。

一方、2位となったのは2025年の世界選手権王者としてオリンピックに臨んだ23歳の木俣椋真(りょうま)だ。
2回目を終わってトップに立っていた木俣だが、木村に抜かれ、再逆転を狙って超高難度の横6回転技に挑んだ。
しかし惜しくも失敗。
この瞬間、木村の金メダルが決まり、木俣は銀メダリストとなった。
日本にとって、この種目初のメダル獲得である。
木俣の出身は名古屋、スノーボードを始めたのは3歳だったという。

女子選手も負けてはいない。
続いて行われたスノーボード女子ビッグエアでは、21歳の村瀬心椛(ここも)選手が金メダルを獲得した。
北京五輪では銅メダルだったこの種目。
暫定3位で迎えた最後のラン、村瀬は渾身の力で縦3回転に横4回転を加える「フロントサイドトリプルコーク1440」に挑む。

見事成功させた村瀬は、頭を抱えて座り込み、勝利を確信した様子で点数を待った。
得点は89.25、1回目と合わせ89点台2本を揃えた村瀬はライバルたちに大きな差をつけて優勝を飾った。
日本人としてスノーボード女子初めてとなる金メダル。
13歳で「Xゲーム」で優勝し早くから将来を嘱望された村瀬が、大怪我を乗り越えてついに手にした世界の頂点だった。
そんな村瀬は岐阜市出身、両親に連れられて訪れたスキー場で初めてスノーボードに触れたのは4歳の時だったそうだ。

上々のスタートをきった日本スノーボードチーム。
ビッグエアに続いて行われたのは、日本が得意とするハープパイプである。
男女とも4人全員が決勝に進出しメダルへの期待が高まる中、まず行われた女子決勝では21歳の小野光希が銅メダルに輝いた。

北京オリンピック銅メダルの冨田せなは9位に終わったが、16歳コンビとして注目された清水さらが4位、工藤璃星(りせ)が5位と2人とも堂々とした演技でメダル争いを演じた。
2人は次のオリンピックでもまだ20歳。
日本には次から次へと世界で活躍するスノーボーダーが生まれていることを実感させられた。

さらに、メダル独占も期待された男子ハーフパイプでも2人のメダリストが誕生した。
金メダルに輝いたのは24歳の戸塚優斗。
横浜市出身で2歳からスノーボードを始めた戸塚は高校1年の時に初参戦したワールドカップでいきなり優勝、この年のワールドカップで総合優勝を飾り、メダルの有力候補として平昌オリンピックの日本代表に選ばれた。

ところが、平昌五輪では失敗し担架で運ばれるアクシデントに見舞われリタイア、続く北京五輪でも10位に終わった。
オリンピックで勝つには、実力だけでなく運にも恵まれる必要がある。
1回目のランから各選手が高難度の技が繰り出す過去に例のないハイレベルな戦いの中、暫定2位で臨んだ2回目のラン、戸塚は大技「トリプルコーク1440」(斜め軸で縦3回転、横4回転)を手始めに5つの回転技を見事に決め、ライバルたちを振り切る驚異の95.00点をマークした。

「五輪で納得のいく滑りをしたことがなかった」男が、ついに自分の実力をオリンピックの舞台で示し手にした金メダル。
あまり感情を表に表すことのない戸塚が流した涙は、期待に応えられなかった過去2回のオリンピックの悪夢をようやく振り払うことができた安堵の涙だったのだろうか。

3位にはチーム最年少19歳の山田琉聖(りゅうせい)が入った。
回転数ではなく高さと形で魅せるという独自のスタイルを貫き、見事に銅メダルを手に入れた。
高回転の争いが行き着くところまで行って、むしろユニークさが評価される時代に入ったのかもしれない。

そして、この試合で2人のメダリスト以上に注目を集めたのが、4大会連続のオリンピック出場で北京の金メダリスト平野歩夢である。
4大会連続のメダルが期待された今大会の直前、練習中の平野を思わぬアクシデントが襲った。
複数箇所を骨折する大怪我、オリンピック出場も不可能と思われた。
ところが平野は驚異的な回復力を見せ、怪我から1ヶ月もたたずに行われたオリンピックの舞台に姿を現すと、見事なルーティーンで予選を突破して見せたのだ。
この男はやはり尋常ではない。

迎えた決勝でも、王者として恥ずかしくないミスない演技で観客を沸かせた。
2回目のランでは超高難度の「ダブルコーク1620」を成功させ、「アドレナリンだったり、痛み止めだったり、それを頼りにリスクをかけて挑んだ」とケロリと語った。
誰もが目を疑うような信じがたい挑戦だったが、さすがに北京で見せたような高さやキレはなく、もしもあの怪我がなければ果たしてどんな演技を見せてくれたのだろうと、この男の並外れたポテンシャルとオリンピックに賭ける執念を見た思いだった。
試合後、平野は命懸けの挑戦だったことを明かしている。
「こうやって生きて戻ってこられてよかった。今の状態での全力にはチャレンジできた」
それでも、平野はまだ27歳。
この男のドラマはまだまだ続き、私たちにまた信じられない光景を見せてくれるのだろう。

日本スノーボードチームの快進撃はまだまだ続く。
日本時間の昨夜行われた男女のスロープスタイルでも、この種目初となるメダリストが3人も誕生したのだ。
まずは男子、ビッグエアでは結果が出せなかった20歳の長谷川帝勝(たいが)が銀メダルを獲得した。
レールを滑り降りるジブセクションで点数を稼いだ後、後半のジャンプセクションでは得意の「ダブルロデオ」を成功させて暫定トップに立つ。
独自の「タイガスタイル」にこだわった滑りがオリンピックでも評価されたのだ。

結果的には、日本人コーチの指導を受ける北京五輪のメダリスト、中国の蘇翊鳴に抜かれ首位は譲ったものの、その後ライバルたちも得点が伸びず、長谷川が最初のリードを守り抜き銀メダルを勝ち取った。
総合的なスノーボード技術が求められるスロープスタイル。
練習の虫として知られる長谷川は、地道な練習の成果として、日本人初となる記念すべきメダルを掴み取ったのである。

長谷川の銀メダルの興奮も冷めやらぬ中で行われた女子スロープスタイル。
スノーボード競技の最後を飾るこの種目でも、日本女子選手がまたまた大活躍だ。
ビッグエアで金メダルに輝いた村瀬は男性並みの高回転技を決めるが、惜しくも二冠とはならず銅メダルだった。

エース村瀬を上回ったのはダークホースの深田茉莉、19歳。
2回目のランで暫定トップに立つと、3回目でも丁寧な滑りでジブセクションをミスなく滑ると、ジャンプセクションで見せたのが「スイッチバックサイド1260」の大技だ。
村瀬のジャンプに比べるとゆっくり回転し素人目には難しい技とは見えなかったが、得点が出てからそれが高難度の技で着地もバッチリ決めたため、このセクションの得点が10点満点だったことを知った。
このラン全体の得点は87.83となり、結果的にこの滑りにより連覇を狙ったニュージーランドの女王ゾイ・サドフスキシノットの猛追を振り切ったのだ。

彼女たちの活躍により、日本のスノーボードチームが獲得したメダルは計9個(金4・銀2・銅3)という驚異的な結果となった。
これはソチ五輪以前の冬季五輪で最多メダル数だった長野五輪の10個に、単独競技で迫る数字であり、平昌大会以降、日本のメダル獲得数が急速に増えている原動力はまさにスノーボードの若者たちの貢献によるものである。
今回のミラノ・コルティナ五輪は、スノーボードが文字通り日本の新たなお家芸に成長したことを証明したオリンピックとなった。

ただ、今回のオリンピックはスノーボード界に新たなスター選手を次々に生み出したが、その一方で五輪とは相性の良くない選手たちの存在も忘れられない。
平昌、北京と2大会連続で4位となり、3度目のオリンピックで悲願のメダルに挑んだ岩渕麗楽選手。
しかし、昨年10月に右膝の怪我をしたことも影響して、ビッグエアは11位、スロープスタイルは8位に終わった。
試合後、膝の怪我は前十字靱帯の断裂だったことを明かし、帰国後に手術を受けて再起をかけるという。
男子では、メダルの有力候補と見なされながらわずか1点差でメダルを逃した男子ハーフパイプの平野流佳(るか)選手もオリンピックとは相性が良くない。
初めて出場した北京五輪では3位で決勝に進むが結果は12位に終わり、ワールドカップチャンピオンとして臨んだ今大会も4位とメダルには届かなかった。
3位と4位では扱いが別世界なのがオリンピックだ。
2人には次のオリンピックでの活躍を期待したいと思う。

ただスノーボード界では、どんどん10代の若手が育ってくる。
平野歩夢らの活躍でスノーボード人口が増えるに従って、日本各地に夏でも練習ができるエアマットなどを使ったオフトレ施設ができたことも大きな要因らしい。
今や日本代表の座を掴むことは、オリンピックの決勝に進むことよりも難しくなっているのだ。
20代半ばになるともうベテランと呼ばれるこのスポーツが産んだ若き英雄たちは、「世界から注目される日本」の一つの象徴になりつつある。