昨日、三男夫婦が遊びに来た。
第一子の妊娠が判明してから初めての対面である。
出産予定日は10月ということで、スレンダーなお嫁さんのお腹は微かに膨らんでいた。

妻の不眠症を聞きつけて、母の日を前に励ましに来てくれたのだろう。
元気が出そうな小さな花束を持ってきてくれた。

今日は大阪に住む次男家族からお菓子が届き、LINEをつないで孫たちの元気な顔も見られた。
みんな妻の体調を気遣ってくれる。
先日の長男家族といい、家族の力は妻を一番元気にしてくれる。

井の頭池では今年も、カイツブリたちの子育てが始まっている。
これは先月の写真だから、もうだいぶ大きくなって泳ぎも覚えた頃だろうか?
子どもが生まれるというのは、文句なくいいものだ。
若い頃は子育てに忙しくさほど感じなかったが、歳をとるに従って、ますます子どものありがたさが身に沁みるようになった。
未来を担う子どもたちは「希望」を体現して生まれてくる。
果たしてどんな未来が待ち受けているのか想像もできないが、私たちとは全く異なる時代を彼らは生きていくわけだ。
デジタル社会は止まるところを知らず、AIや生命科学の発展により、SFの世界が現実のものとなるだろう。
宇宙空間も人類の新たなフロンティアとなり、地球外植民地を求めて「新大航海時代」が始まるかもしれない。
しかし大事なのは、子どもたちの人生が幸福なものになるかどうかだ。
その意味では、人類はちっとも賢くなっていないことが日々のニュースを見ていると痛感させられる。
今の年寄りが昭和を懐かしむように、過去の負の部分は忘れ去られて歴史は美化されるものだ。
今の若者たちも歳をとったら、平成や令和の時代を懐かしむのだろうか。

いつの時代も、年寄りは昔を懐かしみ、若者は時代遅れのルールに不満を募らせる。
ただ思うのは、日本の場合、年寄りが多すぎて若者たちが萎縮しているということだ。
戦後生まれの団塊の世代が後期高齢者となり、日本の人口ピラミッドは人類史上類を見ないようないびつな逆三角形となってしまった。
今の高齢者が若者だった時、数の力を背景に学生運動を繰り広げ、既存の秩序に猛然と反抗していった。
そんな年寄りたちは今も元気で、自分の権利ばかり主張している。
コロナが流行すると、外出する若者たちを罵倒してがんじがらめの檻に閉じ込めるよう政府に圧力をかけた。
政治家たちはいつでも数の多い老人票に重きを置き、若者たちの声は政治に反映されない。
民主主義の最大の欠陥は、人口の多い世代の声が過剰に反映されてしまうことである。
不人気だった菅政権を私が最後まで支持していたのは、高齢者の医療費負担を上げたり、子育て支援を拡充したり、極限まで歪んだ世代間格差を是正しようと試みていたからだ。
しかし菅さんが退陣し、凡庸な岸田内閣で世代間格差解消の動きはすっかり目立たなくなってしまった。
「こども庁」設置の旗振り役だったはずの野田聖子大臣もまったく存在感がなく、自民党からは年金受給者に一律現金を配ろうなどという馬鹿げた提案まで飛び出す始末だ。
団塊の世代は、ずっと自分たちの都合のいいように世論を左右してきたのだから、いい加減大人しくして自己主張を控えてもらいたい。
年金が少なくて暮らしていけないとしても、その負担を若者たちに回すべきではない。
年寄りはもう十分生きたのだから少し黙れ!
そして反対に、若者はもっと声を上げて堂々と自己主張すべきなのである。

日経新聞に興味深い記事が載っていた。
コロナ禍にもかかわらず、日本人の平均寿命は伸び続けているという。
2020年の平均寿命は、男性が81.64歳、女性が87.74歳。
昔であればコロナパンデミックで大勢の年寄りが死に、平均寿命が一時的に下がるはずだったのだろうが、医療技術の進歩と徹底した行動制限により死んでもおかしくなかった高齢者が命をつないだということだ。
さらに超高齢化は平均寿命の数字よりもさらに進んでいるという。
最も死亡者数が多い年齢を示す「死亡年齢最頻値」というのがあって、それで見ると、なんと男性は88歳、女性は92歳と平均寿命をはるかに上回っているのだ。
つまり90歳ぐらいまで生きるのが今の日本人では普通だということである。
事実、私たちの親たちもみんな90歳前後だ。
この超高齢化社会を実現するために、いったいどれだけの国家予算が投じられてきたのか?
巨額のコロナ対策費はそのまま国の借金となり、このままでは将来、若者たちに重くのしかかることになる。
人口の多い高齢者世代が人口の少ない世代に負担を押し付けている、これはまさに民主主義の仕組みを悪用した「世代間格差」の象徴だと私は考える。
今の高齢者が「俺はまだ死にたくない」と叫べば叫ぶほど、それを政治家もメディアも批判できず、借金だけが無計画に増えていく構図だ。
本来であれば、コロナが収束した後、「復興税」のような形でコロナ対策費を埋め合わせるような増税をして、年寄りを含む国民全体で穴埋めをしていくべきなのだが、参院選を控えそうした話はメディアでも一切取り上げられない。
昔の日本人は散り際を大事にしたが、今の日本人はただただ長生きをいいものだと礼賛し、延命治療や安楽死の問題を議論さえしようとしない。
私も年寄りの端くれに加わった今だからこそ、管に繋がれた高齢者を長生きさせるよりも、これから生きていく子供や若者たちのことを優先し、未来のために予算が配分されることを願ってやまない。

こうした中で、NHKが番組横断的な若者プロジェクトを始めた。
『君の声が聴きたい』
40以上の番組が参加し9日間にわたり若者たちの声を積極的に取り上げようというキャンペーンである。
私も昨夜放送されたNHKスペシャルを見たが、内容はさほど面白いものではない。
しかし、公共放送が総力を上げて若者の声に耳を傾けようというキャンペーンを始めたことは大変意義のあることだと評価したい。
もしこれが年寄り中心の社会に一石を投じるきっかけとなれば、メディアの社会的使命を果たすことにもなるだろう。

昔の若者たちといえば、いわゆる世間知らずの「バカモノ」が多かったが、今の若者はとても控えめで勉強もしていて、漠然と抱える将来の不安や大人との関係に苦しんでいる。
番組の調査で最も多かった若者の意見が「お金にまつわる不満」というのも、なんともリアルだ。
若者人口の減少により、両親の双方から遺産を相続できる若者がいる一方で、貧しく奨学金の返済に苦しむ若者たちも多く存在する。
一口に若者と言っても、その境遇によって抱える不満も人それぞれなのだ。
みんなが等しく貧しくて、階級闘争によって仲間との連帯を感じられた今の年寄り世代とは違う。
カンニング竹山さんがインタビューした男子学生は、コロナ禍での大学の対応に疑問を投げかけ、「大人が若者の疑問を聞き流さないでほしい」と訴えた。
たくやさんは、大学のエントランスに置かれたピアノを弾くことで多くの友人を作り、ピアノが心の支えだったが、コロナ対策を理由にこのピアノが突然使えなくなってしまった。
感染対策をして一人でピアノを弾くことがなぜリスクなのか大学当局に疑問を投げかけ続けたが、大学側の回答は「今の感染状況では許可が出せない」の一点張りだったという。
たくやさんは、「聞き流されてしまった」「自分を存在しているものとして見てくれていない」と感じたと大学への不信感を語った。
昔の学園紛争のような攻撃的な言葉を吐くわけではなく、ただ自分たちの声も聞いてほしいというだけのとても弱々しい叫びだと私は感じた。
1年以上続いたそのモヤモヤが、一人の講師がたくやさんの話を誠実に聞いてくれただけで少し解消した。
結論がたとえ否定的なものになるにせよ、若者の声をきちんと聞いて真正面から答えてくれる、そのプロセスが大事なのだとたくやさんは言う。
とてもまともな意見だと思った。
正体不明のウイルスの出現で、大学当局が当初、過大に警戒したのはやむを得ないことだっただろう。
しかし大学側の対応を聞いていると、日本のどこの組織でも見られる「事なかれ主義」に陥っていたことが伝わってくる。
誰かがある段階で決めたルールが一人歩きし、状況が変わっても誰もそれを見直そうとしない。
そんな硬直化した態度が、たくやさんの素朴な疑問をスルーさせ続けたんだと感じる。
こうした対応はこの大学に限ったことではない。
「上が決めたこと」「政府が決めたこと」という理由で、現場が思考停止してしまう。
私のいた会社でもしょっちゅう目撃した光景だ。
年寄りの多い社会は、往々にして変化を嫌い、上意下達で物事を片付けてしまおうとする。

「今の若者には覇気がない」と批判する大人がいる。
でもそんな若者を作った社会を誰が作ったのかといえば、私たち今の大人である。
親たちが過剰に子供に干渉し、成人しても家から出そうとしない。
若者には自立が必要なのだ。
「子離れできない親」たちこそ、大人しい若者を生み出す最大の原因だと私は考える。
ただ、私は今の若者たちは決して悪くないと思っている。
自己主張は少ないが、かつての私たちよりも優しくて環境問題にも関心を持ち、浮かれたような物欲もない。
今後の日本がどんな国になるにせよ、社会を動かす主役はこうした若者たちへ世代交代していかなければならないのだ。
年寄りは自ら引き際をわきまえ、若者たちに主導権を受け渡していくべきだろう。
年寄りがいつまでも決定権を握っていることが、日本のデジタル化をどんなに阻害していることか。
このままだと、近い将来、日本企業はますます競争力を失っていくに違いない。
私も含めてシニア層が握っている資産にももっと課税し、富の再配分を促すことも必要だ。
平均寿命と健康寿命の差を縮小することを目標に掲げて、延命治療を極力なくし、増え続ける医療費を削減して、別の用途に振り向けることを真剣に模索すべきだ。
世界一の超高齢化社会であることを真正面から見据えれば、せめてヨーロッパ並みの消費税に引き上げる必要がある。
どんなに世論の反発を招いても消費税を20%程度にまで引き上げ、所得ではなく資産への課税を強化する、そのうえで困窮世帯を守るためのセーフティーネットを拡充するという北欧型の社会が一つのモデルになるだろう。
そうした痛みを伴う世代間格差是正を進めない限り、日本の未来を救う方法はないと私は思うのだが・・・。