先週金曜日、この冬一番話題となったドラマ「不適切にもほどがある」が終了した。
かつてナイター中継のない1月クールには、一流のキャストや脚本家が集まりやすく、多くの名作を産んできた。
しかしプロ野球中継が地上波から消えると、そうした季節による違いもなくなったようだが、この冬もいくつかの連ドラに楽しませてもらった。
初回から最終回まで欠かさずに観たドラマ6本を記録しておくことにする。

まずは関西の放送局が制作した2本のドラマから。
関西テレビが月曜10時枠で放送した「春になったら」は、木梨憲武と奈緒が親子を演じる心温まる作品だった。
脚本は「HERO」シリーズなどで知られる福田靖だ。
ガンで余命3ヶ月と宣告された父親と売れない子持ちのお笑い芸人との結婚を決めた娘。
お互いに相手の言うことを素直に受け入れられず葛藤しやがて理解して、結婚式とお別れの会を同時開催するまでがほのぼのと描かれる。
私の年齢になると完全に父親側の目線で見るため、濱田岳演じる売れない芸人のネタがあまりにつまらないのでやっぱり父親としては結婚に反対したくなる気持ちもわかると思いながら最後まで見続けた。
それでも親子が時間をかけて話し合い、和解していく姿は自然であり、みんながこんな優しい気持ちで生きられれば素敵な人生を送れるだろうととてもいい読後感を残した。

日曜の10時枠で朝日放送が放送した「アイのない恋人たち」は、「家政婦のミタ」などで知られる人気脚本家・遊川和彦が綴る30代の男女7人の物語だ。
若い頃に思い描いた人生からズレて、モヤモヤした気分の中で独身生活を送る男女のラブストーリーだが、みんなとても不器用でなかなか一歩を踏み出せない。
今の時代の若者たちってこんな感じなのかなあと、もどかしさを感じながらながら最後まで見てしまった。
それでもラストは3組が結ばれてハッピーエンドとなるのだが、少子化の原因がこうした若者の行動パターンにあるのなら、政府が子育て支援策を拡充した程度では改善しないだろうと思ってしまう。
この関西系の2つのドラマで気になったのは、どちらも大手芸能事務所ホリプロが制作協力に入っていることだ。
要するにどちらも事実上ホリプロ制作ということになる。
調べてみると、ホリプロは2016年ごろから本格的にドラマ制作に参入し、主にテレ東や関西のテレビ局に連続ドラマを供給していることを知った。
たまたま今回そのうちの2作品が私の目に留まったということらしい。
芸能プロダクションにとって、ただテレビ局からのオファーを待っているよりも、自前でドラマを制作する能力を身につけて売り出したい所属タレントをキャスティングした方が効率がいい。
テレビだけでなくNetflixなど動画配信サイトなどにビジネスチャンスが広がる中、人気タレントを抱える芸能プロダクションの影響力がドラマの世界でも強まってくるのだろうと確信した。

とはいえ、今年の冬ドラマはTBSの圧勝だった。
昔から「ドラマのTBS」と言われるだけあって、この冬放送された3本のドラマはすべてTBSグループ内で自社制作されている。
代表枠の日曜劇場は西島秀俊主演の「さよならマエストロ」、ちょっと甘口で、いつもほどの見応えは感じない作品だ。
それでも音楽の力と西島の癒しの魅力でなんとなく最後まで見てしまったのだから枠の力もあったのだろう。

その一方で、個人的にどハマりしたのが火曜ドラマ「Eye Love You」。
二階堂ふみと韓国人俳優チェ・ジョンヒョプ主演のラブコメディーで、韓流ドラマなどほとんど見たことのない私が二人の魅力に引き込まれてしまった。
年下の男性との恋に戸惑う二階堂ふみも可愛らしかったが、それ以上にチェ・ジョンヒョプの表情がキュートで、男の私でもカワイイと感じてしまう。
彼は韓国内でもまだ新人らしく、視聴率目当てに人気の韓流スターを起用したというわけでもないようである。
それでいて、想いをストレートに言葉にして伝える韓国人男性に日本の女性がハマる理由もわかる気がした。

脚本の穴を指摘すればキリがないが、それをカバーしてあまりある楽しくてキュンキュンするドラマである。
尹錫悦政権に変わって急速に日韓関係が改善したことも、こうしたドラマが成立した背景にはあるようで、このドラマはリアルタイムで韓国でもヒットしたという。
今後の日韓文化交流の一つのモデルとなるナイスチャレンジと言えるだろう。
既存のドラマ作りにとらわれず、こうした多国籍ドラマが今後増えていけば、日本人の世界観にも影響を与えていくかもしれない。

そして今クール最大の話題作となったのが金曜ドラマ「不適切にもほどがある!」である。
宮藤官九郎が書き下ろした『意識低い系タイムスリップコメディ』で、昭和と令和の常識の違いを対比しながら平成の時代における日本の大きな変化を見事に描いてみせた。
若い人たちがこの作品をどのように見たかはわからないが、両方の時代を知る私の世代にはズバズバ刺さるものがある。
ドラマが始まった最初の方では、昭和の精神主義やセクハラぶりなどを笑っていたが、回が進むにつれ、コンプライアンスにがんじがらめにされた令和の異常さが浮き彫りになる。
最終回でクドカンが発したメッセージはどちらの時代にも生きづらさがあったということであり、大切なのは「寛容」な心で、どちらの時代にも寛容さが欠けていると訴えるのだ。
まさに我が意を得たり。
昭和にも令和にもいい点も悪い点もあるということをみんなで認識した上で、特定の価値観を押し付けようとする「世間」にクドカンも大いなる嫌悪感を抱きそれを告発しようとしたのだと感じた。

日本ではよく「失われた30年」という言葉が使われる。
私はこの言葉が嫌いだ。
経済的に見れば、バブル崩壊後の日本は国際競争力を失い、株価も低迷したかもしれない。
しかしそんな平成の時代に日本人の価値観が大きく変わった。
豊かさを求めて金儲けに邁進することが正しいとされた価値観が薄れ、人権意識や自然との共存といった根源的な価値観を持ったより洗練された日本人が生まれた。
私も昭和にノスタルジーを感じるし、昭和にもいい面があったことは確かだが、だからと言って闇雲に昭和を讃美するような番組が増えるのを見ると腹がたつ。
その点、やはりクドカンはバランス感覚に優れていると感じた。
この30年間、私たちはただ失ったのではなく、得たものと失ったものがあるのだ。
このドラマが指摘したさまざまな変化から私たちが何を学び未来へ繋ぐべきのか、重要なメッセージをたくさん含む秀逸なドラマだった。