三谷幸喜、野木亜紀子、岡田惠和。
今年の秋ドラマには、過去に名作を数々手がけた大物脚本家たちの作品が並び、私はワクワクしながら初回放送を楽しみに待った。

中でも一番の期待作は、民放の連ドラは25年ぶりとなる三谷幸喜のオリジナル脚本と豪華キャストを結集したフジテレビの意欲作『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』である。
三谷といえば、「古畑任三郎」シリーズから大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」まで数々のヒットドラマの脚本を担当し、私が大好きな「ラヂオの時間」や「有頂天ホテル」など自ら監督して映画も数多く手がける。
しかし彼の原点といえばやはり演劇。
日大芸術学部在学中に立ち上げた劇団「東京サンシャインボーイズ」やパルコ劇場を舞台にした数々の演劇作品で不動の人気を誇る三谷だが、その長いキャリアの中では役者の病気降板など多くのピンチを乗り越えてきた。
そうした三谷の原点、舞台への愛が詰まった作品が今回のドラマだと思う。

今年一年、大スキャンダルに揺れたフジテレビが満を持して投入するキラーコンテンツだけに、そのキャスティングは民放の連続ドラマの枠を超えた豪華さである。
主役の菅田将暉をはじめ、二階堂ふみ、神木隆之介、浜辺美波と主役級をずらりと集め、その脇を実力俳優たちが固める。
ドラマの舞台となるのは1984年の渋谷。
「八分坂」という架空の街にある寂れたストリップ小屋で素人を集めてシェークスピア劇を上演する演出家の物語、まさに若き日の三谷自身が主人公に投影されているように見える。
しかし残念ながら、初回放送を見終わった感想は一言で言って「期待はずれ」。
多くの視聴者が同じような感想を持ったようで、SNSには厳しい意見が溢れ、早々に脱落する視聴者が多かったらしい。
おかげで視聴率は最後まで低迷したが、私は最後まで見てしまった。
それはこのドラマの端々から三谷の演劇愛を感じたからであり、テレ朝の「相棒」のようなワンパターンのドラマにはない、先が見えない興味があったからだ。

三谷らしいユーモアあふれるシーンはほとんどなかったけれど、演技陣の実力は随所に光るものがあった。
特に魅力的だったのはストリップ劇場のダンサーとぼったくりバーのホステスを掛け持ちするリカを演じた二階堂ふみ。
突然劇場にやってきた演出家を虜にして、彼を踏み台に八分坂から這い出しもっと華やかな世界を目指す強かな女性だが、場末のすさんだ雰囲気と妖艶な魔力を兼ね備え二階堂ふみの魅力が炸裂する。
同じくダンサー役を務めたアンミカと秋元才加、支配人の妻を演じた長野里美も良かった一方、主役級の一人でありながら浜辺美波演じる神社の娘は最後まで立ち位置がはっきりせず、ネット上では「浜辺美波の無駄遣いだ」と酷評された。

一方、男性陣では用心棒から役者に目覚めるトニー役、市原隼人がとても印象的だった。
井上順や坂東彌十郎といったベテラン勢もそれぞれの魅力を発揮する一方で、やはり主役級のはずだった神木隆之介はちっとも輝かず、謎の喫茶店マスター役の小林薫も期待したほどの見せ場はなかった。
様々な人物が織りなす群像劇が得意な三谷にしては、せっかくの役者たちが十分に使いこなせていないという不満が最後まで残ったのだ。
三谷幸喜も歳には勝てない。
そういうことかもしれないけれど、どんな天才も常に傑作を生み出せるわけではないという現実を示しつつも、歳を取ると自分にとって最も重要な原点に戻っていくという観点から見ると、1980年代という私にとっても懐かしい時代の空気を思い出させてくれるドラマでもあった。
終わってみれば、私の心の中にしっかりと三谷ワールドが残った気もする。

今期、もう一本大いに期待した作品があった。
「逃げ恥」や「アンナチュラル」などTBSで数々の人気ドラマを手がけた野木亜紀子が脚本を担当、しかも大泉洋と宮﨑あおいが主演を務めるテレビ朝日の『ちょっとだけエスパー』である。
東映と組んで刑事ものと医療もののドラマばかりという印象があったテレビ朝日も、近頃だいぶ方向性が変わってきた。
今回、制作に協力するのは東映ではなく角川大映スタジオ。
果たしてどんなドラマに仕上がるのか、楽しみだった。

「ちょっとだけエスパー」というタイトル通り、人生に行き詰まった普通の人間たちが未来で開発された薬を飲むことで少しだけ超能力を発揮できるようになり、その力を使って世界を救うミッションに取り組む物語だ。
野木としては珍しいSF作品。
ただ最初のうちはあえてSF色を抑えているため、何を伝えたいドラマかよくわからないスタートとなったのは残念だった。
「ちょっとだけエスパー」になった大泉洋ら4人が小さなミッションをこなすだけの話には魅力が乏しく、ちょっと肩透かしを食った気分だったが、回を追うごとに謎が解け未来と現在を繋ぐSF的な要素が強まるにつれて物語としては面白くなっていった。
もしこのドラマがいつものTBSで制作されていたら、もっと面白いものになったのではないか。
ドラマにとって脚本は極めて重要ではあるが、やはりテレビは集団作業、脚本家の回りに優秀なスタッフがいてこそ名作が生まれるのだということを痛感した。

それでも、私にとって一番の収穫は宮﨑あおい。
今年で40歳を迎え、4人の子供を育てる母親でもあるが、そのキュートな魅力は今も健在だった。
他にも岡田将生、ディーン・フジオカ、北村匠海といった人気俳優が出演しており、もっともっと面白いドラマにできる要素があったと思う。
期待値が高かった分、ちょっと残念なドラマだった。
しかし方向性としては悪くないので、今後テレビ朝日のさらなる奮起を期待したい。

前の2作品に比べると、注目度も期待値もそれほど高くなかったものの、私が大好きな岡田惠和作品がフジテレビで放送された。
『小さい頃は、神様がいて』
主演は、北村有起哉と仲間由紀恵。
北村はもちろん地上波ゴールデンタイムのドラマ初主演となる。
岡田惠和らしい会話劇で、子供が20歳になったら離婚すると約束した夫婦の物語だ。

レトロな3階建住宅に暮らす3組の「家族」が、それぞれ抱える悩みや夢を語り合うちょっと現実離れした舞台劇のようなドラマではあるが、随所に岡田ならではの人間味のある優しいセリフが散りばめられていた。
岡田が紡ぐドラマには決して悪役は出てこない。
それぞれが自分の心に正直に、自分に合った生き方を模索していく中で、多様な人間関係が生まれてくる。
助け合い、励まし合うけれど、決して妥協して自分に嘘をつくことをしない。
岡田のドラマにはいつも前向きな人生の応援歌を感じるのだ。
ただ正直、「最後から二番目の恋」と比べると、ドラマとして完成度は高くなかった。
岡田の脚本のせいもあるのだろうが、それ以上に演出力の問題も感じた。
これまた、もう少し面白くできたドラマだと感じ、やや残念な気持ちが残った。

それに対し、安定感を感じさせたのはやはりTBSだった。
看板の日曜劇場では、女性客がつきにくい競馬をテーマとした『ザ・ロイヤルファミリー』で勝負をかけた。
山本周五郎賞を受賞した原作をもとに、JRAの全面協力を得て、現役の騎手や調教師も多数出演した。
今や日本一有名な演出家とも言える塚原あゆ子が製作陣に名を連ねているものの、私の期待値はそれほど高くはなかった。

前半は佐藤浩市演じるわがままな馬主・山王耕造に請われその秘書となった妻夫木聡演じる元税理士が、2人で有馬記念での勝利を目指し奮闘する物語だった。
美しい日高の牧場と競馬場での激しいレースの様子が見事なカメラワークで丹念に描かれる。
私のような競馬の素人はほとんど知らない競馬界の裏側、すなわちサラブレッドの育成方法、調教師や騎手の役割、そして重要視される馬の血統などについてもわかりやすく説明されていた。
とはいえ、日曜劇場では珍しくない男臭い人間ドラマの域を出ないという印象だった。
しかし途中から、ドラマを貫く本当のテーマが見えてきた。
それは「継承」である。

サラブレッドの血統が親から子へと受け継がれるように、「日高の馬で有馬で勝つ」という夢も目黒蓮演じる耕造の息子・耕一に引き継がれる。
そこには親子の葛藤があり、世代間に横たわる考え方の違いがある。
最終回、いよいよ目黒蓮が育てた馬「ロイヤルファミリー」が三冠馬を逆転して悲願の有馬記念で優勝を飾ると思った瞬間、追い上げてきた別の馬に僅差で敗れる。
視聴者を裏切るどんでん返し。
しかし優勝した馬は、病床にあった耕造がライバルの馬主と手を結び密かに育てた日高の馬だった。
息子の夢が破れた瞬間、父親は「有馬で勝つ」という夢を果たしたのだ。
「継承」とは単に親が子に譲るものではなく、実力で受け継がねばならないものなのだろう。
親世代が頑張って「壁」となることで、真の意味での継承が行われる。
サラブレッドの血統になぞらえて、人間にとっての「継承」の意味を考えさせられる重厚なドラマに仕上がっていて、私は思わず唸ってしまった。
決して派手さはないものの、私の中では今期最高のドラマと言っていいだろう。

ただ世の中では、話題作目白押しだった秋ドラマで一番の話題となったのは、ノーマークの作品だった。
TBSの火曜ドラマ『じゃあ、あんたが作ってみろよ』。
主演は夏帆と竹内涼真。
家事は全て女性に任せっきりでそれが当たり前と信じる「昭和男」が、プロポーズを断られたうえ長年付き合った彼女が家を出てしまい、初めて自分の至らなかった点に気づいて徐々に変わっていくラブコメディーだ。
昭和の時代には常識だった男女の関係が大きく変化した令和の時代を反映したドラマと言えるだろう。

彼女にふられた男は調理にハマり、初めて自分の何が問題だったのかに気づく。
職場でも家庭でもさまざまなハラスメントが指摘される現在。
翻弄される男性と自分らしい生き方を模索する女性たちの姿が多くの視聴者に共感を呼んだのだろう。
私個人は、最初の数回はとても面白かったのだけれど、後半になるにつれ失速した印象を受けた。

それ以外で最後まで見たドラマを書いておくと、同じくTBSの金曜ドラマ『フェイクマミー』は有名私立小学校に入学して宇宙飛行士になりたいという娘の希望を叶えたいという女性起業家に雇われ代理母を務めるエリート女性の物語。
韓国ドラマのようなやや現実離れしたストーリーだが、ルールに縛られる教育現場のさまざまな問題点が描かれて最後まで見てしまった。

もう一つは、日本テレビの水曜ドラマ『ESCAPE それは誘拐のはずだった』。
誘拐された社長令嬢と誘拐犯が親密になり、彼女を束縛する父親から逃げる物語。
この社長令嬢の出生の秘密や特殊な超能力といったサスペンスをベースに、ラブストーリーの要素も絡ませてドラマは展開する。
全体的には特別優れたドラマというわけではないけれど、主演の桜田ひよりと佐野勇斗がなかなか魅力的で、演出も小気味好い。

一方、NHKに目を移すと、11月から夜ドラ枠で放送された『ひらやすみ』が印象に残る。
主人公は29歳のフリーター。
周囲が仕事に家庭に慌ただしい生活に追われる中、釣り堀のバイトを中心に頼まれごとをこなしてのんびり暮らす彼はなぜか幸せそう。
たまたま知り合ったおばあさんから平屋の一軒家を譲られ、そこで美大に通う従姉妹が同居することになる。
そんな2人の何気ない日常を描くゆるいドラマだが、主人公の岡山天音と従姉妹役の森七菜がなかなかハマっていて、なんとなく見てしまう。

対照的なのが、12月にスペシャルドラマとして放送された『火星の女王』。
「放送100年 宇宙・未来プロジェクト」の一環として制作された大作で、直木賞作家・小川哲さんが書き下ろしたSF小説の出版直後にドラマ化した意欲作だ。
キャストも、菅田将暉、宮澤りえ、吉岡秀隆ら日本人の他、台湾のスリ・リン、韓国のシム・ウンギョン、ナイジェリアのデイェミ・オカンラウォンら国際色豊かで、NHKの力の入れようがうかがえる。
人類が火星に移住した未来を描く作品で、CGなど映像的にはかなり完成度が高いものの、ストーリーとしてはややわかりにくく、残念ながらものすごく面白いドラマとはならなかった。
でも、民放では手を出しにくい意欲作であることは確かで、NHKらしいナイストライではある。

その点、私が大いに評価するのは、この1年毎週欠かさず見た大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』である。
主人公は横浜流星演じる江戸時代に活躍したメディア王、蔦屋重三郎だ。
このドラマを見るまでは蔦重の名前など一度も聞いたことがなかったけれど、あの喜多川歌麿や東洲斎写楽、さらに「東海道中膝栗毛」の十返舎一九や「南総里見八犬伝」の曲亭馬琴などを世に出した江戸の出版界の黄金時代を築いた版元だったと知り、私はよくぞこの人物を主役に大河ドラマを作ってくれたとNHKを大いに見直したのである。
浮世絵や小説でその名を知る江戸時代の有名人たちではあるが、戦国時代や明治時代のように時代劇で取り上げられることが少ないため、私たち現代の日本人にはほとんど馴染みのない時代だからだ。
このところ大河ドラマでは『鎌倉殿の13人』の鎌倉時代や『光る君へ』の平安時代など、あまり知られていない時代を取り上げた作品が続いているが、今年の『べらぼう』もある意味同じ路線と言えよう。
だから、視聴率的には芳しくなかったようだが、私の評価は高い。

ドラマの前半では、蔦重が育った吉原での出来事が丹念に描かれる。
花魁の煌びやかな世界だけではなく、金で売られてきた女郎たちの厳しい社会や女郎屋の主人たちの寄合の様子など、ドラマではあまり描かれることの少ない吉原のリアルを知ることができた。
江戸時代を象徴する場所の一つである吉原だが、その時々の御上の政策によって繁盛したり廃れたり。
蔦重が育った時代も景気が悪く、苦しむ吉原の女郎たちを救う目的で蔦重は畑違いの出版の世界に飛び込み才能を開花させるのである。
そして芸術家たちが色街に引き寄せられるのは世の東西を問わないことのようで、蔦重は才能ある作家や絵師を吉原で遊ばせることで他の版元が真似できないような人脈を築いていく。
江戸文化を花開かせる大プロデューサーの誕生である。

しかし、文化は常に政治の影響を受けるというのも世の東西を問わない真実である。
教科書では悪徳政治家と習った田沼意次の時代には江戸は自由に溢れ、さまざまな文化が花開いた。
しかし田沼が失脚して寛政の改革で知られる松平定信が実権を握ると、世の中は一斉に倹約を求められ、吉原も出版界も火が消えたようになってしまった。
さらに教科書では習った記憶がないのだけれど、この時代の黒幕として登場するのが生田斗真演じる一橋治済である。
8代将軍吉宗の孫にあたる一橋家の当主だった治済は、第11代将軍徳川家斉の実父として権勢を誇り、自分の子供たちを御三家・御三卿に送り込み、徳川幕府末期の将軍家は治済の血脈で染められていくことになったという。
詳しく知らない時代、しかも庶民と政治の世界が交互に描かれるため一回見ただけでは理解できないシーンも多いけれど、この難しいテーマを何とか作品にまとめた森下佳子の脚本力は大したものだと思う。
来年の大河ドラマは王道の戦国もの『豊臣兄弟』。
大好きな仲野太賀が主演なので、これまた大いに楽しみである。