昼ニュースを見てチャンネルを回すと、テレビ朝日「徹子の部屋」に関口宏さんが出ていた。
黒柳徹子と関口宏。
普段はほとんど見ない「徹子の部屋」だが、テレビの歴史のようなお二人のトークについつい見入ってしまった。

現在77歳の関口さんが、免許を返納した話や長年暮らした一軒家からマンションに引っ越した話をされ、「暇で困っちゃう。コロナでしょう?何もできないでしょう?もう持てあまして、持てあまして…」とボヤく。
ずっとテレビで活躍してきた人だけに、月曜から水曜が休みになって時間を持て余しているという。
「年いって悠々自適って、自分で年とってみたらうそだなと思いますよ。年いったら楽しい生活が待ってるのかなと思った。いろんなもの捨てていかないといけないわけですよ。つまらない」
私も関口さんと仕事をしたことがあるが、テレビ業界の中では穏やかな方という印象を持っている。
それでも、時間を持て余すのかと、我が身と比べてやっぱり人それぞれだなと感じる。

実は、お二人の対談は途中から見たので、もう一度頭から見直したいと思って調べてみると、テレビ朝日のアプリで無料配信していることを知った。
私の知らないうちに、テレビ局のネット配信も進んでいるのだ。
私も早速ダウンロードして、スマホで再生する。
『徹子の部屋 45周年スペシャルウィーク』
月〜金の帯番組で45年とは、考えるだけで気が遠くなるような記録だ。
関口宏さんが司会をするTBS「サンデーモーニング」は今年で34年目、いずれにせよ今時のテレビでは超貴重なお化け番組である。
関口さんが大橋巨泉さんに伊東のマンションを売りつけられた話も面白かったが、個人的に一番興味深かったのはテレビ草創期の話題と生放送について・・・。

関口さんの家では発売されてすぐの時期にテレビを買ったそうで、近所の人たちがプロレスを見に家に集まってきたと「三丁目の夕日」さながらの話をする。
すると、徹子さんがすかさず「私はあなたの家にテレビが来た時代にデビューしたんです」と応じて、NHKアナウンサー時代の白黒写真を紹介した。
その写真は、握ったマイクの上に鼻を載せて休んでいる徹子さんの姿が写っていて、「これでもずいぶん休まるんです。鼻を載せているだけでも。そのぐらい疲れてたんだなと思うと笑っちゃうんですけど、あの頃は生放送で出る人が少なかったから忙しかったの」とデビュー当時のテレビ事情を語る。
「あの時代のテレビは緊張感と活気に満ちてましたよね」と関口さんが言うと、徹子さんは「だから私は今も生放送が好き」とキッパリと答えたのだ。
「本来テレビは生であるべきと言う考えがどこかにある」と関口さんが返すと、徹子さんは「私もそうなの。取り返しがつかないかもしれないけど、とにかくやるしかないという感じ」と生番組の醍醐味を熱く語った。
テレビ界のレジェンドによる生放送談議。
実に貴重なやりとりだと感じながら拝見した。

黒柳徹子さんは現在87歳、私の母と同じ年の生まれだ。
かつてほどの早口は聞けなくなったものの、それでも現役でテレビを仕切り、決められた時間内で番組をシメるというタイムキーピングの技には感服するほかはない。
1秒にこだわるテレビの仕事、それを長年続けてきた彼女ならではの「凄み」のようなものを感じる。
そのテレビ愛は今も少しも衰えることはなく、徹子さんは最近のネット文化についてこんな本音も漏らした。
「テレビよりもどうのこうのと言われると、テレビで仕事してきたからムッとして」
テレビにはまだまだできることがあるからお互い頑張って続けよう、それがレジェンド2人の結論だった。

私もずっと、報道・情報の生番組を担当してきた人間だ。
数え切れないほどの生番組に携わってきたが、これを自分は作ったと後から見直せる番組は残念ながら数少ない。
ドラマや映画と違って、生番組はその場限り、放送が終われば消えてなくなるからだ。
だから、お二人の話を聞きながら、自分のやってきた仕事をちょっと認めてもらえたような喜びを感じた。
生放送は本番が命、での勝負は放送前に決まるのだ。
いく通りもの展開を想定して、思いつく限りの準備は事前に済ませ、本番では反射神経とチームワークにすべてを委ねる。
同じテレビと言っても、撮影後の編集作業で作り込むドラマなどとは全く違う。
そのせいか、生番組を担当するテレビマンはさっぱりした気のいい連中が多い気がする。
出演者から裏方さんまで百人以上の人間がそれぞれの持ち場を全うしなければ生放送は出せないし、放送が終わった後でどれだけ悔やんでももう取り返しがつかない。
そんな生放送を毎日繰り返していると、知らないうちに強い人間関係が生まれてくるのだ。
チームで作る生放送の世界、多くのスタッフが1分1秒を争うように走り回る生番組の現場も今コロナによって試練を受けているという。
いかにして「密」を避けるのか?
入念な打ち合わせ、細かなチェックが生番組のクオリティーを支えてきた。
あちらでもこちらでも人と人が言葉を掛け合い、チーム全体の意思統一を図っていく。
そうした長年の間に作りあげられたシステムが「密」を生む以上、コロナに対応する新たなやり方を模索しなければならない。

東洋経済オンラインで、『4月以降「テレビ番組の質低下」が不可避なワケ』という気になる記事を見つけた。
「密」を避けるため、過去の素材を使った総集編的な番組が増えるだろうという内容とともに、私が驚いたのは生番組の現場で導入された「社内リモート編集」という言葉だった。
例えばVTRの編集では、「社内リモート編集」とでもいうべきスタイルがコロナ禍を機に新たに編み出されている。
これまで報道・情報番組のVTRを編集する際には、「編集ブース」と呼ばれるトイレの個室を少し広くしたくらいの狭いスペースで、編集機を前に編集マンと担当記者や担当ディレクターが、一緒に編集をするのが一般的だった。その編集ブースが何十と並ぶのが「報道編集室」で、ここはどうしても密にならざるをえず、クラスターがいつ発生してもおかしくない。
そこで、現在は編集ブースには編集マンのみがいて、その編集画面を局内にある別の部屋から担当記者や担当ディレクターがパソコンで見ながらリモートで指示を出し、編集をするという方法をとっている。これによって、接触を極力避けているのだ。
引用:東洋経済オンライン『4月以降「テレビ番組の質低下」が不可避なワケ』
現場から送られてくる映像を瞬時に編集して生放送に出す編集マンは神業のようなテクニックを持つ。
コスト削減のため、今ではディレクターがパソコンを使って編集するのは当たり前になっているが、ギリギリに素材が届く「追い込み」編集などは編集マンの存在が不可欠だ。
それがリモート?
いやはや現場のストレスやいかに、と心配になるが、今のテレビマンは素直なのできっと文句も言わずにルールに従っているのだろう。
もちろんコロナが相手では、喧嘩しても始まらない。

でもこうやって生番組のことを書いていると、あれほど飽き飽きしていると思っていた現場が懐かしくなってくる。
毎日新しいニュースが飛び込んできて、それをいかに他番組と差別化して作っていくか、走りながら考える日々。
今から思えば、もう少し立ち止まって考える余裕が欲しかったと思うが、それはまた誰か別の人、ドラマやドキュメンタリー番組のスタッフの仕事である。
私はキャリアの大半を生放送の現場で生きてきた。
徹子さんや関口さんと同じように、何が起きるか予想できない生放送こそ、テレビの醍醐味だと私も思う。