目が覚めたのは、深夜の3時20分だった。
トイレから戻りテレビをつけると、まだ松山のスタート前である。
TBSテレビの「マスターズ中継」、録画予約はしているが、せっかく起きたのだからライブで観ようと思い、ベッドに横たわったまま3時40分のスタートを待った。
3日目に自己ベストの65をマークして2位に4打差をつけて、最終組で臨んだマスターズの最終ラウンド。
ティーショットはいきなり右に曲がり、出だしからボギーを叩いてしまう。
2組前を回る24歳の新鋭ウィル・ザラトリスが1番・2番連続バーディーで早くも松山とは1打差に迫った。
試合後のインタビューで松山は、1番のティーグランドに立った時からずっと緊張していたと打ち明けた。
それでも2番でバーディーを奪い、時折笑顔も見えていたので、前半はこちらもそれほど緊張せずにテレビ中継を見ることができた。
松山は前半を2アンダーで回り、スコアを13アンダーまで伸ばしてサンデーバックナインに入る。
幸い後続もあまり伸びてこなかったため、後半に入った頃にはリードは6打差に広がり、オーガスタ名物のアーメンコーナーも無事に乗り切った。
「これは、行ける!」
そう思った瞬間、突然ピンチが訪れるのがゴルフだ。
15番ロングホールの第2打、2オンを狙ったショットはグリーンをオーバーして奥の池に落ちた。
同じ組で回ったサンダー・シャウフェレが3連続バーディーで追い上げてきて、それが松山に安全策を取ることをためらわせた。
日本人初の海外メジャー優勝を意識し出して、アドレナリンが出過ぎたのかもしれない。
ここから、それまで絶好調だったアプローチやパターにも狂いが生じ、このホールでもバーディーを取ったシャウフェレに2打差まで迫られる。
しかし、今週の松山には運が味方した。
16番のショートホール、先に打ったシャウフェレの球が池に落ちたのだ。
何とシャウフェレは、このホール、トリプルボギー。
しかし、松山もこのホールでボギーを叩き、すでにホールアウトしているザラトリスと2打差で17番、18番に向かった。
最終18番のティーショット、2位との差は2打。
ドライバーはフェアウェイをとらえた。
これでほぼ、大丈夫だと思ったが、2打目をミスしてバンカーに・・・。
10年間挑戦し続けてついに手の届くところまで来たグリーンジャケットがチラついたのか、この日の後半には明らかに緊張感が漂っていた。
パトロンのスタンディングオベーションで迎えられた松山は、何とかバンカーショットでグリーンをとらえる。
これを2パット以内で沈めれば優勝。
解説の中嶋常幸さんは「どうせなら1パットで沈めて欲しいね」とコメントする。
今週の松山はパターが絶好調で、2メートルほどのウィニングパットは普通なら入る距離だ。
しかし、松山は外した。
それでもちょっと照れたように返しのパットを入れて、日本人悲願のマスターズ制覇。
海外メジャーで優勝するのも日本男子初の快挙で、アジア人がマスターズを制するのも松山が初めてだ。
しかし、グリーン上でガッツポーズすることもなく、戸惑いを見せながら軽く帽子をあげてパトロンの拍手に応えた。
歴史的シーンも、いかにも松山らしい。
優勝が決まった後も、忙しい。
別室で行われたアメリカのテレビ局による公式インタビューにも、終始戸惑いながら日本語で簡潔に答えた。
続いて屋外に出て、パトロンたちに囲まれての表彰式。
前年優勝のダスティン・ジョンソンにグリーンジャケットを着せてもらうと唐突に両手を突き上げた。
優勝のスピーチも日本語で簡単に行い、最後にこれまた唐突に「サンキュー」と大声で叫んだ。
表彰式では、ラウンド中以上に緊張して挙動不審だった松山だが、マスターズ参戦10年にしていまだアメリカ社会に溶け込まない不器用さこそ、日本人初の快挙を成し遂げた最大の要因ではないかと私は感じた。
ゴルフのことだけを考えて生きている無骨な青年は、生涯マスターズに出場する資格を得た。
私は松山が歴史を作った伝説のラウンドをライブで見届けた。
松山英樹はまだ29歳。
ゴルファーは30代が最も脂が乗る時期だ。
日本人だけで作る「チーム松山」が今後どんな夢を見せてくれるのか、不器用な松山をこれからも応援していきたい。
松山選手、本当におめでとう!