いやはや、古民家の修繕は手間がかかる。
今月10日から始まった左官工事は、トータル18日間に及び、昨日ようやく終わった。
その間、ずっと和室の畳をあげたままなので、生活するには不便なため岡山近隣の中四国を旅して回ることになり、それはそれで面白かったのだが、やっぱり家に戻るとホッとするものである。

今月10日、3人の職人さんが来て、まずは襖を外し畳をあげる作業から始まった。
古い土壁を剥がしたり、新しい塗装をする際に汚れることを防ぐためだ。
押入れや仏壇には薄いビニールシートで養生を施し、まずは4つある和室のすべての壁を剥がす作業から始まった。

壁を塗り直してもらうことになったきっかけは、長年使っていない大きな神棚を大工さんに撤去してもらったことだった。
神棚を取り外してみると、その裏側の壁が塗装されておらず、土の下地が露出していることがわかった。
お客さんが来た時に泊まる客間なので、さすがにこのままでは格好が悪い。

おまけに、壁のあちらこちらに電気配線のために開けたと思われる穴も複数残っていて、この際すべての和室を塗り直してもらおうということになった。
築100年の古い家なので、長い年月の間に柱も歪み、床の間も壁と床の間に隙間ができており、妻がその穴から虫が出てくるのが気になって仕方がなかったので、床の間の壁も一緒に修復してもらうことにする。
玄関の土間の壁もかなり汚いので一緒に塗り直してもらうことも検討したが、見積もりを見てそれは断念した。
今時の壁紙の張り替えと比べて、左官工事は高いのだ。

左官工事が始まるのに合わせて、私と妻はいったん家を離れた。
東京で用事があった妻は吉祥寺に戻り、私は時々畑の様子を見るために近場への旅行に出発。
兵庫から鳥取を回り、14日に一回家に戻ってきた。

その時の様子がこちら。
古い土壁がきれいに剥がされて、壁がスッキリしている。
あちこち開いていた穴もこの時点で塞がれていた。
剥がした廃材は処分されて掃除もしてくれたようで、思いの外、室内は綺麗だと感じた。

床の間の壁も全部剥がされ、妻が気にしていた隙間も完全に塞がっている。
剥き出しになった基礎の壁を乾かすために、次の工程に入るまで数日、休養日を取るという。
左官さんたちは別の現場をかけもちしていて、作業日と休養日をうまく組み合わせることにより、効率的に複数の現場を回しているらしい。

この休養日を利用して、他の職人さんたちが入れ替わりにやってきた。
まずはサッシ屋さん。
縁側や台所のサッシが破れていたので、この機会に張り替えをお願いした。

次に大工さん。
押入れの天井からゴミや埃が落ちてくるのが気になるという妻が、天井の隙間を埋める簡単な工事を依頼していたのだが、ちょうど左官さんの休養日に合わせて大工仕事に入ってくれたのだ。

そしてもう一人。
今度は建具屋さんが玄関の扉の修理に来てくれた。
この玄関扉は私が子供だった頃から変わっていないので、少なくとも半世紀以上現役で頑張ってくれているのだが、さすがに戸車がダメになりスムーズに開閉できなくなっていた。
建具屋さんは手慣れた手つきで玄関扉を外すと、あっという間に両扉の戸車を交換してくれた。
ついでに玄関の中央上部に小さな金具を取り付けてくれて、扉が反対側まで行ってしまう問題も簡単に解決してくれたのだ。
やはりその道のプロたちは素人が考えつかないような技を持っていると、改めて感心する。

こうして左官さんの休養日に、細々とした工事が完了し、いよいよ本格的な壁の修復工事が始まったのは今月18日だった。
まずは基礎の上に下塗りをする。
下塗りをしっかり行うことで仕上がりが良くなり、ひび割れやカビの発生も抑えることができるらしい。

この工程は一人の職人さんがコツコツと行って2日間。
日曜日はお休みなので、20日までかかった。
下塗りされた壁は薄いグレーとなり、この下塗りが乾くまで再び休養日となる。

この頃、私たちは奥の板の間と台所に寝泊まりしながら畑の世話をする。
匂いは特に気にならなかったけれど、夜中トイレに行く際に、畳をあげた工事現場を通らなければならず少し不便な日々が続いた。

そして最後の本塗りが始まったのは今月24日のことである。
本塗りには「聚楽」と呼ばれる材料を使うのだが、それを固めるためにシンナーのような匂いがするものが含まれるため、作業中は寝泊まりすることが難しいと言われ、私は妻を伴い再び旅に出た。
尾道からしまなみ海道を通って四国にわたり、以前から行きたかった道後温泉を訪ねる3泊4日の小旅行である。

そして、昨日27日に岡山に戻ってくると、ちょうど本塗りも終わり畳や襖を元の位置に戻しているタイミングだった。
妻の希望もあって、床の間は薄い緑色に、それ以外の和室の壁は少しベージュがかった白い聚楽壁にしてもらった。
もともとは濃いグレーだったので、かなり部屋が明るくなった気がする。

聚楽壁とは京都生まれで、古くから茶室や和風建築に使われてきた伝統的な土壁のことらしい。
近くから見ると、漆喰と違って細かな凹凸があるが、離れてみるとほとんどわからない。

早速、床の間に掛け軸をかけてみるが、もともとかけてあった物は背景の色が変わったためどうもしっくりこず、別の掛け軸に変えてみた。
背景が薄い緑色になったことで、掛け軸との相性が難しくなった気もする。
しかし、本塗りの後は掛け軸などかけずにしばらく乾かした方がいいと言われ、すぐに外した。

作業の邪魔になるからと一時的に別室に避難させていた古い時計も元の位置に戻った。
こちらは塗り壁に直接触れていないので、そのままでいいということにする。
まあ、いずれにしても見苦しかった穴や汚れが一掃されて、和室は見違えるように綺麗になった。

振り返れば、伯母が亡くなった一昨年の春にシロアリに食われベコベコになった床を直したことに始まり、畳の表替え、襖と障子の張り替え、邪魔な神棚などの撤去、電気配線のやり直しと一連の工事が続いて最後の左官工事がようやく終了した。
これで古民家での生活の中心となる和室4部屋の修理がほぼ終わったことになり、当面はこの状態で様子を見ることになりそうだ。
築100年の古民家は、現代の住環境に照らすといろいろと改善したい点が見つかるが、それを全部リフォームしていたら多額の資金も必要だし、第一古民家の良さが失われてしまう。
古民家には今の時代の住宅にはない味わいがある。
100年前の良さと現代の便利さをうまくミックスして、自分たちにとって心地よく暮らせる家に少しずつ変えながら、自分たちの価値観も同時に変えて、いい加減な折り合いどころを見つけるのが古民家に暮らす醍醐味かもしれない。