ヨーロッパから帰り、2本のNHKスペシャルを見た。
1本目は、8月15日放送の「全貌 二・二六事件 ~最高機密文書で迫る~」。
そしてもう1本は、8月17日放送の「昭和天皇は何を語ったのか ~初公開・秘録「拝謁(はいえつ)記」~」である。
NHKが毎年放送する終戦特集だが、新たな資料を発見したという点で今年の2作品は高く評価したい。

「全貌二・二六事件」は、海軍が収集した詳細な情報を記録した克明な資料を入手。それを時系列で追うことで、東京での市街戦も想定された緊迫の状況や天皇の心情に新たな光を当てた。
陸軍内の動きだけが注目されてきた二・二六事件だが、海軍は第一艦隊を東京湾に待機させ、いざとなれば青年将校が占拠する国会議事堂を砲撃する計画まで立てていた。
やはり軍という組織は、やるとなったら圧倒的な組織力を発揮するものだと痛感させられた。
しかも、海軍は事件の1週間前には、クーデターの動きを正確に掴んでいたという衝撃的な事実も記録されていた。戦後完全に封印されていた事実が、80年以上の時を経て明らかになったことは重い。
それは単なる憶測ではなく一次情報の掘り起こしである。これこそがメディアがやるべき仕事であろう。

一方、「昭和天皇は何を語ったのか」では、戦後の初代宮内庁長官を務めた田島道治が密かに記録していた『拝謁記』を入手した。
ここでは、戦争直後の昭和天皇の悔恨の気持ちが繰り返し吐露される。
天皇退位論が高まる中で、自らの退位に気持ちが揺れる昭和天皇。しかしマッカーサーや吉田茂はそれを許さなかった。
特に印象的だったのは、昭和天皇が戦後初めて国民に向けて話をした際の「お言葉」を巡るやりとりだった。
昭和天皇は「反省」の言葉を盛り込むことに強くこだわった。その意を受けて田島がまとめた「お言葉案」には、天皇の強い悔恨の情と先の戦争への反省の気持ちが色濃く盛り込まれた。
しかし、時の総理大臣・吉田茂は、戦争に関する一文を削除するよう田島に指示する。収まりかけていた天皇の責任論や退位論が再燃することを恐れたためという。これによって昭和天皇の重要な「お言葉」は曖昧なものとなった。
この吉田の判断が、その後、戦争責任と正面から向き合わない日本の一貫した姿勢の元凶になったのではないか?
もしあのまま田島がまとめた「お言葉」を昭和天皇が読み上げていたら、日本の戦後はドイツに近いものになったのではないか?
番組を見ながら、そんなことを感じた。
何れにしても、70年以上昔の事実を掘り起こすのは容易なことではない。もはや歴史であり、それは研究者の仕事かもしれない。
でも、メディアには組織があり、ある程度の予算がある。
長い年月が経ったからこそ表に出てくる資料があることを、2つの番組は教えてくれた。戦後の日本にとって不都合なものほど隠され歪曲されて伝わっているかもしれない。
単なる憶測ではなく、こうした地道に一次資料を見つけ出す作業を、メディアは今後も続けて欲しいと思う。
「NHKから国民を守る党」などというくだらないポピュリストを面白がって取材している時間があったら、他にやることがあるはずだ。
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